第6話 無我
「ちょっと!いきなり何すんのよ!」
「いや待ってくれ、これは違うんだ。いいか、今はここで静かにするんだ。ただでさえ俺たちは特徴的な見た目をしているんだ。女と一緒に居るところを一番弟子に見つかるわけにはいかない!」
「そうじゃなくて、、、狭いわよ、、、」
「、、、いいか、静かにするんだ。下手に周りに見つかってもいけない。」
私は無我を心掛けた。
(無我無我無我無我無我無我無我無我無我無我無我無我無我無我無我)
柔らかな娘の体に密着する体。
(無我無我無我無我無我無我無我無我無我無我無我無我無我無我無我無我)
黄金の眼に映る私の顔
(無我無我無我無我無我無我無我無我無我無我無我無我無我無我無我無我無我)
私の胸あたりにかかる甘美な吐息
(無我無我無我無我無我無我無我無我無我無我無我無我無我無我無我無我無我無我)
瞬間、私は現実に帰る。陽潜は去った。私は急いでこの隙間からの脱出を試みた。
(足が引っかかって、出られない!)
私は慌てた。アムリタは怒りを顔に湛えている。
(そんな顔をするな...)
「アンタたち、何してんの?」
日も沈もうとしている頃、一人の長身の女が挟まった我々に声を掛けてくれた。笑ったような、呆れたような顔をしている。
「、、、アーシャ!このスケベ煩悩僧から早く開放して!!!!」
アムリタは突然大きな声を張り上げた。
アーシャはすかさずアムリタの口に蓋をした。そしてゆっくり引っ張って彼女を路に出した。そして私もなんとか、外に出ることができた。
「アムリタちゃん、礼明はね、ここらじゃちょっとした有名人なの。普通の服でも認識できるぐらいね。彼に恥を掻かせるようなことはあまりしないでよね。
そして礼明、あんたは僧の身分でどうして、、、」
「誤解だ!」
「ぷふっ、冗談よ、身を隠そうとしただけでしょう。通ったのが私で良かったわね。一番弟子さんなんかだったら、、、ははははは。」
私は誤解されてないことに少し安堵した。
「でも本当に私で良かったわ。強盗でも通ってたら、カモもカモよ。」
「その、強盗って奴はいったい何なんだ?この街ではそんな話は今まであまり聞かなかったぞ。」
「あら、知らなかったの?、、まあ本来、街から隔絶された環境に住むべき僧は知る由も無いものね。
最近、北西の異民族が活発になっているのよ。異教の布教をするくらいで、これまであまり悪さをしてこなかったのだけれど、ここに来て突然強盗や殺人を起こすようになったのよ。特定の民族じゃないから、見た目でこれと判別できない上に、もう街にも浸透してしまっているらしくて。」
「ねえ、卿、あれ!」
その時、頭上を目にも止まらぬ速さで何かの影が通り過ぎていった。
「おい、あれ。」
「ええ、例の異民族よ。何が目的かは解らないけれど、今のもきっと悪さを企んでいたに違いないわ。」
私とて彼らからすれば異民族である以上、嫌に不気味な感覚に襲われた。
日も沈む。夕日の赤が、ナーガルモンの街に蓋をしようとしている。
その後、宿屋に戻り、私は自分の服装に着替えて、僧院へ戻った。明日からはアーシャが手伝ってくれるとのことだった。私が小娘に構う暇はこれ以上なかった。
それから一晩経とうとも、アムリタの姿が瞼にこべり付いて離れない。
私はアムリタの忠告を無視した。翌朝、瞑想しようとインラーの森へと向かう。