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21.剣術大会(2)

「わたしも、実は初めてなのでよくわからないのですが」


 聖女は頬を紅潮させながら、剣術大会についてエーリエに説明をする。今日のトーナメントのこと。剣術大会のルール。それから……


「優勝者は陛下にお願いごとを申し上げることが出来るそうですよ。それから、三位までの方々は、花冠をもらうんですって!」


「そうなんですか」


「花冠をかぶせる相手を、勝者がお選びになるんです。この会場に『お目当て』の方がいらっしゃらなければ、名前を告げて、後日王城で花冠の授与式をするというお話なんですよ」


「はあ……わざわざ授与式というものを?」


 なんだかエーリエは聖女の説明のほとんどがピンと来ない。だが、教えてくれる彼女の気持ちは嬉しかったし、何より話をしている間は、同じ特別席にいる他の貴族からの視線を気にしなくて済んだので、今となっては大歓迎だ。


「あっ、魔女様、何かお飲み物は飲まれますか? 色々ここで頼むことが出来るんですよ。それ込みの入場料なので……」


「にゅ、入場料、ですけど……その……おいくらぐらいなんでしょうか……」


「この特別席では5千メイルですって」


「5千メイル……!」


 それは、毎月受け渡しをするポーションの金額と同額だ。彼女の生活の一か月分。それを思うと、エーリエはひっくり返りそうになるが、なんとか留まった。そこへ、聖女がこそこそと小声でエーリエに囁く。


「一般席は千メイルです。それでも、特別席を購入できなかった方々や、招待されなかった貴族の方々は、見栄やら何やら、来年のことを考えてなのか、上乗せして2千メイルとかお支払いしているようですよ」


「ふわぁ~……」


 未知の話で、妙な声をあげてしまうエーリエ。本当に自分がここにいても良いのかと心配になる。聖女はテキパキと飲み物をエーリエの分も含めて注文をして、エーリエにピンク色の液体が入ったグラスを渡した。座席の前には小さなテーブルが一人分ずつ備え付けられており、そこにグラスやちょっとした食事を置けるようになっている。


 聖女が「飲み物を注文してきますね」と少し席を離れた。本当ならば、オーダーを聞きに回る係の者がいるのだが、彼女は自分からわざわざ声をかけにいく。その辺が平民ゆえなのだが、当然エーリエはそれを知らない。


 と、彼女が席を外したのが見えたのか、こそこそと噂話が聞こえてくる。四人席はボックスのように仕切りがあって、誰が座っているのかが他の席からあまり見えない。だが、聖女はそこを飛び出してオーダーに行ったため、姿を見られたのだろう。


「聖女様は、ノエル様と婚約なさったんですって?」


「あら? 断られたと言う話をお聞きしましたわよ」


「えっ、わたしはプロポーズしたとお伺いしていましたが……」


「王城近くに聖女様の血統を残したいでしょうから、陛下からの命令だと聞きましたが……」


 その噂話を聞いて、エーリエは眉をひそめた。そうなのか。聖女とノエルはそういう仲なのか。いや、でも違うという話もある。いや、でも、先日命を救ったのは聖女でもあるし、何よりノエルは貴族の子息なのだから、政治的に選ばれてもおかしくないのだろうとも思う。


(ああ、嫌だわ……嫌……どうしよう。わたし……)


 どうしようもない居心地の悪さを感じて、エーリエは深くため息をつく。だが、今日はノエルに招待をされて、来ると約束をしたのだ。そして、わざわざ彼が馬車を手配してくれて、ケイトを手配してくれて。これで逃げ帰っては、彼に対して申し訳がない……エーリエはぎゅっと拳を作った。


「魔女様。お飲み物をお持ちしました!」


「あっ、あ、ありがとうございます……」


 両手にピンク色の透明な飲み物が入ったグラスを持って来る聖女。たどたどしく礼を言って、エーリエは聖女をじっと見る。


 まっすぐな金髪に、淡い緑の瞳。エーリエより少し背が高い彼女は、今日も神官服のようなものを着ている。化粧っ気はなかったが、素直に「綺麗だわ」と思う。


(わたし、人の顔を見て、そんな風に判断をするようになっていたなんて……良くないわ……良くない……いえ、別に、いいのかしら?)


