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オルコット子爵家物語

花嫁の父は号泣する

作者: みのみさ

『なぜ、先に婚約破棄したと言われても・・・』https://ncode.syosetu.com/n0388hu/の続編になります。

アイリスと父の和解話をとリクエストいただきまして、思いついた話です。

花嫁の父と親友の酒盛り中にアイリスが父を呼びだして・・・という話で、前作とはだいぶ雰囲気は異なります。ちょっとコメディ風味。

前作の内容にふれているので、こちら単体でもお読みいただけると思います。ですが、ご興味ありましたら、前作もお読みいただけると幸いです。

 デリックは目が霞んで、娘の花嫁姿がぼやけて見えた。

 妻を亡くしてから密かに慈しんできた娘の晴れ姿なのに、情けないことに涙腺が壊れてしまったようだ。

「ふぶっ」

 いきなり、目の前が塞がれたと思ったら、デリックの顔にハンカチが叩きつけられた。

「おおい、花嫁の父。感極まるのはわかるけどさあ、鼻水ずるずるはやめようや。貴族的にアウトなんじゃね?」

 気安い口調で肩に手をおくのは、今では唯一の友ウェイ・リー。海を渡った東方諸国出身の彼は隣国で大きな商会の次期商会長だ。

「うぇいいいい。おま、ひど」

「はいはい、今夜は夜通し飲みに付きあってやっから。それまでは我慢しろって」

 デリックはハンカチで涙をふくと、最後に鼻をかんでから持ち主に返してきた。

「・・・いや、返さんでいいから」

「ぞうか」

 少々鼻づまり気味で答えたデリックはなんとかオルコット子爵の顔を取り戻した。


 デリックは妹のやらかしで、友人も家族も全て失った。婿入りした子爵家の取引先などの付きあいはあるが、仕事相手だ。親しくはなれなかった。唯一、留学生だったウェイだけが、妹のやらかしを知っていても変わらなかった。

 ウェイの国ではこちらの大陸ほど厳格な身分はなく、もっと大雑把な括りらしい。一応、公では子爵としての付きあいだが、プライベートでは学生時代のままだ。

 ウェイとは良き取引相手でもある。

 デリックは領地でウェイの出身国原産の花を育てていた。気候や土壌の違いで生育環境を整えるのに時間がかかったが、別名『花王』と呼ばれるほど美しく咲く大輪の花・牡丹の大量生産に成功した。これまでは花市場でトップに君臨していた薔薇に迫る勢いで、牡丹も人々に好まれるようになった。

 牡丹以外の東方諸国原産の珍しい花々も栽培して、オルコット領地は東方の花の産地で有名になった。

 その名産の花々に囲まれたガーデンパーティーで式を挙げたばかりの娘は花婿と挨拶回りをしていた。


 母に似た栗毛と緑の瞳のアイリスは純白の花嫁衣装に薄いレースのベール着用で花の妖精のような美しさだ。隣の婿殿はピッタリと張りついて招待客の男性陣の視線を遮っている。

 婿殿、独占欲強すぎじゃね? と、ウェイが友人を見やると、娘の姿にうっすらと涙を浮かべ、婿は視界に入れていないようだ

 アイリスは格上の侯爵家の次男と婚約していたが、相手が不貞行為をやらかしてくれたおかげで見事白紙撤回でき、この度優秀な婿を迎えた。元婚約者の従兄弟だったが、ずっと前からアイリスを想っていてくれたらしい。

 今度は誠実な相手で、安心できる。そう、案ずることはないのだが・・・。

「うちの娘は誰にもやらん! とか、言ってやらなかったのか?」

「できるか。アイリスが当主だぞ。配偶者を得るのはあたり前だ」

「うーん。こういうのはお約束というか、様式美なんだけどなあ」

 ウェイのお国の常識なのか、デリックは首を傾げるのみだ。ウェイは頭を掻いた。


「アイリスちゃんも家庭をもって幸せになるんだからさあ。いい加減、デリックも幸せになっていいんじゃね? 

 お前さん、未だに妹御の呪縛に囚われてるだろ。姪っ子は任せろや。うちの支店で立派な看板娘に成長中だ」

「・・・世話をかける」

 ついとデリックは娘の姿から視線を逸らせた。

 デリックの姪は貴族学院に通わせていたが、婚姻相手がみつからなかったし、雇用先もだ。

 姪の父親は借金を残して失踪しており、デリックは姪をひきとる時に借金を肩代わりした。借金は返済しなくてよいし、養育費と学費は支払うから卒業後は自立するようにと姪と契約を交わした。

 姪の父親は学院卒業の半年後が失踪7年目で死亡届がだせた。彼は士爵位を持っていたが、一代限りで子供には受け継がれない。父親の死が確定し、姪は平民になった。デリックは契約通りに姪と縁を切った。

