宴その1
舞台は冒頭の祝賀会に戻ります。
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セイラルと第一王子のジーノスは、祝宴の隅で静かに座していた。
「今日の君は、特別に美しいな」
伏し目がちにジーノスが呟く。
「リボンの色が、とても良い」
セイラルは、思わずジーノスを見つめる。
およそジーノスは、女性の容姿を誉めることなどしない人間と思っていた。
「母から、いただきました。ユーバニアの、イオニカの色ですね」
会場全体に歓声が上がる。
「陛下!」
歓声に包まれた国王に、第二王子のアティリスが駆け寄る。
その後を、セイラルの姉、フィーマが続く。
杖なく歩く国王の姿に、ジーノスの瞳が大きくなる。
「父上が! 立って、歩いていらっしゃる!」
「はい、ジーノス様。陛下の病は、完治されました」
君が、治したのだね。
ジーノスは心の中だけで言った。
国王は、会場全体に聞こえる音量で宣言する。
「皆、大儀である。本日は、我が第二王子アティリスと、フィーマ・ヴィステラ侯爵令嬢の、婚約祝賀会である。若い二人の未来を、共に祝おうではないか」
国王の宣言を聞いたアティリスは、少々怪訝な表情である。
側に控えるフィーマも、同じだ。
いや、遠目でも、フィーマの目付きの険しさが分かるほどだった。
本日この場で、アティリスとフィーマの婚約発表と同時に、アティリスの立太子を宣言するはずではなかったか。
そして、主役の二人よりも更に不満げな表情を隠さない者が一人いた。
フィーマと、セイラルの父、ヴィステラ侯である。
空に、雲が増えてきた。
会場では客たちに、ワインが配られている。
これから乾杯の儀となる。
セイラルとジーノスのところに、給仕でやって来たのは、騎士のエイサーである。
見渡せば、エイサーやニアト以外に、会場には見覚えのある騎士たちが、白い給仕姿で動き回っている。
「よく似合ってるな、その白い服」
ジーノスはエイサーに掌を見せながら、グラスを二つ受け取った。
一つをセイラルに手渡す。
透明なワインだった。
「リンゴのワインにしておきましたよ、セイラル様」
エイサーはセイラルにウインクした。
「なんだ、お前、セイラル嬢に不敬だぞ」
ジーノスが軽口をたたく。
エイサーは慌ててその場を離れた。
国王がグラスを掲げる。
「乾杯!」
セイラルもジーノスと軽くグラスを合わせ、一口飲んだ。
アティリスとフィーマは、不機嫌な顔をしながらも、来客に挨拶を始めた。
上位貴族たちは、国王と妃に祝辞を伝えている。
そんな中、雲の色は徐々に濃くなり、空気の湿度が増していく。
雲の隙間に、時折稲光が走る。
雨が来るのだろうか。
今の季節に。
セイラルは、さりげなく国王に近づく、父ラステックの姿を見た。
給仕から新しいボトルを受け取り、王に勧めている。
セイラルは、父の上着の袖から、黒く伸びる枝を認めた。
さらに枝の先端から、落ちる滴も。
間違いない。
神殿で国王を狙った時と同じだ。
あの滴が、国王の体内に入ってしまったら!
セイラルは小声でジーノスに告げる。
「陛下の身に危険がっ」
ジーノスは無言で頷き、右手をさっと挙げた。
給仕服の騎士たちが、陛下の周りへと走る。
セイラルは駆け出し、叫んだ。
「父上!!」
さすがのラステックも、娘の声に驚いて振り返る。
枝の先からこぼれ落ちそうだった滴は、国王のグラスに入ることなく、地に消えた。
「な、何用だ、セイラル。だいたい、何故お前がここにいる!」
息を切らせながら、セイラルは父を見据える。
「お姉さまから、招待状をいただきましたので」
「そ、そうだったな。しかし。はしたない。ヴィステラ家の者が」
苦い味を飲み込んだような父の顔。
「父上と、ここしばらくお会いしておりませんでしたので」
舌打ちをして踵を返すラステックを、騎士たちが囲む。
「ヴィステラ侯。少々顔色がお悪いようです。お椅子を用意いたしました」
ラステックが会場から連れだされようとした時である。
「お待ちなさい。わたくしの父をどうするおつもりかしら?」
眉をきりりと上げたフィーマが、騎士たちの足を止めた。
「それにセイラル。あなたは償ったとはいえ、罰せられた人間。本来ならば、この場にいることもできない立場よ。わきまえなさい!」
フィーマがセイラルに向かって、片手を上げた。ああ、打たれるとセイラルは観念した。
その時である。
フォーマの手を誰かが押さえた。
「お母様!」
フィーマの手を止めたのは、セイラルの母グレーベンであった。
「ごめんなさいね、フィーマ。久しぶりに父親にあえたので、セイラルも興奮したのよ」
言葉は柔らかいが、視線は厳しいグレーベンの気迫に、さしものフィーマも手を下げた。
空は益々暗くなる。
このまま、祝賀会が終わって欲しいものだと、セイラルは切に願った。
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