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13.人と自分

 ユークリッド公爵家から馬車に乗っておよそ5分。そこに、騎士団の訓練所があった。再び貸馬車を近くに待機させて、エーリエは歩いて向かう。


 訓練所にはたくさんの人が集まっていた。建物の中は解放されておらず、外で訓練が行われているようだった。大きなエリアが二つあり、そのうちの一つは剣の訓練を大人数で行い、また、もう一つは一対一で剣の模擬戦を行っている。


 一般公開をしている、と聞いたが、それの意味はエーリエにはよくわかっていなかった。平民たちがみなで見に行くのかな、と思っていたが、どうやらそうではないのだと、なんとなく気付く。


(ああ、なるほど……騎士団に入りたい貴族のお子さんが見学にいらっしゃるのね)


 きちんとした身なりの7,8歳程度の男の子と、その兄らしい人。あるいは、親らしい人。そんな組み合わせが、訓練を行っているところを真剣に見ている。が、その他に……。


「素敵! さすがノエル様!」


「まあ、ノエル様、こんなにお強かったのですね」


「当たり前でしょう。第三騎士団長ですもの」


「あんなにかっこよかったなんて、知らなかったわ……」


 多くの貴族令嬢が集まって模擬戦を見ている。どうやら話を聞けば、彼女たちはノエルについてあれこれ言っているようだ。その後ろから爪先立ちで必死に訓練所を覗くと、ノエルが他の騎士と一対一で模擬戦を行っている姿が見えた。


「わあ……!」


 呪いが解けたからなのか、彼はもう仮面をつけていない。仮面を外した彼の顔を見て、そこに集まる貴族令嬢たちがやいのやいのと盛り上がっているのだが、エーリエはそれがよくわからない。


(きっと、彼の剣術が「かっこいい」のでしょうね……)


 自分は剣術に関してはからっきしだ。そんな自分が見ても、きっとよくわからないに違いない、と考えていると……。


「剣術大会も一ヶ月後ですものね。頑張っていただきたいわ」


「あら、あなた以前はノエル様を怖いとおっしゃっていませんでした?」


「あれは、仮面をかぶっていらしたから……」


 そうか。剣術大会というものが開かれるのか。エーリエはそれも知らなかった、と思う。


 年に一度、王城近くの更に大きな訓練所兼競技所を使って、剣術大会が開催をされる。冬に近い頃ではあるが、天候が安定をしている時期だ。とはいえ、王城近くまでエーリエは行ったことがないし、城下町にいる人々の中でも稼ぎが良い人間しかそれに興味がないので、そんな噂も聞いたことがなかった。何故ならば、その観覧には金が要求されるからだ。


 多くの貴族は家族をつれて観覧に並ぶ。要するに、税ではないが、王城による一種の税金の回収というわけだ。そして、そこでの収入を元に、王城は冬支度をするという話だった。


(ああ、それにしても……)


 その時、ふとエーリエは気付く。訓練所に集まっている貴族令嬢たちは、当然のようにみな美しいドレスを纏い、髪も綺麗に結い上げている。そして、なんだかいい匂いがする、と思うエーリエ。


「……」


 そっと、自分の服を見る。茶色い、薄汚れた外套。その下には、質素な無地のひざ下丈のワンピースに、茶色い鞄に、皮の靴。それらは、数年間着用を続けており、少し色あせたり、くたびれたりしている。そのことにようやく彼女は気付いて、かあっと頬を赤くした。


(わたし……わたし、こんな格好で……)


 それまで、そんなことは思ったことがなかった。だが、考えたらずっとそうではなかったか。ポーションを受け取りに来ていた彼らは騎士団の制服を着ていたが、その制服だって、自分の服と比べれば良い仕立てでぴっちりとして、質が良いものだった。それと、自分の服を比較したことなんてなかったが、考えれば、そうだ、ずっとそうだったのだ。


(それに、ノエル様は公爵令息なんですもの)


 彼は、あんなに大きなユークリッド公爵家に暮らしていて、そして、こんなに沢山の女性たちに声援を送ってもらえる立場なのだ……仮面をつけていた頃に彼女たちがどう思っていたのか、なんてことをエーリエは知ることもなかったので、この場を見たままでそう考えた。


 それ以上その場にいることが出来ない、とエーリエはなんだかそわそわとしだす。令嬢たちの噂話に最後まで聞き耳を立てる気力もなく、慌てて踵を返して走り出した。


(わたしって、馬鹿だわ……なんだか、自分がノエル様と対等な気がしていた。でも、そんなわけないじゃない……!)