 姪は妹にそっくりだったから、妹のやらかしで全てを失ったデリックには姪を目にするのも辛かった。

 さすがに野垂れ死にされては後味が悪いから、ウェイに勤め先と住まいの斡旋を頼んだら、自分の商会で雇ってくれた。

 独り立ちできる筋道は用意したのだから、姪にはたくましく生きていってほしいものだ。


 デリックの妹のやらかしは略奪婚だった。

 妹のジャニスは伯爵令息と婚約していたが、別に思う相手がいた。相手にも婚約者がいて良好な関係だったから、初めから望みのない恋だったのに諦めきれずに卑怯な手段を用いて相手を籠絡した。


 その結果が実家の没落とデリックの婚約解消、そしてオルコット子爵令嬢カトリーナの婚約破棄だ。


 ジャニスの想い人はカトリーナの婚約者だった。ジャニスが略奪したせいで子爵家と伯爵家の両方から慰謝料を請求されて、実家は没落した。デリックの婚約者も友人たちもその時に離れていった。

 デリックは醜聞に塗れたカトリーナの婿がみつからずに、責任をとる形での婿入りだ。

 ずっと罪悪感を抱いていたから、アイリスが生まれてからはカトリーナとは疎遠になった。妻になったが、カトリーナだって仲の良かった婚約者を奪った女の身内なんか、目にもしたくないだろう、と。

 その葛藤を知っているウェイはホジホジと耳を小指でほじくって面倒くさそうな顔になる。


「世の中は本音と建前でできてるけどさあ、デリックは本音を隠しすぎだって。

 まあ、アイリスちゃん、カトリーナ様に似ておられるから余計罪悪感増すんだろうけど、カトリーナ様とは別人だぜ? 混同してたら気の毒だって」

「・・・それは、わかっているが」

 デリックは言葉を濁した。

 理屈ではわかっていても感情が伴わない。重いため息をつく友人にウェイはやれやれと肩をすくめた。

 この男は娘を溺愛しているくせに、決して表にはそれをださないのだ。むしろ、無愛想な顔でいつも娘に接していて、一時期は親子だというのに娘に萎縮されていた。


 ウェイはデリックとは留学中に色々と世話になり、またお世話してきた仲だ。男爵家の跡取りだったデリックは貴族の末端のくせに、平民を見下すことはなかった。東方諸国に興味があるから色々と教えてほしいと、ウェイに話しかけてきた。

 ウェイの家は裕福な商家だが、この国の基準では平民になる。貴族学院に留学できたのは姉が隣国の男爵家に嫁いだからだ。ウェイの頭脳で平民の学校はもったいないと、一時的に男爵家の養子になる形で留学させてくれた。

 さすがお貴族様で教育水準は高かったが、ウェイは周りから浮いていた。一応、最低水準の礼儀作法は身につけていたが、生粋の貴族とは異なるオーラが隠しきれなかった。

 ウェイは知識目当ての学院入りだし、群れるのはもともと嫌いだ。一匹狼でもかまわなかったが、さすがに急な予定変更の連絡などが届かないのには困った。どうやら、隣国の貴族籍と東方出身と一目でわかる黒髪黒目が災いして遠巻きにされたらしい。それが、デリックと話すようになったら、デリック経由で連絡が来るようになった。

 最初は便利だからデリックと一緒にいたが、人柄にふれるうちに友人になってもいいか、と思えるようになった。

 ジャニスの所業――王家主催の夜会で痴話喧嘩の揉め事暴露はさすがに呆れたが、ウェイの考え方では『自己責任でいいんじゃね? 学院在学中でももう成人年齢に達してるから立派な大人じゃん』だった。

 だから、デリックは巻き込まれただけという認識だ。友達やめるほどではないな、と。

 しかし、当の本人デリックは生真面目すぎるのだ。

 妹の恋焦がれる気持ちを知っていても止められなかったとか、実家を潰してしまったとか、カトリーナに申し訳なくてしかたがないとか、色々ごちゃごちゃ考えすぎだろ、と思う。


 男女の仲なんざ、邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまうのだから。あれこれ思い悩むより、行動したほうがよくね?


 ウェイは故国の諺を思いだしてこっそりと肩をすくめた。


「どうだ! 故国から、わっざわっざ、とり寄せた酒は〜、美味いだろ?」

「わかったから、こぼすな!」

 デリックはパーティーの後に泊まり込むウェイと酒盛り中だった。

 花嫁の父のグチにつきあってやると言いながら、ざっくばらんな友人は豪快にドボドボと酒を注ぐ。せっかくの美味い酒を無駄にするのがもったいなくて、デリックのこめかみには青筋が浮かんだ。

