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4.エーリエの呪い

 二週間後、再びノエルはエーリエの家を訪れた。それは、ポーションの受け取りではない。彼が前回受け取ったポーションのうちの一つの色が、どうもおかしかったためだ。変色なのか、それとも最初から違う色なのかをノエルはわからなかったが、何にせよ彼女に聞いてみないとわからない。要するにクレームと言われるものだ。


 とはいえ、それがクレームなのかどうかはいささか怪しい。もしかしたら、色は関係なく使えることが出来るのかもしれない。何にせよ真実はわからなかったので、エーリエに聞くしかないと、彼は森にやってきた。


 茂みを越えて湖が見えた、と思えば、彼女は家の外に出ていた。湖で何かをしているようだ。そう言えば、前回も何かバケツのようなものを手にしていたな……と思い出すノエル。


 エーリエは彼に気付いて、驚いた表情を見せる。


「あっ、ノエル様。いらっしゃいませ」


「何をしている?」


「あっ、えっと、魚を捕っていまして」


 聞けば、彼女はほぼ自給自足でこの家に住んでいるようだった。魚を湖からとって。木の実や果実、それから食べられる草を採って。茸を採って。それから、家の裏に小さな畑があって、そこで野菜を数種類作っているのだと言う。


 城下町のはずれにある小さな精肉屋のみ、彼女が唯一足を運んでいる場所らしく、そこで肉と卵を購入しているらしい。また、数ヶ月に一度だけ旅の商人が城下町に現れるので、その時にも行くのだと聞いた。


「よいしょっと……お待たせしました。それでは家に戻りましょう」


 彼女はとった魚をバケツに入れる。ノエルはそれを「自分が運ぶ」と言って持ち上げた。水に魚が入っているバケツは、それなりの重量だ。彼女はそれへ「大丈夫です。軽量化します」と言って何やらの呪文を唱えた。そう言えば、ポーションを受け取った時にもそんなことを言っていたな、と思い出すノエル。


 そんな生活に密着した魔法は、彼が知る物ではほとんどない。王城や魔法研究所に所属をする魔導士は、その者が持つ属性に合わせた攻撃魔法、防御魔法を使う。だが、軽量化の魔法? それは彼が知るどの属性にもないものだったが、むしろその魔法をみなが取得した方が良いのではないかと思う。


「すごいな」


「うふふ。でも、ほんの数分しかもたないんですよ」


 そう言ってエーリエは彼を家に招いた。バケツは後で処理をすると言って家の外に置いたまま。2人は前回と同じ部屋の椅子に向かい合って座る。


「えっと、それで、今日は何か? ポーションの次の納品はまだ先かと……」


「実は、前回受け取ったポーションがひとつ違う色でな……」


「えっ、そうなんですか!? まあ、まあ、どうしましょう。何かおかしなものを混ぜてしまったのかしら……」


 驚くエーリエにノエルはそのポーションが入っている瓶を渡した。彼女が納品をしたポーションはみな無色だったが、そのポーションはうっすらと緑色がついている。それを見た途端、エーリエはさあっと顔色を変えた。


「まあ、これが混じっていたのね! ああ、良かった、良かったです……気付いて下さって、ありがとうございました!」


「わかるか?」


「ええっと……こ、これは違うものです。あのう、もっと効き目が、ある、ええーっと、最上級より上の……ポーションになっていますね……すみません……」


「何? 他のポーションよりも効き目が上……?」


 そもそも購入している彼女のポーションは、体力気力の回復のみならず、怪我の治癒を促すものだ。小さな傷などは一瞬で治るほどのもの。それ以上となると……。


「ごめんなさい。取り扱いがとっても難しいものなので、これは返していただいても良いでしょうか」


「どうなるんだ? これを飲むと」


 エーリエは、それまでの彼女とは違う空気を纏った。ノエルはそれを感じ取って、唇を引き結ぶ。


「これは、よろしくないんです。その、一瞬で体の状態を戻すほどの威力ですが……例えば外傷でしたら、外傷を受けた分の痛み、内部でしたら、それで与えられたダメージに応じての痛みを更に発生させます。人によってはその痛みで気が狂ってしまうと聞きました」


「!」


「たとえば長年の肺の病気でしたら、肺に長年与えられたそのダメージをすべて加算した痛みを体に与えます。それは、相当な痛みなのでショックでお亡くなりになる可能性もあります。治さずにいてもしばらく生きられる病気を治すか、あるいは生死をかけるか、ということですね……その効き目は『奇跡のポーション』と言ってもよいのでしょうが、ある意味では劇薬のようなものです。ごめんなさい」


