王都その1
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ユーバニアの王宮は、国の北部中央にある。
宮殿の外壁は高く、更には大人の背の高さ位の堀と、そこに流れる水で囲まれている。
表門と裏門には、それぞれ吊り橋が用意されているが、夜間、吊り橋は引き上げられている。
よって、夜間、王宮に向かう時は、堀を舟で渡るのだ。
吊り橋のたもとでは、騎士団の団員たちが、交代で警備に当たる。
その夜。
一艘の小舟が、王宮側へと堀を渡る。
船頭が手に持つ灯には、国教と王家の紋章が見える。
寺院からの訪問者たちである。
乗船者は三人。
皆、長いローブで顔を隠しているが、司祭と従者たちであろう。
警備にあたる二人の騎士は、無言で門を開閉する。
そもそも日暮れと共に、静謐な居城となる場所である。
深夜に近い時刻の今、誰もが私語を慎む。
しかし。
最近の王宮内では、不穏な空気が流れている。
日の出を告げる小鳥たちの死骸が、よく見つかる。
陽が落ちてからは、夜行性の猛禽類が多数、王宮の木々に集まる。
堀の水面には小魚が腹を出して浮かび、堀の石段には今まで見たこともない、黒い蛇が這う。
何よりも、次期国を守り統治する予定の者たちの行動に、眉をひそめるばかりだ。
王宮は正門をくぐり、最奥部に国王の執務室と玉座の間が設けられており、その東側には、王太子が住まう東宮、西側にはそれ以外の王子らのための西宮がある。
東宮からは、今夜も楽曲や嬌声が漏れてくる。
国王の体調が思わしくないことは、当然王太子になる予定の第二王子と、その側近は知っている。
しかしながら。
第二王子が次期正妃候補に選んだ女性、すなわち、元婚約者の姉であるフィーネ侯爵令嬢は、王と王家への敬意や、周囲への気配りがまったくない。好きな時、好きなことを平気で行う。服装もふるまいも、およそ次期国母の素養が皆無である。
あの方で良いのか。
なぜ、元々のセイラル嬢ではダメなのか。
日増しに王宮内に燻る、不平不満と疑念。
「東宮は今夜も変わらずか」
「言うな。正式にご婚約の発表を行うのは来月だ。その打ち合わせであろう。不敬の発言と聞こえたら、おまえ大変だぞ」
先だって、フィーネが王宮の廊下を通った際、ある騎士の敬礼が不適切だと激怒した。第二王子のアティリスは、その讒言を真に受け、騎士を王都のはずれに追放したのだ。
「陛下のご様子、如何だろうか」
舟で着いたものたちは、寺院からの使者。
王の病体を回復するべく、選りすぐりの回復術士や薬士が、司祭と共にやってきたのである。
ローブを纏い、久しぶりに王宮に足を踏み入れたセイラルは、宮殿内に澱む気に、吐き気を覚えた。
覚えのある気配である。
セイラルが侯爵家にいた時、姉のフィーネがよく口にした、あのセリフ。
「ズルいわ、セイラルばっかり! 本当にズルい!」
その言葉と共に、フィーネから吐き出された黒い塊。
それが宮殿内に、溜まっている。
セイラルは手に持つ籠から、一輪の花を取り、口に含む。
それは王家の花、イオニカ。
青よりも濃い花びらを噛みしめると、吐き気は治まった。
司祭が玉座の間に進む。
ベッドに半身を起こした王と、正妃が三人を迎えた。
「夜分に大儀である」
ユーバニア国王は、以前寺院で謁見した時よりも、顔色が良くなっていた。
回復術士が王の関節を確かめる。薬士はセイラルが調合した薬草の茶を、王に飲ませる。
司祭は、女神への祈りを続けている。
正妃がセイラルに向かって微笑む。
「陛下は徐々に、お治りになりつつあります」
セイラルは、ほっとした表情を見せる。
「でもね、どうも王宮内が落ち着かないの。いつも何かがざわざわしていて」
正妃の言葉に、セイラルの唇がきゅっと閉まった。
次回も王都の話となります。