 デリックは友人から酒瓶をひったくった。

「貸せ! お前が注ぐんじゃ、酒がかわいそうだ」

「ええ〜、デリックちゃん、ひどおい〜」

「気色悪い声だすな! 鳥肌がたつ」

「だってえ、デリックちゃんがあ〜」

「旦那様、少しよろしいでしょうか?」

 カオスな酒盛り中にノックがして、申し訳なさそうな執事が顔をだした。デリックは朝まで放置でよいと伝えておいたから、首を捻った。


「すまない、騒がしすぎたか?」

「いえ、ご歓談中に申し訳ありません。実は・・・」

 デリックは娘が呼んでると聞いて眉をしかめた。すでに新婚夫妻用の離れで休んでいるはずなのに、わざわざ呼びだしなんてと訝しんだ。

 ウェイがハッとして声を低めた。

「あ〜、もしかして、アレじゃね?」

「アレとはなんだ?」

「よくある恋愛小説の鉄板ネタ。初夜に花婿が花嫁に向かって冷徹に宣言するヤツ。姉貴の愛読書であったの、前に話したことあるだろ?」

 デリックはかっと目を見開いた。そのままの勢いで執事に詰めよる。

「まさか、あの若造。アイリスに向かって『君を愛することはない』とか、戯言を抜かしたのではあるまいな!」

「いえ、旦那様、落ちついてく」

「ふっざっけんな‼︎ おっのれ〜、美しく可憐なアイリスを娶っておいて、もう愛人でもいるのか⁉︎」

「いえ、あの、だ」

「こうしてはいられない! ウェイ、借りるぞ!」

 デリックは未開封な酒瓶を抱えて廊下に飛びだした。けらけらと友の笑い声がお見送りだ。呆気にとられた執事が慌てて後を追いかける。

 冷静そうに見えて、確実に酔っているデリックだった。


「アイリス! 愛人こさえて、『君を愛することはない』とかほざいて、かわいいお前を冷遇する薄情な軽薄浮気男はどこだ!」

「え・・・、あの、お父様?」

 アイリスは呆然とした。サンルームにお茶の支度をしてもらい父を呼んでもらったのだが、なぜか父が大暴走している。

 控えていた侍女も呆けていたが、ほんの一瞬だけだ。酒瓶抱えて現れた酔っ払いにすすっと近づくと、銀盆の見事な一撃をくらわす。

「旦那様、落ちついてください。お嬢様が驚いております」

 ぐわあんと脳天に直撃食らったデリックは膝をついて頭を両手で抱えこんだ。クリーンヒットで目に涙が浮かぶ。

 アイリスの母代わりともいえる長年勤めてくれている侍女は無表情でデリックが手を離した酒瓶を空中キャッチした。ウェイ限定の酒盛りで主人が酔っ払うのはいつもの事だが、今日は酔い加減がハンパない。


「えと、あの、お父様、生きておられます?」

 アイリスは動揺のあまり、妙な問いかけになってしまった。

「大丈夫です、お嬢様。酔っ払いは案外丈夫な生き物ですから」

 侍女の返答も大雑把だ。

 追いついた執事が慌てて主人を介抱した。デリックはズキズキと頭の痛みが続いていたが、氷嚢を頭にあててもらうと少しはマシな痛みになった。

 改めてテーブルにお茶が用意されて、父と娘は向かいあわせに座った。侍女と執事が酔っ払い対策で念の為に側に控えている。

 こほんとデリックは咳払いした。


「あー、その、婿殿と何かあったのかい? まさか、もう隠し子がいるとかじゃないだろうね」

「・・・お父様、ブライアン様をなんだとお思いになっているの?」


(もちろん、かわいい娘を奪っていく、にっくきムコだ)


 しかし、デリックは内心の想いを絶対に言葉にすることはない。

「いや、その、もう休んでいると思ったのに、私を呼んでいると言われて・・・」

「今日はお父様とお話しする暇がありませんでしたから。休む前に少しお時間をいただきたかったのです」

「そうか、なんでもないなら、いいのだが。・・・本当に、婿殿はお前に無礼な真似はしていないかね? 実は男性のほうが好きだとか、何かショッキングなカミングアウトがあったとかは?」

「・・・そのようなことはありません」

「では、彼に何か嫌なところがあって、この結婚を考え直したいとかは・・・」

「・・・お・と・う・さ・ま?」

 娘の声に凍りつく冷ややかさを感じて、デリックは黙った。娘から視線を外してそおっとお茶を口にすると、アイリスが盛大にため息をつく。

「全く見当違いですわ。・・・お父様にはお礼を言いたかったのです。

 今日まで、わたくしを大切に育ててくれて、こうして無事伴侶を迎える事ができたのはお父様のおかげですもの。

 お父様はわたくしの元婚約者との白紙撤回にご尽力してくださいましたし」

「それは当然のことだ。私はお前が継ぐまでの当主代理。無事にお前に子爵家を継がせねばならなかったからな」

 デリックは無愛想に応じた。いつも通り、アイリスが顔を曇らせる。

 デリックが娘を溺愛するのは心の中だけだ。顔は貴族らしく無表情、もしくは無愛想で笑顔を向けたことはない。脳内に昼間の友の言葉がよみがえるが、今さらだった。妻を事故で亡くしてから、娘とは義務的にしか会話を交わさなくなった。 


 次期当主にふさわしくあればよい、と娘の教育方針を決めたのだ。


 その願い通り、アイリスは子爵家当主としてどこにだしても恥ずかしくない貴婦人に育った。


 デリックの役目はもう終わりだ。これからはアイリスを支え守ってくれるのは夫のブライアンなのだから。


 デリックがどよよんと内心では激しく落ちこんでいると、アイリスが俯いて手で口元を押さえてしまった。人生で最良の日だというのに娘を憂いさせてしまって、デリックの心中は大荒れだったが、表情筋は動かない。