 貸馬車に戻って、彼女は「もう帰ります」と言った。御者は「はいよ」と言って、馬車を出す。ああ、そうか。自分がこんな格好だったから、ユークリッド公爵家に行くと言った時に、彼は不思議そうに見ていたのだろう……そのことに気付いて、エーリエは更に頬を赤くした。


 森の中にいればわからなかったのに。森から出ても、城下町で買い物をするだけだったらよかっただろうに。なんだかよくわからないけれど、とても自分の心がざわざわとする……とエーリエは思う。一体これは何だろう。この感情はどういうものなんだろう。


(ああ、よく、よくわからないけれど、なんだか……そう。惨めだわ……せめて何か服を新しく買って、着替えてくればよかった……いいえ、それでも……)


 ガタン、ガタン、と揺れる馬車の中、彼女は体を丸めて目を閉じた。ポケットの中にある、マールトから預かったリングと、それからノエルのために新しく作ってみた羅針盤。その両方を、何故か「こんなもの、いらない」と強く思いながら、どうしてかわからずに少しだけ泣いた。




「おかえりなさいませ」


 夕方頃に訓練所から帰宅したノエルに、門兵が挨拶をする。ノエルは、訓練所とユークリッド公爵家の間を徒歩で行き来していた。


「ああ」


「ノエル様、家門の指輪を持った女の子とは、お会い出来ましたか?」


「……うん?」


 何の話だ、とノエルがわずかに首を傾げる。門兵は続けて「茶色い外套を着た女の子がノエル様に会いにいらしたので、訓練所に向かうようにお教えしたのですが……」と告げる。


「何?」


 茶色い外套を着た女の子。家門の指輪を持った女の子。勿論、それがエーリエだと気付かないわけがない。


「訓練所に?」


「はい。貸馬車に乗って来ていたので、貸馬車で訓練所に行くように地図に印を書いたのですが……お会いしていないでしょうか? ええっと……エーリエ様、とおっしゃっていましたが」


「エーリエ? 会っていないぞ」


 ノエルは眉をしかめた。エーリエが自分に会いに? それは、マールトに頼んでいたものが出来たのか、あるいは、何か困ったことがあったから来たのではなかろうか。だが、自分は訓練所で彼女に会っていない。


(まさか、どこかでさらわれたとか……? いや、いや、そんなことは……)


「貸馬車屋は、どこのものだ」


「城下町の外れにある、カーヌラの貸馬車です」


 貸馬車はボックスの側面にどこの貸馬車なのか、エンブレムが入っている。ノエルは慌ててユークリッド公爵家の馬屋に向かい、自分の馬に乗って再び邸宅を離れた。カーヌラの貸馬車屋に向かって馬を走らせる。


 貸馬車屋に着いた頃には、空は暗くなろうとしていた。ノエルは貸馬車屋の受付に行き、今日貸馬車を使った名簿を見せて欲しいと頼んだ。受付の男性は最初は渋っていたものの、ノエルが銅貨を一枚渡したら、あっさりと名簿を開いた。


(エーリエ……あった)


 貸馬車を借りる者、みながみな字を書けるわけではない。書けない者のために、受付の人間が代わりに記入をすることもある。だが、そこには明らかにエーリエが書き込んだと思われる文字があった。彼女が借りた馬車は既に戻って来ていると聞き、ノエルは御者のところへ向かう。


「失礼。今日、あなたの馬車に、女性が一人乗ったと思うのだが」


「うん? ええ、今日は朝にも女性を一人、さっきまでもう一人乗せていましたが、どちらの話ですかね?」


「銀髪で、菫色の目をした、背の高さがこれぐらいの……」


「ああ、茶色い服を着ている子ですかね?」


「そうだ。彼女はここに帰って来たのか?」


「そうですよ。そんで、降りて、あっちに向かって歩いて行きましたけど」


 彼が言う「あっち」は森の方角だ。なるほど、ではエーリエは無事に帰宅をしたに違いない、と安堵のため息をつくノエル。


「差し支えなければ、どこに彼女が行ったのかを教えて欲しいのだが……」


「ええと、ユークリッド公爵家と、王城騎士団の訓練所ですよ」


「ちなみに、訓練所にはどれぐらいの時間いた?」


「そう長くはないですねぇ、降りて、それから、馬車を移動して……大体、10分ぐらいじゃないかな……」


 10分くらい。それぐらいで、一体何が出来るのか。何が起きたと言うのか。自分を探せなかったのか。それにしても早すぎないだろうか。いや、だが、彼女が人の顔を見て酔った可能性もあるし……。


 ぐるぐると仕方のないことを考えながら、ノエルは「わかった。ありがとう」と告げて、ひとまずユークリッド公爵家に戻ったのだった。


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