夜会の準備
注)今回、セリフが長いところがありますが、あまり気にせずお読みくださいませ。
◇準備◇
ある朝、いつものようにナリアは侯爵邸の廊下の、拭き掃除をしていた。
ふわりと風が舞う。
振り向くと、見知らぬ少女が立っていた。
少女は黒い輝石のような瞳を丸くして、ナリアを見る。
足首が見える丈の、淡い黄色のドレスを着ている。
ナリアよりも小柄な彼女は、左右に首を振る。
ちょっと唇を突き出すと、彼女は唐突に喋り始める。
「ねえねえ、あなた、ひょっとしてナリア? ナリアよねそうね、聞いた通りの可愛いお嬢さん。あたしね、スポリエ。リエって呼んでね、その方が可愛いから。可愛いは正義! 可愛いは重要! あなたも可愛いからこの世界じゃ正義だわ。あたし、侯爵に呼ばれて来たの。何で呼ばれたか知ってる? 知らないよね、初めて会ったばかりだもの。侯爵がパーティに出る時に、あなたを連れて行くんですって。だから、あたしはナリアが似合うドレスと宝石を見繕う係なの。ドレスはあなたならなんでも似合うわね。侯爵の瞳の色を選ぶといいけど、侯爵は目が細いから、瞳の色が分からないよね」
「やかましいわ!」
リエなる少女は一気に喋り倒すが、ラケスが筒状のもので、パコンと彼女の頭を叩く。
「いたっ! ひどいわひどいわラケス兄さん」
「兄さん言うな。血縁と勘違いされたら、困るだろ、俺が」
くすくす笑うナリアに、ハッとしたラケスが頭を下げる。
「大変失礼しました、ナリア様」
「いいえ、歌を聞いているような、流暢なお話、凄いですね、ええと、リエ様」
「ほらあ、分かる人には分かるって! あたしの魅力」
唇をちょこっと突き出すリエの顔は、小鳥のようで確かに愛らしい。
「それで、侯爵に頼まれたって?」
「うんそうそう。ナリアのドレスの見立てとね。社交に必要な情報提供」
リアはナリアに、おいでおいでをして、勝手に客間のドアを開ける。
ラケスはため息をつく。
シドといい、雀といい、なんでこう、侯爵邸を勝手に歩き回るのだろう。
「部下、だよな、あいつら。私の……」
そう、スポリエは、ラケスの手駒の一人、『お喋り雀』その人である。
客間では、リエがナリアにお菓子の包みを広げていた。
「ねえねえナリア。これ、食べたことある?」
リエが指さしたお菓子は、王都でも超有名な焼き菓子屋のクッキーだった。
薄いクッキーを重ねて、間にクリームを挟んである。
「いいえ。お店の名前は聞いたことありますが……」
「食べて食べて。クリームの種類は三つあって、イチゴでしょ。チョコでしょ。あとなんだっけ? そうそう、栗!」
「いいのですか? ではお一つ」
ナリアは一つ、口に入れる。
その仕草はリスのようだ。
「やん、可愛い! 可愛いよナリア! もうこれ、パーティで一番人気だね」
そういえば、先ほどリエが、「パーティ」とか「ドレス」とか言っていた、ような気がする。
早口で途切れないリエの話し方に、ナリアは内容が半分も聞き取れてなかった。
「あの、リエさん」
「リエでいいよ」
「あ、はい。パーティって、一体何のことでしょう?」
リエの瞳がきらりと光る。
「パーティ。それは夢。パーティそれは花。だけどその花には、毒があるのよ。貴族なら誰でも、憧れる饗宴。でもねそれは表向き。パーティの本質は異性の獲得!」
「い、異性の、獲得……」
「そして、噂話の真偽を見極め、敵と味方を判別する!」
「敵と、味方を……」
「だからねナリア。パーティに乗り込むには、武器が必要なの」
「剣とか、ですか?」
リエはうふふと笑う。
「女の武器は、ドレスと宝石!」
リエは「はい!」と言って、ナリアに大きな包みを渡す。
今まで、どこに隠し持っていたのだろうか。
疑問に思いながらも、ナリアは包みを受け取る。
「開けて開けて!」
中には、透き通る水色のドレスと靴が入っていた。
「それで、パーティ行くのよ、ナリア」
「え、これって、私が着ていいのですか?」
「当然! あなたのために、あなたにピッタリの色とサイズで選んだから」
ナリアの顔が、ぱあっと明るくなる。
侯爵家に来て、お仕着せではあるがメイド服を与えてもらい、更にはドレスまで……。
良いのだろうか。
「なんだか、申し訳ないです」
「そんなことはない」
客間にディミトリスがやって来た。
「俺のパートナーとして、一緒に行こう」
一層目が細くなるディミトリスをみたリエが呟く。
「侯爵の糸目が、もっと細くなってる。なんていうのこれ。蜘蛛の糸目?」
「こら、スポリエ。俺の悪口言ってないで、ナリアに貴族情報を教えておくように」
「悪口じゃ、ないも――ん」
パーティに出る際の注意事項を、ナリアはリエとラケスから、いろいろ教えてもらう。
その情報の中には、ナリアの生家、トーリー子爵家のことも含まれていた。
次回、ナリアの生家、トーリー家の混迷が……。
お読みくださいまして、ありがとうございます!!