 ふくっと、アイリスが喉を詰まらせたような声をだした。デリックはまさか泣かせてしまったのかと焦ったのだが――

「ふっ、くくくくっ。お、お父様、今の格好で、そのお顔は・・・」

 アイリスは忍び笑いを堪えきれなくて声をあげた。口元を手で押さえても無理だ。どうしても笑いが止まらない。

「は、え、アイリス。ど、どうしたんだ、一体・・・」

「旦那様のおマヌケなご様子にツボったかと」

 無表情に答えるのは執事だ。心を無にしないとアイリスの二の舞になりそうで、表情筋を大いに仕事させての鉄面皮だ。

 デリックは片手で氷嚢を頭に押しつけたままである。ちょっと情けない姿なのに、威厳たっぷりの無愛想とか、ギャップが凄すぎた。

「いや、これは・・・、外すと痛むからで、その」

「お父様がぐだぐだするのを見るのは初めてですわね。ふふっ、ウェイおじ様が教えてくださった通りだわ。お父様は意外と表情が豊かなのですって」

「ウェイが?」


(あの野郎、人の娘に何吹きこみやがった。後で、絶対シメる!)


 物騒な決意を胸に秘めるデリックにアイリスはふわっと花のような笑みを浮かべた。

「お父様、わたくし、幸せでしたのよ? 

 お母様が亡くなっても、お父様が領地も家内もしっかりと治めてくださって。安心して学院に通えました。お父様はずっと領地にいらしたけど、それはわたくしに少しでも豊かな領地を継承させるためでしょう? 

 わたくし、学院入学準備で王都に行ってお父様と離れたのは寂しかったけど、我慢できましたの。お父様はわたくしのためにならない事はなさらないって、わかってましたから」

 アイリスはそう言ってデリックをまっすぐに見つめた。

「わたくしが当主になりましたが、これからもよろしくお願いしますね。

 お父様は肩の荷がおりたと思われているでしょうけど、今後はわたくしの子供に囲まれて、おじいちゃまと慕われて、思いきり遊び相手にされて振り回されて、孫の結婚式にも参列して、ひ孫も抱っこするまでは長生きしてもらいます。それから、お母様のもとへ旅立って教えてあげてください。こんなに、幸せだったんだよって」

「・・・アイリス。私は、私には、そんな資格はない。カトリーナも望んでいないだろう」

「お母様がそう仰ったの? お父様が勝手にそう思いこんでるだけでしょう。独りよがりされて、お母様がおかわいそうだわ」

 アイリスの緑の瞳に怒気が浮かんで、デリックは怯んだ。アイリスは特に瞳が母に似ている。まるで、カトリーナに怒られていると錯覚しそうだ。


「しかし、カトリーナは・・・」

「お母様の想いが知りたければ、教えてさしあげますわ」

 アイリスが合図すると、侍女が銀盆に数冊の日記帳をのせて運んできた。目の前に置かれたデリックは目を見張った。

 表紙に書かれた日付はアイリスが生まれた年で、明らかにカトリーナの筆跡だった。

「奥様は一冊書き終わるたびに耐火金庫にしまっておいででした。将来、お嬢様が婚姻なさったら、お渡しするのだと。お嬢様には役立つ内容だから、と仰っていました」

 侍女の報告にアイリスも頷いた。

「わたくしは結婚準備中にもう読んでしまったから、お父様に貸してさしあげます。・・・ただし、鼻水はつけないでくださいね?」

 最後の言葉までデリックの耳には届かなかった。呆けたように日記帳を見つめる父を残して、アイリスは侍女と共に退出した。


「いつまで、そうやってんのさあ?」

「おわっ、う、うぇい?」

 いきなり声をかけられたデリックは大きくのけぞった。前のめりになっていた彼は見入るだけで、危険物でもあるかのように日記帳にはふれていない。

 ウェイは酒瓶を抱えて頬杖をついた。

「客人放っておいて、それはなくね? 祝い酒、一人で飲んでてもなあ〜」

「お前は客じゃないから、かまわん」

「ひっで。・・・なあ、それ、アイリスちゃんの育児日記だろ?」

 ウェイが日記帳を見咎めて首を傾げた。デリックが目を見開く。

「育児日記? ・・・なんで、お前がそんな事、知ってるんだ?」

「だって、カトリーナ様にその日記帳頼まれたの、うちの店だからな。色違いの5冊セットを納品した覚えがあるぞ。

 娘が生まれたから、記録して娘の婚姻時に渡してやりたいって言ってた。子供が生まれたら役に立つだろうからって」

「そうだったのか・・・」

 デリックは己が知らなかった事にショックを受けたが、アイリスが生まれてからは妻とは疎遠になっていたからしかたがない。それよりも、育児日記と聞いて興味が湧いた。カトリーナの想いがわかると怖気づいていたが、育児日記ならアイリスへの想いなのだろう。

