非常識な男にざまぁみろってお話
「はぁー…」
「おや、ため息なんか吐いてお兄さんどうしたの」
飲み屋で隣に座った男に話しかけられる。正直愚痴る相手すらロクにいないので、聞いてもらおうと思った。
「俺さぁ、離婚したんだ」
「なんでまた」
「妻の妊娠中にやらかした」
「ああ、そりゃあやっちまったな。具体的には何したの」
「俺には幼馴染がいたんだ。その子が病気でもう意識がなくて、妻は出産間近だったんだがその子に会いに行ったんだ」
俺がそう言うと、隣の男は顔をしかめた。
「我が子と妻の一大事より、他人を取ったのか?あんた」
「だって、子供とはこれからも一緒に暮らしていけると思ってたんだ。…でも、実際には妻や妻の両親、実の親にすら叱られて離婚」
「そりゃあなぁ…」
男の呆れた顔を見て、言い訳を重ねる。
「そりゃあ、幼馴染は馬車で何日もかかる距離に住んでいて、そちらに行ってしまったら簡単に妻の元には戻れない事はわかっていた。でも幼馴染は助かる見込みは無かったんだよ」
「え、近くに住んでてすぐとんぼ返り出来るとかじゃなくて?マジで?あんた頭大丈夫?」
「でも、『これからこの世からいなくなる幼馴染』と『いつでも会える子供』だったら、幼馴染を取るだろ?」
「馬鹿野郎。出産は母子ともに命がけだぞ?妻子を守らなくてどうする!」
男に怒られる。みんなそう言うが、俺は幼馴染が本当に大好きだったんだ。仕方がないだろう。
「…まあ、なんとなくわかるけどその時の奥さんの反応は?」
「ここにいて欲しいと縋られた。それでも俺は幼馴染を選んだ」
「馬鹿だねぇー…」
酒を一気飲みする。そんなに俺が悪いのか?何か間違っていたのか?好きな人の最期を看取りたいのは、当たり前だろう。
「それでその後は?」
「その後、幼馴染は亡くなり、その後妻は出産した。幼馴染が亡くなってすぐに帰れば出産には間に合ったんだが、葬儀にも出たから間に合わなかった」
「はぁあああ!?馬鹿野郎!本当に最低のドクズだなお前!」
そこまで怒ることだろうか?だって大切な幼馴染の葬儀だぞ?
「…まあ。まあ仕方ない。それで?その後は?」
「妻の周囲の人がみんな俺に対して怒ったんだ。俺の実の親も含めて。そして離婚させられた」
「…ふーん、なるほどねぇ。その幼馴染の女とは、一度でもなにかあったの?男女関係とか」
「…俺、幼馴染が女って言ったか?」
「言ってない。でも、相手に恋してたのはお前の顔見ればわかるだろ。気持ち悪い顔してるもん」
酷すぎないか。…まあいい。
「男女関係はなかった。一切ない。神に誓える。俺は幼馴染が好きだったが、幼馴染は旦那にベタ惚れで付け入る隙がなかった」
「…お前、本当に引くわ。それで?今のお前の状況は?」
…なんだかやけに根掘り葉掘り聞いてくる。でも、愚痴る相手もいないのでちょうどいいかな。
「…実は、離婚した後親に勘当されたんだ。相続から外される手続きまでされた。そのせいで今はもう貴族ですらないから、鉱山の労働者として働いている。待遇も賃金も良いから、こうしてたまに飲み屋に来れる」
「ふぅん…」
「妻は離婚後、俺の親から貰った慰謝料を投資にあてて成功して、妻の実家に帰らずに親子二人でも満足に暮らしているらしい。ただ妻の実家も裕福な子爵家だから、何かあったらすぐ頼れるらしい。俺の実家は急遽、優秀な遠縁の親戚を跡取りに迎えたってさ。俺だけが貧乏くじを引いたわけだ」
「みんな真っ当に幸せになる中、孤立無援だねぇ…四面楚歌ってやつ?でも、因果応報だよな」
「うるさいな」
愚痴を聞いてもらえて気持ちは楽になるが、一々責められてなんとなくモニョモニョした気持ちにもなる。
「幼馴染のご両親は喜んでたか?」
「いや全然。なんでお前居座ってんの?って顔されてた」
「うわぁー…お前さん本当に馬鹿だね」
「自覚はある」
「いいや、ちゃんとは自覚してないね。幼馴染とは言え、ほとんど会うこともなくなっていた女を妻子より優先するなんて頭おかしい」
言われて、やっぱり違和感。どうして幼馴染とほとんど会うこともなくなっていた間柄だと知ってるんだ?
「…あんた、何者だ?」
「あ、バレた?…ただの探偵さ。お前さんの幼馴染の旦那さんが、妻の葬儀まで張り付いていた気持ち悪い男を調べてくれってさ。妻に限って浮気はないと思うが、もやもやした気持ちで妻を弔ってしまったからちゃんと調べてはっきりさせたかったらしい。…結果は白で、安心したよ。これで旦那さんは一安心だな。葬儀以降ギクシャクしてたお子さん達とも仲直り出来るだろう」
「…っ!」
「あんたさ、何組もの家族に迷惑をかけて、家族関係をめちゃくちゃにしたんだから、本当に反省した方がいいよ?初恋の女をいつまでも思い続けるのは勝手だけどさ、それで相手を不幸にしちゃダメでしょ。…まあ、一応様式美だ。これだけは言っておくよ」
探偵の男が、打ちひしがれる俺を覗き込んで言った。
「ざまぁみろ。全てを失ったのは、全部あんたの自業自得だよ」
探偵は会計を済ませ、どこかへ帰っていく。俺は、話をこっそり聞いていたらしい飲み屋の客の連中から白い目で見られて、居心地が悪くなり金を払って職場の寮に逃げ帰る。
「そんなに俺が悪いのかよ…」
俺は独りぼっちで、現実に打ちひしがれるしかなかった。結局その後も、一生再婚なんか出来ずに独りぼっちで過ごすことになった。
『ショタジジイ猊下は先祖返りのハーフエルフ〜超年の差婚、強制されました〜』
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