覚醒その6
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「式部卿様こと、藤原種継様の母上様は、秦朝元様でございます。元正天皇様の詔により、優れた医術により褒章を賜ったお方。ゆえに、種継様は、ご息女に、『薬子』と名付けられたのです。
よって藤原の式家には、代々、神農本草経や、黄帝内経が受け継がれているのでございます」
ひよしは月に一度、お付きの女官に付き添われ、和泉国の山寺に参詣していた。
山寺の僧は「お上人様」と呼ばれ、唐の国への留学から帰ってきた、徳の高い人だと伝え聞いた。
ひよしはその山寺の高僧から、仏教講話のみならず、和歌や書や、医術も習った。とりわけ、神農本草経に記されている、種々の薬の話は熱心に聞き入った。
薬とは、病気を治すものもあれば、人体にとって毒になるものもあった。
「お上人様は、なんでも見知られている」
ひよしが呟くと、お上人は笑う。
「私には、幾人も先師がおりまする。例えば、一本下駄で空を舞うような」
◇◇◇◇◇
ユーバニア国は、大きな大陸の中央に位置し、東西北の三方は山脈に囲まれている。
北の山地はいにしえの土壌と言われ、内部は凍土である。
北の山々から流れてくる水は、王都を始め周辺領地の貴重な水源であり、水を司る女神が国教になっているほど、水の価値は尊い。
王との接見後、セイラルは司祭や寺院の者たちに、寺院の敷地内を浄化する方法を伝えた。
更にセイラルは、水源を凍土の近くまでたどり、不浄なもの、不純なものをすべて清らかに変え、
同時に、初めて国境付近まで植生分布を把握した。
国内に自生している野草には、薬草もあれば、毒草もあった。
ユーバニア国において、医術とは、回復術を担う術士によるものと、薬草を使用して回復の補助を行う薬士によるものを指す。
回復術は主に外傷の手当と回復を行い、内臓の修復には、薬草を用いる。
回復術士は国家認定の修学と試験が必須だが、薬士は簡単な研修で申請可能である。
よって薬士の能力には、いささか個人差がある。
ユーバニアは三方を山で囲まれた国であるがゆえ、他国からの侵略は比較的少ない。
そのため、国家の防衛という概念が育っておらず、諜報活動への対処もしていなかった。
この国では国王に対して、毒を盛るような輩が、今までは存在しなかったのである。
薬士は薬草を扱えるが、毒に詳しくはない。
セイラルは植生で見出した毒草を詳しく記述し、正妃に渡した。
さらに、源流から少し下ったあたりの小川で、小指の先ほどの小魚を掬えるだけ集めた。
王宮で、調理に使用する大元の水流に捕まえた小魚を放ち、小魚が浮いたら、水の取り入れを止めるように伝えた。
寺院から水瓶を一つ渡し、一度水をためて使うようにとも指示した。
水瓶の中には、毒を無効にする植物と、毒を吸着するために、木を燃やし、焦がしたものを仕込んだ。
セイラルが源流付近まで遠出をする時は、王宮騎士団から二人ほど、護衛が付いた。
二人とも第一王子ジーノスの側近であった者だ。
もちろん、セイラルが第二王子に婚約破棄されたことは知っている者たちだったが、そのことに関して触れることはなかった。
遠征には七日間ほど必要で、その間、セイラルたちは野宿となった。
騎士たちは気の毒そうにいたわってくれたが、セイラルはさほど苦労と思わなかった。
足にマメを作って遠出をした記憶がある。
山の中の古刹に何度も赴いたのだ。
あれは
いつのことだろう。
ある晩、騎士の一人がセイラルに質問する。
エイサーという、騎士団に入ってまだ二年目という若い騎士だ。栗色の瞳が切なそうな色をしていた。
「セイラル様、背中の骨が焼けた場合、治す薬草はないのでしょうか」
その質問が、第一王子ジーノスの体に関してであることは、セイラルにも分かった。
「ありますよ。治癒に時間はかかりますが」
騎士の瞳に光が宿る。
「本当ですか!」
「はい」
護衛の騎士二人は、手を叩き合って喜んだ。
「ただ、まだ内緒ですよ」
唇に人差し指をあて、微笑むセイラルを見て、エイサーは顔を朱色に染めた。
寝る時に、エイサーは自分の毛布をそっと、セイラルにかけた。
その夜。
焚火のそばで寝付いたセイラルは、夢を見た。
ユーバニアではない、どこかの国。
その家屋の中にセイラルはいた。
セイラルの前には、紫色の衣をまとい、頭髪を綺麗に剃った男性が、話しかけてくる。
「ひよし様。毒をすこしずつ体に入れると、いずれ毒が効かない体になるのです」
『ひよし』
呼ばれたのは、今のセイラルと同じくらいの年齢の少女。
黒髪が肩よりも長い少女であった。
「なにゆえに、そのような……」
ひよしが男性に訊く。
「毒を使い、倒さねばならぬ魔物がおります。倒すのは、ひよし様のお役目なれば」
はっとしてセイラルは目を覚ます。
目の前に、朝焼けのような色をした、花が揺れていた。