 ようやく、手にとってページを捲り始めた友人をウェイがやれやれと見守っていた。




 〜〜 日記帳より抜粋 〜〜


 ○月✖️日


 娘が生まれて一週間。わたくしの体調も回復したわ。授乳にも慣れてきた。

 旦那様に名付けをお願いしたら、名前のリストを渡されたわ。領地の特産品が花だから、花の名前がいいのではないかと。わたくしが好きに決めてよいと言われたのだけど。

 侍女の立ち話が聞こえたわ。

「旦那様はようやく名前候補を絞ったのね」

「よかったわ。書斎のゴミ箱が山にならなくて済むもの。もう、お子ができてから、ずううううっとお悩みで。何枚もボツにしては書き直していらして。すぐにゴミ箱がいっぱいになるから、掃除が面倒だったのよねえ」

 初耳だわ。いつも、そっけない態度なのに。そんなに悩んでくださっていたなんて。


 ○月☆日


 娘の名をアイリスに決めたわ。旦那様はよいと思う、と言ってくださった。

 アイリスを抱っこしてみないか誘ったら、珍しく動揺なさっていた。ウェイ様が仰っていた通り、案外表情が豊かな方なのかしら?


 ◇月*日


 アイリスが熱をだした。乳母は軽い風邪で大丈夫と言うけど、心配でしかたない。

 今夜はアイリスと一緒に休みたいと言ったら、なぜか旦那様が看病を申し出てくださった。わたくしにも風邪がうつるといけないからって。今はわたくしの代わりに領地を見回ってくださってお忙しいのに。

「身体を大事にしなさい、アイリスも君も」と、わたくしも気遣ってくださった。

 優しい方なのはわかっていた。だから、わたくしに同情してくれているのだと思っていた。

 甘えてはいけない、と思うのに・・・。


 ●月△日


 アイリスの夜泣きがひどい。乳母ではダメで、わたくしの抱っこで眠ってくれるけど、ベッドに降ろせば泣きだす。

 睡眠不足でふらふらになっていたら、旦那様が代わってくださった。旦那様もわたくしの代理の領地経営でお忙しいのに。それを言ったら、二徹くらい平気って、どんな生活ですか!

 わたくしの伴侶なのだから、しっかりと健康には気をつかってくださらないと、と怒ったら、しゅんとしょぼくれた。・・・叱られた子犬みたい。

 ふふっ、年上なのに、かわいいとか思ってしまったわ。


 □月+日


 今日はアイリスの誕生日だった。プレゼントの山ができた。

 絵本にぬいぐるみにお人形、お絵かき道具に積み木セット、etc・・・。

 しばらく、旦那様にお小遣い禁止令をだしてしまったわ。あるだけアイリスの玩具に使うとか、信じられない。ウェイ様も笑ってないで止めてくださればよろしいのに。

「儲けさせてもらって、毎度ご贔屓に〜」ではないでしょう!


 ■月◎日


 アイリスがようやくつかまり立ちするようになった。遅いのではと思っていたから一安心。こうなると、歩くようになるのは早いと乳母が言うけれど。

 早速、室内履きから外遊び用まで一式シューズを揃えようとする旦那様と売り込むウェイ様。

 この二人、どうしてくれようかしら? まだ、早いでしょうに。ホント、頭が痛いわ。


 ▽月▲日


 ウェイ様に売り込みを控えるように言ったら、「アイリスちゃんにヤキモチ妬かなくてもいいよ。デリックはちゃんとカトリーナ様も愛してるよ」と言われたわ。

 思わず、動揺してしまったら、旦那様の秘密を教えてもらった。

 旦那様はわたくしと視線があわないようにしてるくせによく見てる、って何? 鏡で背後を見てご覧って、アドバイスされたけど・・・。

 なんで、あんな目をなさってるの? アイリスに注ぐような眼差しでって、アイリスを見ているのよね、わたくしではないわよね⁉︎


 ♢月★日


 うん、アイリスではなかった。

 旦那様はわたくしを見ていた。

 ・・・すっごく、恥ずかしいんですけど⁉︎ 気づかないほうが冷静でいられたんですけど⁉︎


 ★月□日


 旦那様が一週間の視察から戻られた。アイリスがお顔を見たら、泣きだした。

 忘れられた、と落ちこんだ旦那様がおかしくて笑いを堪えるのが大変だった。本当に旦那様は表情豊かな方だったのね。わたくし、これまで何を見ていたのかしら?


