表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/30

覚醒その4

いつも応援ありがとうございます。

誤字報告、感謝いたします。

 翌日、セイラルは日の出と共に泉で身を浄め、寺院の奥の、更に奥まで足を運んだ。


 木々の間から、透明な水が流れ出ている。

 その清らかな流れに、古の人々は女神の姿を、見出したのだろうか。

 セイラルが深呼吸をすると、肺の底までみずみずしさが満ちる。


 湧き出す水に手を差し伸べると、きらきらと飛沫を上げた清流は、セイラルの指先から全身にかけて、水の被膜を作った。


 セイラルは踵を返し、水の流れを見ながら、寺院の方に戻る。

 すると、流れが二手に分かれる場所があった。

 一つは泉の方へ流れ、もう一つは寺院の地中へと流れ込んでいる。


 水気に恵まれた土壌には、あちこちに草花が生えている。

 昨日、寺院へ足を踏み入れた時、そういえば、花の香がしていた。

 すいっと伸びた茎の先に、白い小さな花を連ねる、風鈴草も咲いている。


 いや……。


 水の流れを追うセイラルの足が早くなる。鼓動が高まる。

 風鈴草は、香りを持たない花である。

 だが、風鈴草によく似た鈴花りんか草は、香るのだ。


 セイラルが近づくと、花の香は強くなる。

 風鈴草ではなかった。

 寺院に続く、水の流れに沿うように咲いているのは、鈴花草であった。


 セイラルがまだ幼い頃のこと。


 母に連れられて行った、王宮のお茶会で、テーブルに飾られていたのは風鈴草であった。

 セイラルが顔を近付けて、風鈴草の匂いを嗅ごうとすると、母からは「はしたない」と注意された。

 その時、正妃は優しく笑い、風鈴草を一輪、セイラルに手渡した。


「匂わないのですよ、このお花は。だからお茶会にも飾れますの。もし、同じようなお花で、匂いがあったとしたら、それは危ないお花なのよ」


 風鈴草によく似た鈴花草は、甘い香りを持っている。

 だが、それは危険な香り。

 なぜなら、鈴花草は、毒草なのだから。


 司祭さまに、お伝えしなければ!


 駆けだそうとしたセイラルの首に、冷たいものが当たる。


「鳥も鳴かなければ、落とされることもないものを」


 いつの間にか、セイラルの背後に立つ者がいた。その者は彼女の首に刃を当てていた。

 暗殺者、といった類の者であろう。


「あの煙を吸い込んで、生き延びただけでもたいしたものですが。残念ですね、令嬢」


 なるほど。

 この者が天井から、何かを落としたのだとセイラルは理解する。

 あの煙、肺を焼くような毒物だった。


 首に刃を当てられていても、セイラルはなぜか冷静だった。

 冷静でいる己に、やはり不思議さを感じながら、自身が思ってもいない言葉が口をつく。


「わたくしに、毒は効きませんから」


 セイラルの背後の暗殺者は、冷笑を浮かべる。


「では試してみましょうか」


 プツッ。


 刃先がセイラルの首に、赤い線を描く。


「この刃の毒は、昨日の煙の比ではない濃さです。おやすみなさい、令嬢」


 セイラルは振り返り微笑む。


「あら、そんなに強い毒なのですね」


 セイラルは自分の首から流れる血を拭い、暗殺者の唇に塗りつけた。 


 一瞬の沈黙のあと、暗殺者は叫び声をあげる。


「うぎゃああああ!!」


 毒を扱う者が、毒の耐性を持ち合わせていないのか。

 なんと、脇の甘いこと。


 口を押さえて目を見開き、のたうち回る者の姿に、セイラルは強烈な既視感を覚えた。


 これも夢なのか。

 それとも……


 寺院の方から、バタバタと足音が聞こえる。


「セイラル様! 何事ですか!」


 寺院を守る兵と一緒に、王宮騎士団の騎士数人が、セイラルのもとに駆けつけた。


 騎士たちは、倒れた暗殺者に縄をかける。

 騎士団の面々が居合わせるということは。

 まさか……

 

 セイラルが寺院に戻ると、女神像の前で、誰かが椅子に座っていた。

 司祭はいつもよりも頭を下げ、祈りを捧げている。

 かたわらに控える一人の女性に、セイラルは見覚えがある。


 いや、この国の民ならば、誰もがしっているはずの女性ひと

 その女性こそ、ユーバニア国王の正妃、リジエンヌである。

 ということは、椅子に座っているお方は。


 やはり!

お読みくださいまして、ありがとうございます!

なるべく毎日更新いたしますので、お付き合いいただければと思います。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 危機一髪です。そして、椅子にかける人は。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