 人の顔を見られるようになってから、少しだけ世界が変わった気がする。それが良いのか悪いのかはわからないけれど。すると、その時聞き慣れた声が耳に入った。


「ああ、ここかな?」


 男性の声。見れば、ユークリッド公爵夫妻がやって来たところだった。これで4人席が埋まる。なんということか。この4人だなんて……とエーリエは緊張をして、落ち着かない。だが、なんとか挨拶をしなければ、と立ち上がった。すると、ユークリッド公爵が先に声をかけた。


「聖女様、魔女殿、失礼いたします」


「まあ、この方が魔女様なのですね。聖女様、魔女様、息子を救ってくださってありがとうございます」


「あっ、あ、の、いえ、お力になれて、良かったです……」


 上品な2人に何を言えば良いのかわからず、エーリエはなんとかそれだけの言葉を絞り出した。それに、2人の服装は圧倒的な「貴族」のものだ。つい先ほどまでは、隣にいる聖女と話しているだけでよくわからなかった――聖女の衣類は神官服のようなものだったので――が、こんな近くで貴族の格好を見れば萎縮もしてしまう。エーリエはがたがたと震え出して、必死にその震えを止めようとした。


(ああ、ああ、震えを止める魔法、震えを止める魔法。いえ、いえ、そんなものはどこにも書いてありませんでした……! これは、わたしが自分で作りだすしかありません!)


 そんなことは出来ないのだが、エーリエは心の中でそう思った。震えを止められなくとも、何か。そうだ、体を硬直させる魔法を唱えれば。いや、そんなものは知らない……そんなことをあてどもなく考えていると、突然場内に声が大きく響いた。


「第52回剣術大会、あと5分で開催いたします。5分後、開幕のご挨拶を陛下よりいただきます。5分後、開幕のご挨拶を陛下よりいただきます。それまでに、座席に座って待機をするように」


「まあ。風魔法の使い手がいるのですね」


 エーリエは目を大きく開いた。その案内は、風魔法を応用して声を拡声していると気付いたからだ。その言葉を聞いて、聖女は「あっ、これは風魔法なんですか?」と驚く。それへ、聖女の隣に座ったユークリッド公爵が説明をする。


「ああ。そうです。風魔法の使い手を5人ほど配置しているようですね。陛下のところに1人、場内案内に1人、それから剣術の審判のところに2人、そして控えに1人という感じかな。場内案内の者は、会場の外にも響かせることが出来る、上級魔導士でしょう」


「まあ。そこまで拡声するお力がおありなんですねぇ……」


 エーリエは少し興奮した。自分以外の魔法を使う者は、先代の魔女しから知らないからだ。よく見れば、場内の足場を整えるため、土を均すのにも土魔法を使う者がいるようだった。


「まあ、まあ。乾いた土をきちんと綺麗に均して。埃も立てないように、風魔法で押しつぶしているのね」


「ええっ、そうなんですか!?」


 驚きの声をあげる聖女。エーリエは頷いて、土魔法を使う者たちが何をしているのかを楽しそうに見つめた。その様子を、ユークリッド公爵夫妻はにこやかに眺めている。


「静粛に! 静粛に! 国王陛下より、開催のお言葉をいただきます! 静粛に!」


 その場内案内が響き渡り、広い会場を埋める人々はみな唇を引き結んだ。特に、少し金を持っているぐらいの平民は、大変だ。普段、直接国王の声を聞くことなぞはない。会場内は、いささか緊張の空気が流れる。


「今年も剣術大会を開催出来ることが出来たこと、とても嬉しく思う。日々の鍛錬の成果を存分に発揮し、互いに切磋琢磨し、場を盛り上げて欲しい。また、開催にあたって協力をしてくれたすべての者たちに感謝を」


 国王の低い声が会場に響く。最後に「では、開催をする!」と宣言をすれば、わあっと人々が拍手を送り、同時に開催の角笛が鳴り響いた。




「ああ、ノエルだな」


「お相手は騎士団員の若い子のようね」


「そうだな。運が悪かったようだな。とはいえ、ノエルも騎士団長として、胸を貸すぐらいのことはしてやるだろう」


 トーナメントの5戦目でノエルの姿が現れた。わあっと場内の声が一段と大きく湧く。そのことにエーリエは驚いて、おろおろする。


「まあ、ノエル様は人気なのですねぇ」


「とはいえ、それは仮面がとれてからだと思うのですがね」


 そう言ってユークリッド公爵は苦笑いを見せた。


「それまでは、あまりこんなことは言ってはいけないとは思いますが、何やら、恐ろしいとか、呪いの痕が、とか色々と噂をされていましてね。しかし、仮面がとれたらこれ、というのも、いささか苦々しい」