 □月▼日


 アイリスがトテトテと歩けるようになった。行動範囲が広がって目が離せない。専属侍女をつけることにした。

 わたくしの手もだいぶ離れてきたわ。そろそろわたくしも仕事に復帰しようかと思ったのに、旦那様はもう少し大きくなるまでアイリスの側にいていいと言ってくださった。

 でも、お仕事を理由に旦那様がわたくしやアイリスから遠ざかっている気がする。

 ウェイ様に相談したら、「あいつを仕留める気があるなら、協力するよ」と言われたわ。「仕留めるのではなく、射止めたいのですけど⁉︎」って、答えてしまったわたくしって・・・。


 〜〜 1冊目終了 〜〜




 デリックは日記帳を閉じてバタンとテーブルに突っ伏した。

「なんだ、これは・・・。育児日記に別のモノが混じってるだろ⁉︎ ・・・というか。

 ウェイ! お前、何してくれやがってた!」

「ええ〜、何があ?」

「何があ、じゃない! お前、この内容を知っていただろ?」

 デリックがばんと日記帳を叩いた。抜け目のない商人が読むように勧めたのだ。知らないはずがない。

 ウェイはへらりと笑った。

「育児日記にかこつけた惚気だって、アイリスちゃんに相談されてさー、内容は教えてもらったけど、中身は見てない。人様のプライバシーだからねー。

 アイリスちゃんはなんか負けた気分になったとか言ってたけど」

「なぜ、カトリーナもアイリスも私の事をお前に相談するのだ⁉︎」

「人徳でしょお。お二人とも、見る目は確かだね?」

「どこがだ!」

 ウェイはこめかみに青筋浮かべる友人に対してマイペースだ。


「アイリスちゃん、お前に知らせたほうがいいのか、否か。迷ったみたいだよ?」

 うぐっとデリックが言葉に詰まる。

「大事な取引先のご要望にはできるだけお応えしますよ、我が商会は〜。アイリスちゃんとも末長くお付きあいしたいし。

 いやあ、お前をしと・・・、でなくて、射止めようとなさるカトリーナ様と全然気づかずに仕事に打ちこんでカトリーナ様の負担を減らそうとするお前と。

 もだもだした恋の駆け引きをおもしろく見守らせてもらって、あの頃は楽しかったなあ」

 ニマニマしていたウェイはすっと真顔になった。

「カトリーナ様のことは本当に残念だった。あの事故がなければ、今ここにこうしているのはカトリーナ様とお前だったろう」


 カトリーナはアイリスが5歳になった直後に事故に遭った。領主の仕事に復帰して視察中だった。暴れ馬が街道を爆進してきて蹴られたのだ。

 カトリーナは逃げ遅れた領民の子供を庇って亡くなった。

 他の仕事を任せられて別行動中だったデリックは死ぬほど後悔したものだ。当主代理となり、母を求めて泣く娘に寄り添いながらの領地経営で、あの頃は一気に激痩せしたし、いつも不健康な顔色をしていた。

 アイリスが落ちついて忠実な使用人に任せられるようになると、ウェイの故国原産の花の栽培に着手した。カトリーナ亡き後は取引額が減少していた。

 子育てと領地経営と当主代理と複数の役目の掛け持ちはきつかった。デリックは娘の心の安寧第一で子育てを優先して取引を減らしたから、その穴埋めを珍しい花の栽培で補おうとした。

 アイリスとの時間は減ったが、取引は徐々に回復した。

 牡丹の売れ行きが好調で、東方の花の産地として有名になり始めた頃に婚約の打診があった。格上の侯爵家からだ。畏れ多いという断り文句は権力のゴリ押しで押しきられた。ウェイの情報網から侯爵家の長男は優秀だが、次男はボンクラと報告を受けて激しく後悔した。


 アイリスの婚約者はボンクラの次男だったのだ。


 ウェイにはボンクラなりに良さはあると慰められた。

 煽てておけば邪魔せずにお飾りの婿になってくれるだろう。優秀な婿によるお家乗っ取りの心配はないと言われた。

 だが、ボンクラでもお家乗っ取りの危険性があって婚約は白紙撤回できた。かわいいアイリスを蔑ろにする相手に毎日毎晩欠かさずに呪詛かましていたデリックは神に願いが届いたと感謝したものだ。

 尤も、ウェイに言わせると、『呪詛叶える神って、神様と違うだろ。むしろ、悪魔じゃね?』だったが――

 デリックには神でも悪魔でもかまわなかった。かわいい娘が幸せになるなら。

 その娘から人生で一番幸福な日に、亡き妻の秘めた想いを知らされるとか・・・。


 ものすっごおく、居た堪れない。穴があったら、入りたい。いっそのこと、そのまま穴蔵の住人になりたい。


「まあまあ、一杯どうよ? とっておきの秘蔵酒だぞ」

 適量を注いだウェイが友人に勧めてくる。デリックは受け取った途端に一気飲みだ。

「おま、いい酒って言ってんのにい。一気にいくなよ」

 ウェイはぶつぶつこぼしながらもおかわりを注いでくれる。デリックはぐっと喉を詰まらせた。

「私は・・・、ずっと、申し訳なくて。カトリーナが・・・、元婚約者を、忘れられ、なかったのを、知って・・・、いた、から」

「うん」

「私は、借金と、罪滅ぼしの・・・、婿入り、だった、から」

「うんうん」

「う、うらま、れて、る・・・、と」

「ばかだなあ。お前みたいな、誠実な男に献身的に尽くされて、嫌う女性がいるわけないだろお?」

「し、かし、先代、が・・・」


 先代のカトリーナの父は婚約破棄の醜聞で娘に婿がみつからないから、デリックに婚姻を持ちかけたのだ。デリックは実家が没落しても残った借金を少しでも返すためにオルコット家の使用人になっていた。

