血煙
戦闘シーンが入っています。苦手な方は、ご注意をお願いいたします。
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ラステック・ヴィステラが国王に向けた反逆の刃を、真っ先に止めたのは第一王子であった。
王と王妃は、近衛兵が退避させる。
「血迷ったか、ヴィステラ侯!」
互いの剣を斬り結びながら、ジーノスが叫ぶ。
「血迷ってなどおらぬよ、王太子殿下。二十年かけ、ようやく得た機会なのだから」
ジーノスがラステックの刃を弾く。
火花が散る中、ラステックは笑う。
「さすが師団長を務めた腕だな、殿下。だが、まだ青い」
いったん下がったラステックは、剣を片手に持ち、左手をジーノスに向ける。
ラステックの掌から、いきなり伸びる何本もの触手。
硬質の、枝のようだ。
見たこともないラステックの技に、ジーノスは戸惑いながらも、片端から枝を切り落とす。
切り落とされた枝は、黒煙を上げ消えていく。
二人の斬り合いの近くにいたフィーマは、割れたグラスの破片をジーノスに投げつけた。
ジーノスの頬に、朱の線が走る。
一瞬の隙をついて、ラステックの太い触手がジーノスの首に向かう。
さすがのジーノスも、反応が遅れた。
これまでか!
ジーノスの額から、汗が一滴落ちた。
その時。
藍色の花びらが、くるくると舞う。
ジーノスの首を貫く直前、ラステックの太い触手は止まった。
触手には、藍色の細長い紐が巻き付いている。
紐の端を握っているのは、ラステックの二女、セイラルだった。
「もう、おやめください、父上!」
同時刻。
会場内ではエイサーたちが、残った招待客を庭園の外へと誘導していた。
エイサーが給仕役として、セイラルとジーノスのテーブルに来た時に、ジーノスは彼に掌を見せた。
掌にはこう書いてあった。
『俺が陛下の元に行ったら、速やかにお客らを退出させよ』
招待客の半数以上は、ジーノスとセイラルの婚約を祝った後、給仕姿の騎士の誘導によって、既に退出していた。
残っていた者は、王家直属の上位貴族と王国の騎士団の者たちである。
ジーノスはこの一ヶ月、東の大国の情報を集めていた。
いつぞやの遠征討伐でケガを負った時のことが、彼の頭には残っていた。
あの時。
意識が混迷していくジーノスの耳に、かすかに聞こえてきたのは、東の国の言葉であった。
彼の国が、今もユーバニアを狙っているのは明白である。
そのために、第二王子を傀儡とし、大国の属国にしようと画策しているのだ。
第二王子の即位を後押ししているのは、ヴィステラ侯と数名の上位貴族である。
それはなにゆえか、ヴィステラ侯。
ヴィステラ侯の長女フィーマは、東の国の血を引く者だからか。
そのため。
どんなにフィーマから粉かけられても、ジーノスは彼女に振り向かなかった。
同じヴィステラ家から娶るのであれば、密かにセイラルをとジーノスは望んでいた。
だが、弟であるアティリスは、国家間の駆け引きや軍事情勢に疎い。
セイラルとのせっかくの婚約を破棄したばかりか、フィーマを堂々と王宮に連れ込む弟の神経が、ジーノスにはどうにも分からなかった。
ともあれ、第二王子の立太子に伴い、東の大国が何か仕掛けてくるだろうとジーノスはふんでいた。
最悪、王宮占拠や上位貴族を人質に取られることをも想定し、人員配置を行ったのである。
そして、ラステック・ヴィステラは、最重要の注意人物であった。
「もう、おやめください、父上!」
キリキリと藍色の紐を引くセイラルは叫んだ。
紐は、彼女が母から貰った、髪に付けていたリボンである。
「引け、セイラル! これは果たさねばならぬ、約定だ!」
「いいえ、引くのは父上、あなたです! この藍色はイオニカで染められ、神殿の加護を受けている。あなたの体内に植えつけられた毒を、無効にするのです!」
藍色のイオニカは、神聖な花である。
その花や、花を使って染めたものを口にすれば、毒を消すことができる。
セイラルの言葉通り、ラステックの手から伸びた触手は木の枝が枯れるように萎びて、軽い音を立て地に落ちた。
その途端、ラステックは口から大量の血を吐く。
彼は呻きながらその場に倒れた。
「父上!」
セイラルが駆け寄るより早く、誰かがラステックを抱きしめた。
「ラステック様! ラステック様! あなた――!」
それは退出を誘導されていた、セイラルの母グレーベンであった。
「いいのだ……グレーベン。我が妻よ。これで……呪いが、解除、された……」
駆け寄ろうとするセイラルの前に、フィーマが立ちふさがる。
「おどきください! 姉上」
「いいえ、どかないわ。だって、あなたの相手は、わたくしよ、セイラル!」
フィーマは髪の毛を逆立てて、唇に指を挟み、息を吐く。
フィーマの口からは、笛の音のような音が続く。
いつしか空は真っ黒になり、雷鳴は、そう遠くない場所で轟く。
何かが。
雲を背負って、何かが飛んで来る。
地上に大きな影を落としながら。
遠目にも、はっきりと分かるその姿。
「りゅ、竜! 竜だ! 竜が来るぞ!」
赤い胴体と翼を見せつけるように、竜はゆっくりと空中を旋回した。
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