 そう言ってエーリエは頭を下げた。いつもののんびりとした彼女とは打って変わって、こんなにはっきりと説明をすることが出来るのかと驚く。


「どうしてそんなものが? 君はそれを作れるのか?」


「いいえ、もう、これは誰も作れません。先代の魔女様が作って、そのあまりの効き目に、外に出すことを止めたものです。ごめんなさい。先日、これが置いてある棚の掃除をちょうどしていて、机の上で混ざってしまったのですね……! ああ、ああ、これがなくなっていたことに気付かなかったなんて、わたしったら、本当に……」


 そう言ってエーリエは真っ赤になった。どうやら彼女は少しばかりおっちょこちょいらしい。先ほどまでの説明をしていた彼女はもういない。あわあわと、言い訳を少ししてから、彼女は


「あの、では、今からポーションをお作りしても良いでしょうか……」


と、ノエルに尋ねた。


「時間はどれぐらいかかる?」


「1からなので……ああ、でも、半刻もいらないぐらいです」


 それならば頼もうか、とノエルは思う。彼とてあまり暇ではない。だが、今日は王城での仕事も多くなく、執務は片付けて来た。騎士団の訓練は午前中に終わらせている。


 エーリエはしょげて、伏目がちだ。


「本当にごめんなさい……」


「ああ、いや、誰が飲んだわけでもないし。別に良い。しかし、そんなポーションも作れてしまうのか、魔女というものは……調合師や錬金術師でもそうはいかないだろう」


「先代の魔女様は、調合師の系譜でいらしたようです。文字をお読みにならない方だったので、先々代の魔女様から口伝えのものに限られてたようですが……わたしは、調合方法は存じ上げていますが、作っても同じ効果は発揮できません」


 ということは、彼女の力は先代の魔女に及ばないということなのか。ノエルは「なるほど」と小さく頷いた。


「そのう、わたしは先代の魔女様のように、魔女の才覚があってそうなったのではなく……この森で生きるために魔女にならざるを得なかったので……あっ、お茶を淹れてまいりますね!」


 そう言って、エーリエは慌ただしくバタバタと厨房に入っていった。


(しかし、誰もが魔女になれるわけではない)


 単に「魔力」というものを持つ者だけならば、探せばそれなりにいる。だが、魔女となると、四大属性と言われる属性を跨いでの魔法を使える存在だし、人によっては神官や聖女のように光属性も使えるとも言われている。それだけで、一気に探すことが難しくなる。


 ならば、エーリエはそれなりの才覚があったのだ。先代の魔女様、と彼女は言っているが、遺伝ではないということか……そんなことを考えていると、エーリエは茶器を持って再び姿を現した。また前回のようにテーブルにそれらを並べる彼女に向けて、ノエルは「先日は飲まなかったのだが」と言った。


「あっ、はい。でも、そのう、そういう気分だっただけなのかと思いましたので……」


 なるほど。そういう気分。ノエルは心の中で小さく笑って「そうだな。そういう気分だったんだ」と嘘を言った。エーリエはおずおずと尋ねる。


「では、今日はいかがでしょうか」


「今日は、そうだな。いただこうか……」


 ほんの二度目の訪問ではあったが、なんだかこの家、いや、湖の周囲は気が緩む。何より、ここには彼が持っている羅針盤がなければたどり着けない。彼にとって、余計な人目を気にせずに済むことは大きかった。何より、エーリエの人柄をノエルはなんとなく気に入った。


 エーリエが何か期待を込めた目で見ている中、ノエルは茶を飲もうとカップを持ち上げる。と、彼女は慌てて


「あの、仮面のまま、飲めるのですか?」


と尋ねる。


「? ああ。大丈夫だ」


 彼の仮面は顔の上半分を覆うものだから、まったく口をつける分には問題はない。ノエルは「それぐらい見ればわかるだろうに」と思ったが、どうもエーリエの様子がおかしい。


「そうなんですか……あっ、確かに、お鼻のところまで……です……かね? そのう、どういう意味があってつけているのかは存じ上げませんが……わたしはお顔が見えませんので、外していただいて結構ですよ」


「……何? どういうことだ?」


 その言葉の意味がわからず、ノエルは尋ねた。すると、エーリエは少し困ったように告げる。


「その、わたし、人の顔が……見えなくてですね……」


「何だって?」


「生まれつきなんです。生まれてからずっと、今まで、人の顔がまったく見えなくて……あっ、体は見えています。ですから、その、仮面を外していただいても問題がないので……はい……」


 そう言って儚げにふわりと微笑む彼女を、ノエルは驚きの表情で見つめ、咄嗟に言葉を返すことが出来なかった。


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