 先代はカトリーナの婚姻を見届けると、患っていた肺の病気が悪化して亡くなった。きっと、心労が祟ったのだろうと医師に言われて、デリックの罪悪感は倍増した。

 だから、献身的に尽くしても尽くしきれない。むしろ、馬車馬のように働くことが救いでさえもあった。

「先代はお前の人柄を見込んでたんだよ。ただ、お前が素直に頷くわけないと思ったから、わざと借金と罪滅ぼしって理由をつけたわけ。

 だってさあ、お前、実家の没落で平民になってたし、この国の貴族では無理でもうちの国とかならまだお相手探せたってのに、わざわざお前を指名したんだぜ?

 大体、平民でもいいなら、大商会の跡取りのおれでもよかったと思わね? その時、おれには婚約者いなかったんだし」

「・・・だが、カトリーナは・・・」

「最初は元婚約者に想いを残してたかもだけど、過去は変えられないからなあ。カトリーナ様はお前よりも前向きな方だった」

 ウェイは静かに酒のグラスを傾けた。


「デリックだって感じてただろ? カトリーナ様が気にしてくださってたって。お前は同情とか憐れみと思ってたみたいだけど、それ読んでまでまだそう思えるのかね?」

 ウェイが指差すのはデリックが手にしている日記帳だ。デリックは手放し難くて、ずっと手に持ったままだった。

「うぇ、うぇいいいいい」

「へいへい、鼻水拭けって。返さんでいいからな」

 ウェイがベシッとハンカチを友人の顔にぶつけてくる。デリックは本日二度目の涙腺決壊だ。

「言っただろお? いい加減、妹御の呪縛から解き放たれろよ。カトリーナ様の元婚約者だって、幸せ見つけて爆進中だろ」


 カトリーナの元婚約者は妻亡き後に娼婦と逃げた。借金と娘を残して。


 それを肩代わりして法的にもカタをつけたのは、デリックだ。

 元婚約者がカトリーナに似た面影の娼婦と逃げたと聞いて、デリックはやるせなかった。彼に執着した妹のせいだと思うと、放っておけなくて姪もひきとった。成人までしか面倒をみる気はなかったら、全ては弁護士任せにしたが。

 ウェイの言う通り、過去は変えられない。ずっと、蹲ってこだわっていたのはデリックだけだった。

「ま、カトリーナ様でなくて悪いけど、今夜は付きあってやっから」

「・・・ぼんどだぞ」

 デリックはずびずびと鼻水すすりあげて、すっかり泣き声だ。今さら、友人相手に取り繕う気などないから、恥も外聞もない。

 その夜は、思いきり泣いて思う存分飲み明かした。


 アイリスが寝巻きに着替えて寝室に戻ると、夫のブライアンが顔をあげた。読書中の本を閉じて、銀縁メガネを外す。寛ぐ合図だ。

 水色の瞳から和やかな眼差しを向けられて、アイリスはほっとした。

 夫に手招きされてアイリスが隣に腰掛けると、そっと手を繋がれる。

「どうだった、お義父上は?」

「多分、ウェイおじ様がついているから大丈夫」

「・・・君は、あの方をずいぶんと信頼しているんだね」

 ブライアンは我ながら、拗ねたような声だな、と自己嫌悪したが、アイリスにも拗ね加減は伝わったらしい。くすりと微笑まれてしまった。


「おじ様はわたくしが子供の頃からよくしてくださったもの。お父様が多忙な時には商会に招いてくださったわ。どうせなら、取引品が実際に売られている現場を見てみないかって、声をかけてくださって。

 おば様やご家族もかわいがってくれたし」

 ウェイの商会は家族経営の小店から大きくなった。身内のほとんどが商会で何らかの職についていて、大家族のようなものだ。アイリスはそこで商品知識を教えてもらったり、売店の様子などを見学させてもらった。時には売り子をさせてもらい、貴重な経験を積ませてもらった。

 ウェイは父に愛されていないと落ちこむアイリスをよく慰めてくれた。


 あれでも、デリックなりにアイリス()を思っているよ。ただ、不器用なヤツだから――


 そう言って苦笑するウェイのほうが父親らしい事をしてくれたのだが。

 ウェイの奥方も母親のようにかわいがってくれたから、アイリスは捻くれる事なく育った。

 デリックは事務的に接する事が多かったが、アイリスの存在を無下にしたことはない。子爵家当主としていつだって尊重してくれた。

 ウェイのところで貴族令嬢らしからぬ振る舞いがあっても、アイリスは怒られたことはない。父はどこか遠い目をして「・・・まあ、ウェイのやる事だから」と悟りの境地に至っていた。母の日記帳を読んだ後では納得だ。

