覚醒その4
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翌日、セイラルは日の出と共に泉で身を浄め、寺院の奥の、更に奥まで足を運んだ。
木々の間から、透明な水が流れ出ている。
その清らかな流れに、古の人々は女神の姿を、見出したのだろうか。
セイラルが深呼吸をすると、肺の底までみずみずしさが満ちる。
湧き出す水に手を差し伸べると、きらきらと飛沫を上げた清流は、セイラルの指先から全身にかけて、水の被膜を作った。
セイラルは踵を返し、水の流れを見ながら、寺院の方に戻る。
すると、流れが二手に分かれる場所があった。
一つは泉の方へ流れ、もう一つは寺院の地中へと流れ込んでいる。
水気に恵まれた土壌には、あちこちに草花が生えている。
昨日、寺院へ足を踏み入れた時、そういえば、花の香がしていた。
すいっと伸びた茎の先に、白い小さな花を連ねる、風鈴草も咲いている。
いや……。
水の流れを追うセイラルの足が早くなる。鼓動が高まる。
風鈴草は、香りを持たない花である。
だが、風鈴草によく似た鈴花草は、香るのだ。
セイラルが近づくと、花の香は強くなる。
風鈴草ではなかった。
寺院に続く、水の流れに沿うように咲いているのは、鈴花草であった。
セイラルがまだ幼い頃のこと。
母に連れられて行った、王宮のお茶会で、テーブルに飾られていたのは風鈴草であった。
セイラルが顔を近付けて、風鈴草の匂いを嗅ごうとすると、母からは「はしたない」と注意された。
その時、正妃は優しく笑い、風鈴草を一輪、セイラルに手渡した。
「匂わないのですよ、このお花は。だからお茶会にも飾れますの。もし、同じようなお花で、匂いがあったとしたら、それは危ないお花なのよ」
風鈴草によく似た鈴花草は、甘い香りを持っている。
だが、それは危険な香り。
なぜなら、鈴花草は、毒草なのだから。
司祭さまに、お伝えしなければ!
駆けだそうとしたセイラルの首に、冷たいものが当たる。
「鳥も鳴かなければ、落とされることもないものを」
いつの間にか、セイラルの背後に立つ者がいた。その者は彼女の首に刃を当てていた。
暗殺者、といった類の者であろう。
「あの煙を吸い込んで、生き延びただけでもたいしたものですが。残念ですね、令嬢」
なるほど。
この者が天井から、何かを落としたのだとセイラルは理解する。
あの煙、肺を焼くような毒物だった。
首に刃を当てられていても、セイラルはなぜか冷静だった。
冷静でいる己に、やはり不思議さを感じながら、自身が思ってもいない言葉が口をつく。
「わたくしに、毒は効きませんから」
セイラルの背後の暗殺者は、冷笑を浮かべる。
「では試してみましょうか」
プツッ。
刃先がセイラルの首に、赤い線を描く。
「この刃の毒は、昨日の煙の比ではない濃さです。おやすみなさい、令嬢」
セイラルは振り返り微笑む。
「あら、そんなに強い毒なのですね」
セイラルは自分の首から流れる血を拭い、暗殺者の唇に塗りつけた。
一瞬の沈黙のあと、暗殺者は叫び声をあげる。
「うぎゃああああ!!」
毒を扱う者が、毒の耐性を持ち合わせていないのか。
なんと、脇の甘いこと。
口を押さえて目を見開き、のたうち回る者の姿に、セイラルは強烈な既視感を覚えた。
これも夢なのか。
それとも……
寺院の方から、バタバタと足音が聞こえる。
「セイラル様! 何事ですか!」
寺院を守る兵と一緒に、王宮騎士団の騎士数人が、セイラルのもとに駆けつけた。
騎士たちは、倒れた暗殺者に縄をかける。
騎士団の面々が居合わせるということは。
まさか……
セイラルが寺院に戻ると、女神像の前で、誰かが椅子に座っていた。
司祭はいつもよりも頭を下げ、祈りを捧げている。
かたわらに控える一人の女性に、セイラルは見覚えがある。
いや、この国の民ならば、誰もがしっているはずの女性。
その女性こそ、ユーバニア国王の正妃、リジエンヌである。
ということは、椅子に座っているお方は。
やはり!
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