 すると、同じ特別席でも反対側の角に座っていた貴族令嬢たちがあげる声がまたも聞こえて来た。


「ノエル様!」


「夕闇の騎士様だわ!」


 それを聞いて、ユークリッド公爵は笑いながら聖女とエーリエに肩を竦めて見せた。そんな彼に、妻である公爵夫人は「あなた」と声をかける。


「始まりますよ」


 ノエルと若い騎士団員が入場をする。両者マントを纏った状態で場内に出て、それからマント留めや肩章などからマントを外し、付き人に渡してから中央に歩いていく。


 エーリエは彼が「夕闇の騎士」だとかなんだとか、よくわからない名前で呼ばれていることを薄々気付いていたが、確かにその名前が似合うのだと思う。


 彼のマントは黒く、裏側がくすんだ赤色だった。まるで、それは茜色のようだと思う。そして、それは彼の黒髪と赤い目だけで、誰が言い出したのかもわからない「夕闇の騎士」という名前にとてもふさわしい。マントをばさりと肩から落とすと、それは、裏側の茜色がぐにゃりと黒い外地に飲み込まれるように付き人の手に渡る。


(でも、夕闇と言っても、それは暗いというよりも)


 彼が纏っているのは、穏やかだが、どこかしんと静まり返っているような空気。そんな印象をエーリエは抱いて、ほっと息をついた。


(けれど、優しい)


 ノエルと若い騎士団員が双方向かい合って、礼をする。それから、少し離れて所定の位置に立つと、開始前の角笛が高らかに響いた。


「ノエル・ホキンス・ユークリッドと、ゲラルド・カーマインの試合を開始いたします」


 そして、もう一度角笛が鳴る。それが鳴り終わると同時に「ハイッ!」と声がかかり、試合が始まった。


 正直、エーリエは見ても「よくわからない」と思う。が、なんとなくノエルには余裕があるように見える。何度か剣を合わせて、避けて、を繰り返す。


 その後、相手の騎士は攻めあぐねているようで、うまく手を出せなくなる。そこへ、ノエルが一撃を繰り出し、試合は終わった。わあっと周囲が大きな声を発したため、エーリエはノエルの勝ち負けよりもそれに驚いて「わあ」と声をあげて耳を塞ぐ。


「本当に、みなさんの声が大きいんですよねぇ、ちょっとわたしもまだ慣れないです」


 聖女がそう言ってくれたことで、エーリエはこくこくと頷いて、少しだけ安心したのだった。




 それからも、ノエルはどんどん勝ち進み、ついに決勝に進んだ。さすがに、そこまでいくとはユークリッド公爵も思っていなかったのか「凄いな」と漏らす。それへ、公爵夫人が「聖騎士ですから」と笑みを見せた。


 エーリエは、ノエルがあまりに強いため、もう言葉も出ない。知らなかった。騎士団長であることは知っていたけれど、彼個人がこんなに強かったなんて……と口を半開きにしている。


 訓練所の模擬戦はどうだっただろうか。いや、あの日、彼がどれだけ強かったのかは、あまりよく見ていなかった。いや、それにしても……と驚くばかりだ。


 だが、何よりも彼の体に特に何もダメージがなさそうなことは、エーリエも嬉しく思う。


「凄いですねぇ、ノエル様。相手の剣を躱して、何度か攻撃をさせた上で勝っていらっしゃいますね!」


 聖女はそう言ってにこにこと微笑む。それへ、ユークリッド公爵が「とはいえ、まだまだです」と答える。エーリエはというと、何戦見ても、一向に剣術大会の「見方」がよくわからず、ただ、勝った、負けた、だけを追いかけており、ノエルの評価も何も出来やしない。


 だが。


「ノエル様、かっこよいんですねぇ……」


 ぽろりと口から出た言葉。それを、エーリエはハッ、となり、慌てて口を噤む。が、彼女の言葉を聖女やユークリッド公爵夫妻は聞いていなかったようだった。


(まあ、まあ、わたしったら……! 今、なんと言ったの? かっこいい?)


 ああ、恥ずかしい。そう思って、頬を紅潮させる。それとほぼ同時に、決勝の試合開始の角笛が鳴り響いた。


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