 アイリスは母の日記帳を渡しても、父が素直に読むかわからなかったからウェイに相談した。

 ウェイ曰く、『下手すると、大切に金庫にしまい込むかも。中身を見ることもなく』だった。

 それでは困るので、ウェイが読むように誘導できるこの日に日記帳を渡すことにした。ブライアンの勧めもあって、挙式も全て終わって気が緩んでいるだろうこの時間に、だ。


 アイリスは甘えるように夫の肩に寄りかかった。

「貴方が勧めてくれたから、わたくしはお父様と正面から向きあえたわ。ありがとう、ブライアン様」

「奥さんに頼られるのは嬉しいね。夫冥利に尽きるよ」

 ブライアンは妻の頭をそっと撫でた。

 婚約者候補として半年、正式に認められて一年の婚約期間を経ての婚姻だ。ようやく今夜までたどり着いた、とブライアンは感無量だった。


 何しろ、婚約者となってもアイリスとのふれあいはエスコートのみで、こうして頭を撫でるのもアウトだった。デリックの監視が厳しかったのである。


 我が娘の名誉を損なう真似はまさかしないでしょうね、()()()殿()のように、と釘刺しされては頷くほかない。

 アイリスは父には愛されてないとなぜか思いこんでいたが、ブライアンはそれは大いなる勘違いだと実感していた。デリックの差し金で二人きりになるヒマなど、まるっきりさっぱり全然なかったのだから。

 アイリスが頼りにする『ウェイおじ様』と二人きりになるのはよくても、婚約者である己はダメだった。だから、『ウェイおじ様』には軽く嫉妬していたりするブライアンだ。


「・・・私はリー殿より、役に立ったかな?」

 どこか緊張したように問う夫に、アイリスは愛おしさがこみあげてくる。

「あのね、今だから白状するけど、ウェイおじ様はわたくしの初恋だったのよ?」

「はいっ⁉︎」

 突然の告白にブライアンの声が裏返る。アイリスはいたずらっ子のようにくすくす笑いだ。

「だって、お父様よりも親らしくしてくださったこともあったし。女の子の初恋は父親相手と決まっているらしいわよ?」

「そ、そうなのか・・・。でも、君はもう私の妻になったのだし」

「あら、妬いてくださってるの? 心配することはないわよ。おじ様は愛妻家でおば様一筋だから。わたくしの理想の夫婦像なの」

「それなら、私は君の理想を叶えることができると思うよ」

 ブライアンはほっとして胸を撫でおろした。

 東方出身者の容姿は若く見られがちだ。ウェイがアイリスと並んでも親子には見えず、せいぜい年の近い叔父と姪という感じだ。政略結婚なら十分あり得る年の差だから、妻の突然の告白に内心では焦りまくったブライアンである。


「私は改めて、誓うよ。一生涯、君だけだと。絶対に、よそ見することはない。だから、君もずっと私だけ見てほしい」

「まあ、わたくし、とっくに貴方以外は興味なくてよ? 知りませんでしたの?」

「・・・初耳だな。できれば、この先何回でも聞かせてもらいたい言葉だ」

「何回でも? 毎日でも、わたくしの旦那様は飽きてしまわれないのかしら?」

「まさか。絶対に飽きないと自信を持って言えるよ」

「では、ゆびきりげんまんしてくださる?」

「ユビキリゲンマン?」

 ブライアンが聞きなれない言葉に目を瞬かせる。

 アイリスは東方の習慣なのだと教えた。お互いの小指を絡めて決まり文句と共に約束を交わすのだ。

「それも、リー殿に教わったのかい?」

「いいえ、おば様によ。ゆびきりげんまんは子供時代にするお約束らしいけど、おじ様とおば様は今でも二人だけの約束を交わす時にしているのですって。素敵だと思わない?」

 妻の理想像の夫婦がしているなら、ブライアンに拒否する選択肢はない。

 二人は仲良くゆびきりげんまんをして、微笑みを交わした。そして、どちらともなく唇を重ねあわせた。


 〜〜 数年後 〜〜


 アイリスに子供が生まれると、デリックのプレゼント攻撃が始まった。ウェイが売り込むベビー商品を片っ端から買いまくるのだ。それをやんわりと牽制すると、次は知育玩具とまた同じ攻防が繰り返される。

 父とその親友を諌めるのに、カトリーナの育児日記は確かに役に立ったのだった。


fin.

お読みいただき、ありがとうございます。

題名はちょっとズレてるかもですが、思いつかなくて。

ウジウジしたデリックの背中蹴飛ばしてもらおうとしたウェイのおかげでこうなりました。

面白かったら、評価してくださると嬉しいです。


題名改訂しまして、『花嫁の父は号泣する』と、そのものズバリにしました。

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― 新着の感想 ―
はあ、パパカワイイw
[一言] 今更の感想ですが… 父娘のすれ違いが解消されて良かったです。実際の父娘のすれ違いや誤解は、案外身近なものですしね…私自身もそうでしたし(苦笑)。 爺·娘·娘婿·孫(誰目線か分からない表現にな…
[良い点] お父さんが親バカとバカ親のハーフみたいでいいキャラでした。読みたかった続編が読みたい形で読めて嬉しいです。 [気になる点] ひょっとしてウェイがいなかったら詰んでた?
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