宴その2
お読みくださいまして、ありがとうございます。
誤字報告、助かります。
パーティ会場の中央辺りでは、本日の主役の一人アティリスが、父である国王に詰め寄っていた。
「父上! 今日は私の婚約と共に、立太子の発表予定ではなかったでしょうか!」
国王は第二王子に対し、父親としての表情を隠す。
「その件は、しばらく見送りとする」
アティリスは食い下がる。
「何故ですか! わたしに何が不足しているのですか! いつまで待てばいいのです!」
国王はため息をつき、アティリスに諭す。
「そういうところだ、アティリス。お前は迂闊に先を急ぎ過ぎる。
だいたい、王家と侯爵家で結んだ婚約を、一方的に破棄したのは、お前ではないか」
「うっ……。し、しかし、それはセイラルがフィーマに対して……」
「フィーマの言ったことだけを疑うことなく信じ、セイラルへの聞き取りや、周囲からの証言を精査したのか?」
「ち、父上は最初から、フィーマを気に入らなかったのですね! 身分ですか!」
顔を真っ赤にしたアティリスは、セイラルの元に駆け寄る。
そしてセイラルの手を引っ張り、国王の前に跪かせた。
「顔をあげろセイラル! 陛下の前で、お前がフィーマにやった悪事を、全て明らかにしろ!」
ゆっくりとセイラルは顔をあげ、アティリスを見つめた。
切れ長の瞳には強い光が宿り、清浄な風が矢のようにアティリスを射抜く。
透き通るような肌は艶やかで、唇は瑞々しい。
紛れもなく、美少女である。
アティリスの口が乾く。
コイツは、誰だ?
あの、セイラルなのか?
半年ほど前のセイラルは、いつも表情に乏しく、視点の定まらない目をしていた。
姉のフィーマの、咲き誇る大輪の花のような笑顔と対照的な、路傍の名もない、萎れた花のようだった。
だから。
踏みつけても構わないと思った。
今、目の前にいる少女は、もし踏みつけようなどとしたら、その足を薙ぎ払うのではないか。
「おそれながら申し上げます」
セイラルは透き通るような声で、国王とアティリスに告げる。
「第二王子殿下の婚約という、至極おめでたい場には、ふさわしくない話題と考えますが」
国王は大きく頷く。
アティリスは、動揺を誤魔化すかのようにセイラルに怒鳴る。
「お前はやはり、フィーマに嫌がらせをしていたのだろう! だからそんな言い逃れを」
「いえ、殿下。わたくしはそのようなことを、一つも行っておりません。
水の神ユーニアーと、わたくしの首にかけて!
それでも、もしお疑いならば、殿下のお好きなようになさいませ!」
セイラルはアティリスに、己の細い首を伸ばす。
アティリスはギリギリと歯を噛みしめる。
大人しかったセイラルが、こんなに挑発的な態度を取るとは思ってもいなかった。
「言ったなセイラル! では望み通りにしてやすぞ」
アティリスは、腰に差した剣に手をかける。
セイラルが思っていた通りの行動である。
アティリスは、挑発すると勝負に出ようとする癖がある。
あれはいつだったか……
◇◇◇
セイラルとアティリスが五歳の頃だ。
王宮の庭園で、子ども同士で遊ぶことがあった。
第一王子のジーノスは、王太子になるための教育を受け始めていたが、時折一緒に遊んでくれた。
アティリスは、長い木の枝を適当に振り回す騎士ごっこが好きで、なぜかいつもセイラルは敵役だった。
セイラルは身のこなしが軽やかだったので、アティリスに木の枝を振り下ろされても、するりと逃げる。
「逃げてばかりで、卑怯だぞ!」
叫ぶアティリスに、セイラルは言う。
「では、わたくしは逃げないで、ここに真っすぐに立っています。どうぞお好きなように打ってくださいませ」
アティリスは顔を真っ赤にして、上段構えで突っ込んでくる。
枝が振り下ろされそうになった時、さすがにセイラルは目を瞑った。
だが、いつまでも枝は当たらない。
恐る恐る目を開けたセイラルは見た。
ジーノスが、素手で枝を受け止めていたのだ。
「武器を持たない相手に打ち込むとは、それこそ卑怯ではないか、アティリス」
「あ、兄上……」
「セイラル、ケガはなかった? 向こうで温かい物でも飲もう」
◇◇◇
しかし、国王陛下の御前で、アティリスは剣を抜くというのだろうか。
いくら無礼講のようなパーティ会場とはいえ、ゆえなく剣を構えたら、国王への反逆行為と見なされてしまうのだが。
セイラルは、すっと背を伸ばしアティリスを見つめる。
アティリスの利き手が柄を握り、刃が光ったその時である。
風が渡った。
誰かがアティリスの背後からその手を押さえ、刃を納めていた。
「場をわきまえろ、アティリス! 陛下の御前であるぞ」
「あ、ああ……兄上! な、なんで! 足!」
アティリスの背後には、第一王子のジーノスが自分の足で立っていた。
いや、立っていたどころか、彼は会場を瞬時に駆けて来たのだ。
ジーノスはセイラルに手を差し伸べる。
「ケガはないか? セイラル」
セイラルは微笑んで、ジーノスの手を取った。
国王もジーノスの回復に目を丸くしながらも、会場全体に告げる。
「皆、見たであろう。第一王子のケガが完治した!
これより、第一王子ジーノスを王太子とし、本日をもって、セイラル・ヴィステラ嬢と婚約したことをここに宣言する!」
会場からは割れんばかりの拍手が起こる。
元より知力、武術並びに人徳に優れたジーノスは、次期国王としての期待が誰よりも大きかったのである。
「わかったかアティリス。ジーノスが回復した以上、王太子となるのは第一王子である」
アティリスは、力なく座り込んだ。
まさか、兄が歩けるようになるとは思ってもいなかった。
自動的に、第二王子の自分が、次期国王になると信じていた。
だが、アティリスはよくわかっている。
健康を取り戻した兄には、敵わない。
誰よりも、分かっているのだ。
ガシャ――ン!
ガラスの割れる音がした。
わなわなと震えるフィーマが、持っていたグラスを投げつけた。
「茶番は、終わりよ!」
フィーマの叫びと同時に、稲妻が走る。
彼女の瞳には赤黒い炎が走り、こめかみには血管が浮いていた。
会場から連れ出されたはずのヴィステラ侯が、いつのまにか国王の背後に立ち、国王の首に切っ先を突きつけているのが、セイラルには見えた。
いつも応援ありがとうございます!
いよいよ佳境に入ってまいりました。
感想や評価、励みになります!




