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鶴のしつこい恩返し

鶴のしつこい恩返し

作者: 瀬嵐しるん
掲載日:2023/05/15

ドンドンドン!


「ごめんくださいまし」


丁寧な言い回しとは裏腹に、ドアを叩く音は激しい


午後二時を過ぎた頃。

マンションの同じ階に小煩い住人はいないが、近所迷惑には違いない。



「ごめんくださいまし。

もし、どなたもいらっしゃいませんか?」


ドンドンドンドン!!


気は進まないが、諦めて出ることにする。



「何ですか?」


チェーンを掛けたままのドアの向こうにいたのは、高齢の女性だ。


「もし、こちらは与ひょう様のお家ではございませんか?」


「いえ、違います」


ドアを閉めようとすると、物凄い力で阻止された。


「いえいえ、間違いなく与ひょう様の血の匂い」


「怖いこと言わないでください!」


だが、あんたは誰だとは訊ねない。

それは、わかっていることだから。



鶴が恩を返すという昔話がある。

与ひょうという男が鶴を助け、その鶴が人の姿になって恩返しに来る。

妻となった鶴は、高価な反物を織るのだが、その様子を与ひょうが覗いてしまったことで鶴は去ってしまう。


いろいろ脚色されるが、本筋はそんなところだろう。


しかし、この話は実話に基づく。

しかも、実際の話はもっと面倒だ。



昔話と違い、鶴が恩返しに来たのはいいが、その時、与ひょうは新婚ほやほや。

他に女がいたのかと誤解され、大事な嫁をひどく怒らせてしまった。


とにかく、なんとか鶴を追い出したものの、嫁の機嫌を取るのに多大な手間と時間がかかったのである。


たかが夫婦のすれ違いと侮ることなかれ。

夫婦のすれ違いは、生活の根本を揺るがす大問題なのだから。



そこから、家訓が生まれた。

遠い遠い先祖からの言い伝えが、今でも生きている。



曰く


『鶴には気を付けろ』


『他人や他生物への助け船は ほどほどに』


『見て見ぬ振りも 時には大事』


『無理して首を突っ込むな』


『いつでも嫁を第一に』


『誤解が生まれないよう 夫婦は普段から話し合いを!』



標語のような心得が、延々と書かれている巻物を何度も読ませられた。



そう、与ひょうは俺の先祖だ。

与ひょうの血を継ぐ男は、必ず一度は鶴の化身に電撃訪問されるという。


つまり、目の前の老婆は、与ひょうが助けた鶴の化身に違いない。



「お前様は与ひょう様の血筋の方。

今こそ、ご恩返しの時。どうか、私を貴方の嫁に!」


無茶振りにもほどがある。

何と答えたものか迷っていると、廊下を走って来る若い男が二人。


「すいません。ご迷惑をおかけして」


「おつう婆さん、ほら、一緒に帰ろう」


「まあ、もう迎えが?」


「アンタたちは、誰だ?」


「申し遅れました。私たちはおつう婆さんの血筋の者で」


「孫?」


「いやー、孫の孫のそのまた孫の……」


「一度だけ、父があまりに煩いので、鶴の夫を持ちまして。

一個だけ産んだ卵が、脈々と血を繋いでおります」


おつう婆さんが恥じらいながら告げるが、どうでもいい。


しかし今更だが、おつう婆さん、長生き過ぎないだろうか?

俺の心を読んだのか、男が補足する。


「いやその、我々の一族は鶴の中でも少々神の力をお借りしているような立場にありまして。

おかげで人に化けられたり、寿命が長かったりするのですが……」


「それにしたって、与ひょうの時代からはずいぶんと経っているはずだが」


それなんですよね、と男の一人が説明してくれる。


「この婆さんね、どうやるのか知らないけど、人間界の金を稼ぐんですよ。

それで、スッポン鍋食って寿命を延ばす。

困ったもんです」


「なあ、おつう婆さん。

与ひょうさんの子孫の方にも迷惑だ。

いい加減にシャバに下りるのは止めないか?」


「帰りに一緒にスッポン鍋食べていきましょうか?」


「え? いいの?」


「一度食べてみたかったんだ!」


おつう婆さんを諫めていたはずの男たちが、手の平を返す。

おいおい子孫! 篭絡されてどうする!?


それはともかく、気になることがあるので訊いてみた。


「おつうさんが金を稼ぐと言うのは?」


よくぞ訊いてくれました、とばかり、おつう婆さんが微笑んだ。


「鶴の姿で空を飛んでいると、やたら明るい場所があるのです。

今も昔も変わりませんね。

そこに降りると、働かないかと声をかけられます。

言われた通りに、ちょっと座りまして笑顔を見せますと日当がいただけるのです。

最近は若い女性に化けなくても、熟女パブとか老女スナックとか、需要がございまして」


おつう婆さん、まあ、歳はトシだが紛うことなき美女は美女。

癒し系だし、グイグイ来るようでおっとりしてる。

しっかりもしているようだが。


ん? ということは?


「与ひょう本人ならともかく、子孫にこだわらなくても、花街で適当な男を見繕って嫁になればよかったんじゃ?」


「いえ、人間に嫁いでもいずれはボロが出ますでしょう。

別にこだわってはおりません。

ただ、与ひょう様の血族の家なら、子孫も血の匂いを把握しておりますから……」


「つまり、単なる待ち合わせ場所か!?」


「はあ、昔から少々方向音痴でございまして。

帰り道に自信がないものですから……」


呆れたもんだ。

おつう婆さんは、人間界で適当に稼いだり遊んだりして、帰りたくなると与ひょうの血族の家で迎えを待つ、というわけだ。


「じゃあ、別に戸を叩かなくてもいいんじゃないか?」


「それは、その、ついでというか、習慣みたいな?

それに、戸を叩くのは最初に来た時だけですよ」


「……二度と来るな!」


俺はドアを締める。



その後、しばらくして、妻が仕事から帰って来た。


「ただいま」


「おかえり!」


「誰か来た?」


「いや、誰も」


説明が面倒なので、知らぬふりをする。


「戸の前に温泉饅頭の包みがあったよ。

えーと、鶴の里温泉、道の駅?

知ってる地名?」


「いや、聞いたこともない。

別の家と間違えたんじゃないか?」


「そっか。爆発物ではなさそう。

でも、毒物の可能性あり。明日、調べる」


饅頭の箱に耳を寄せていた妻が、そう言った。


「うん、よろしく。

夕飯、もう少し待っててくれ」


「はーい。ビールある?」


「おう、冷えてるよ」


「ありがとう!」


妻は警察官。現在、鑑識の仕事をしている。

勘がいいので、天職だと同僚からの評判がすこぶる良い。


家でこなせるフリーの仕事をしている俺は、平日の食事当番だ。


温泉饅頭は、たぶん、迎えの男たちが持って来た土産だろう。

勘のいい妻が、まさか、気付くことは無いと思うが……。

いや、ここは説明しておいた方がよさそうだ。


夕飯のおかずを並べ、もう一本ビールを出して注いでやりながら、俺は妻に切り出した。


「実は俺の祖先な……」





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― 新着の感想 ―
[一言] 超笑いました。
2023/10/21 07:36 退会済み
管理
[良い点] 次々と話がころころ転がり続けていってほんと面白い。
[良い点] ちょ、こーわーいー( •́ε•̀ ) つるもうやめて
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