仲間
◇招待状◇
今日も朝早くから、ナリアはテラスに出る。
朝露に濡れる庭木の落ち葉を集め、テラスのタイルを磨く。
侯爵邸のお仕着せは、とても動きやすい。
白と黒の色合いも、ナリアは気に入っている。
チョコチョコ小走りに家事をこなすナリアは、どことなく小鳥のようだ。
「シロチドリ……」
誰かの声に、ナリアは振り返る。
黒いフードを被った人がいた。
「あっ」
なんとなく、路上でナリアを呼び止めた、占い師に似ている。
慌ててペコペコお辞儀をするナリアに、黒いフードから伸ばした手を振る。
「おはよう――。元気そうだね」
「はい!」
やはり、あの時の占い師さんだ。
ナリアは微笑む。
「当たりましたよ、占い。良いこと、ありました」
勝手知ったるという風情で、庭を進んで行く占い師の背中に、ナリアはそっと呟いた。
「なんだ、シトドか。珍しいな、朝から」
さらに勝手にドアを開け、ゲストルームで寛ぐ占い師を見て、家令のラケスは仕方なく水を出す。
「普通、お茶出すよね」
「お前なんぞに勿体ない」
「じゃあ、ナリア嬢にでも頼もうかなあ」
そう言いながら、ぐびぐびとグラスの水を飲むシトドの頭を、パコンとディミトリスが叩く。
「いてっ」
「ナリア嬢を勝手に使うな」
へえへえと、シトドはグラスをテーブルに置く。
「で、何用だ?」
「招待状持って来た」
シトドはフードのポケットから、白い封筒を取り出す。
裏には王家の印章がある。
「王妃の人生相談受けて、昨日は王宮に泊まり込んだよ。でさ、王子の婚約相手を、見定めて欲しいって」
シトドは、貴族の間では有名な占術師である。
依頼があれば邸まで出向き、占術を行う。
気が向くと、路傍で道行く人を軽く占ったりするのだ。
シトドのまたの名は『鳥占のシド』という。
もっとも、またの名を使う時は、ラケスの指示で動く時だけだ。
「どうせお暇でしょうから、たまには王家に恩を売って来て下さい」
「なんか棘あるよね、ラケスの言い方。ま、行くけどさ」
ゲストルームのドアを叩く音がする。
「お、やっとお茶が来たかな」
「お前は水だけで良い、シトド」
ドアを開けて入って来たのは、メイド服を着たナリアである。
ここ最近、栄養状態が改善され、日々湯浴みも出来るようになったからか、肌も髪も艶やかである。
三人の男たちは、無言でナリアを見つめる。
黒いチュニックに白いエプロンが、此処侯爵邸のメイド服である。
エプロンの袖周りと襟ぐりには、小さなリボンが付いている。
なんだか……。
カワイイ……。
「やはり、シロチドリ」とシトド。
「リスみたい」とはディミトリス。
「当家のお仕着せは、センスが良いな」頷くラケス。
「あ、あの、お茶をお持ちしました」
「「「ありがとう、ナリア嬢」」」
男三人は、しばし馥郁たる良質なお茶を堪能した。
ナリアが退出する姿を、糸目で追うディミトリスにシトドが言う。
「なあ、ナリア嬢も一緒に連れて行かないのか?」
「乙女の初夜権を買ったと、見せびらかすことになりますが」
冷静にツッコむラケスである。
「連れて行くのは別に構わないけど。なんなら、俺の婚約者として紹介するのでも……」
シトドが思いきりニヤニヤする。
「そうかそうか。やっぱ初夜いただいちゃうと、情が湧くかあ」
「アホ! いただいてないわ!」
「時間の問題ですけどね」
ふとシトドが真顔になる。
「多分、来るぞ、アレも」
「アレ?」
「イアンナ・トーリー。ナリア嬢の姉」
「だからだ。イアンナ嬢に見せつけられる」
次の一手ってそれかよ、とラケスは思ったが黙っていた。
「あ、そうだ侯爵、ちょっと掌見せて」
「右と左、どっちだ?」
「両方」
迷うことなくディミトリスは、両手を広げてシトドの前に差し出す。
シトドはヒューと声を上げながら、ディミトリスの手の相を観る。
ディミトリスは両の掌とも、人差し指と中指の間に、感情線がカーブして入っている。
「へえ、あんた意外と……」
「なんだよ」
「ロマンチストだな」
「意外とか言うな!」
実は、ディミトリスはナリアにどんなドレスが似合うか、脳内でシミュレーションしていた。
それをシトドに見抜かれたようで、少々照れ臭かった。
「それでは『鳥占のシド』、王宮でのパーティまでに、イアンナ嬢の裏情報、集めておいてくれ」
ラケスの指示に、シトドは軽く返事をする。
パーティは一か月後だ。
ディミトリスにはヘンな部下というか、お仲間がいるようです。
次回、ナリアは無事にパーティに出席できるのか。
お読みくださいまして、ありがとうございます!!
応援、感謝です!!