媚態の擬態
いよいよパーティです。
王宮でのパーティの日だ。
ナリアはリエの選んだドレスを纏い、ディミトリスと馬車に乗る。
ドレスも豪華な馬車も、もちろんパーティも、ナリアにとっては初めてである。
緊張しているナリアは、少々顔色が悪い。
「俺と一緒にいれば、大丈夫だ」
本日、ディミトリスもビシッと正装で、髪型もいつもと違って額を出している。
ディミトリスの横顔を、ナリアは恐る恐る見上げる。
ディミトリスの切れ長の瞳と視線が絡んで、ナリアの胸がコトリと鳴る。
「はい」
そっとナリアの肩を抱こうとしたディミトリスの手を、向かい側からラケスが叩く。
「いてっ」
「痛いように叩きました」
「叩かなくても、いいじゃん! ていうか、なんでお前、しれっと同乗してるんだ」
「お目付け役ですから」
いつもと変わらない二人の会話で、ナリアは緊張がほぐれた。
「ナリア様」
ラケスがナリアに話かける。
「はい」
「今夜、我が当主は王妃様に呼ばれて、あなた様のお側を一時離れます」
「まあ……」
「ですが、ご安心ください。そのために、私がおりますので」
襟元のタイをきゅっと占めるラケスの言葉に、ナリアの顔が明るくなる。
「わあ。嬉しいです。安心です」
ラケスはにんまり。
ディミトリスはむっつり。
馬車は王宮の門をくぐる。
◇王国
ここ、アスペーダ王国は、魔族を倒した勇者により、建国されたと言われている。
あくまで、伝聞だ。
魔族の長、所謂魔王は、最終形態の龍体で戦い、勇者によって七回斬られた。
流れ出た魔王の血が、大地を赤く染めたのだと。
王都は赤土の上に建造された。
王宮は、白亜の建物である。
勇者の末裔である国王は、武勇に優れた逸材、だった。
過去形である。
何代か前から、王家の嫡子の早世が、目立つようになった。
同族内での婚姻が続くと、そんな傾向になりやすいのだが、巷では魔王の祟りだと、実しやかに噂されている。
現在の王妃は、わざわざ遠い国から嫁いでもらった。
国王は十代で子を成し、今は床に臥せることも多い。
たった一人の大切な御子が七歳になったので、貴族の身分を問わず、婚約者を見つけるつもりだと王妃は言っている。
ディミトリスは特別な眼力を持っている。
普段目を細めているのは、眼力を使いたくないからだが。
「でもさ、王子の婚約者くらい、王と王妃で決めればいんじゃね?」
「それが出来るくらいなら、アンタを呼ばないでしょうよ」
会場までの長い廊下を歩きながら、ラケスが嘲笑う。
ナリアは履きなれない靴のため、チョコチョコと小走りで後を続く。
「さて、入場か」
ディミトリスが改めて、ナリアの手を取る。
「続きましては、ディミトリス・ターナー侯爵と、フィアンセのナリア・トーリー嬢です」
会場の扉が開かれると、ナリアは眩いばかりの光と、大きな拍手に包まれた。
ディミトリスのエスコートで、震えそうな足を進める。
「なんでよ! なんでナリアがフィアンセなの!」
会場の後ろの方から、ナリアの聞き覚えのある声が尖った。
声の主は、ナリアの姉の、イアンナだ。
体を固くするナリアの耳元に、ディミトリスが囁く。
「心配するな。俺がついてる。あと、ラケスも」
小さく頷くナリアの目が、潤んでいるようにディミトリスには見えた。
◇イアンナの擬態
話は、王宮パーティの二日前に戻る。
深夜、ターナー侯爵邸に集まった、シトドとリエは、手にした情報をディミトリスとラケスに伝えていた。
「結局、イアンナの能力って何だ?」
「お金をひたすら使い続ける」
「シド、それ能力と違う」
「うん、リエが見聞きしたのは、『媚態の擬態』だったよ。どっちか一つでも面倒なのに、合わせ技ってズルイよね。それで……いてっ」
延々と話を続けそうだった、リエの額をラケスは指で弾く。
「媚態の、擬態?」
「媚びうるの?」
「あのね、イアンナって、自分の好きなタイプの人にだけ、好かれるように振る舞うらしいよ。そりゃあ、コビコビもあるし、流し目もあるし、オッパイプルプルもあるみたいだけど」
「お、おっぱ……。それは、強力だな」
「強力というか、凶悪だな」
ディミトリスとシドが頷く姿を、リエは冷ややかに見つめた。
「魅了の魔法か?」
「さあ、それは分からないな」
ラケスはふと視線を天井に向けながら、「対策するか……」とか、ぶつぶつ言っていた。
次回もパーティ続きます。
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