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覚醒その1

 王立学園の卒業式は、大々的に催行される。

 卒業生とその家族は全員招待されるため、セイラルも両親共々出席していた。


 本来式典には、ユーバニア王国の国王と正妃が揃って姿を現し、国家の有能な人材になるであろう若者の巣立ちを寿(ことほ)ぐのである。

 ただし、本年に限って言えば、国王は体調不良で登壇叶わず、名代として第二王子のアティリスが指揮を執っていた。

 そこで起こった、婚約破棄宣言だった。


 アティリスからの『婚約破棄』宣言を受けたセイラルは、多少驚きはしたものの、落胆や悲壮感はなかった。


――ああ、またか。


 セイラルの胸に浮かんだのは、それだけだった。

 そのことには、自分でも驚いた。


 またかって、何で?

 婚約も破棄も初めてなのに。


 アティリスの宣言を聞いたセイラルの母グレーベンは、瞬時に顔色が変わり、セイラルの肩を抱く。

 だが父は、眉がぴくりと動いただけで、何も言わなかった。それどころか、そのまま受諾した様子であった。


 そもそも、フィーマの婚約が整わなかったのも、父のラステックがいろいろと、注文をつけていたからである。

 もともと、身分差を越えて、ラステックが何度も嘆願して成婚に至ったのが、フィーマの実母である。亡き妻の生き写しである長女のフィーマに対しては、躾や教育は一切放棄し、ただただ可愛がっていた侯爵なのだ。


 フィーマが惜しげもなく美貌を振りまくようになって、ラステックは一層溺愛をするようになる。

 実母の出身階層が、ほぼ平民だったこともあり、フィーマを王族へ嫁がせることは憚れたが、先方から請われての縁談となれば、話は別である。


 次女のセイラルに関して、ラステックはほとんど愛情を持つことがなかった。

 ラステックの心情はともかく、セイラルに愛情を注いでいるとは、とても思えなかった。

 彼は跡取りの男子を望んでいたので、セイラルが産まれてから歩けるようになるまで、顔を見ることすらなかったのである。


 壇上では、第二王子のセイラルに対する断罪が続いている。


「ヴィステラ家では、フィーネ嬢を下女のように扱い、ことごとくセイラルと差をつけて育てていた。セイラルはフィーネ嬢に暴言を吐き、果ては暴力をふるい、侯爵の名誉のみならず、王家への不忠の義を働いたのだ! 

よって、セイラルは半年間の謹慎並びに、毎日夜明けから日没までの、寺院での水行を申し渡す。心せよ!」



 セイラルは、アティリスの申し渡しに素直に従った。

 反論も、そのための証拠もあったのだが、家長であるヴィステラ侯爵が、それを許さなかった。そもそも彼には、許す必要がなかった。


 セイラルは侯爵家から、小さな手荷物一つで、寺院のはずれの小屋に移った。

 母のグレーベンは泣いていた。

 姉フィーネは口角を上げ、セイラルを見た。

 フィーネの瞳は熾火のような色であった。


 そして半年が過ぎた。

 セイラルへの罰は終了し、アティリスとフィーネの婚約式典には、ヴィステラ家一同が出席するように通達された。

 季節は秋を迎えていた。




「よく半年も、我慢したね」


 久々に足を踏み入れた王立の庭園で、アティリスとフィーネを囲む祝宴は続いている。

 その中心から離れた処で、第一王子のジーノスとセイラルは、ひっそりとお茶を飲む。


「そう、ですね。でも」


 セイラルは空を見上げて言った。


「悪いことばかりではなかったです。おかげでわたくし、少しだけ、人様のお役にたてそうな修養を、積むことができました」


 この物言い。

 とても十四歳の少女とは思えない。

 ジーノスは改めてセイラルを見つめる。


 寺院はユーバニア王国の国教を司る。

 信仰対象は水の神ユーニアー。

 そこでの修行は過酷である。


 王国の騎士団は肉体の鍛錬のほかに、精神鍛錬も行っている。

 その鍛錬場所こそが寺院である。

 日の出とともに、寺院の泉に身を浸す。

 永久凍土の湧き水である。真夏でも冷たい。


 塩味だけの汁と、雑穀の粥を一杯食し、その後は真昼まで、水を張った水瓶(みずがめ)を見続ける。

 その間、一言も発せず、場を立つことも許されない。

 午後は日没まで、流れる滝に打たれ続ける。


 ジーノスは騎士団に入団した十八の時に、七日間この修行を受けたが、とにかく辛かった思い出しかない。

 それをこの少女は、半年間も続けたというのか。


「殿下、少しお話してよろしいでしょうか」

 セイラルはジーノスに頭を下げる。


「ジーノでいいよ。昔みたいに」


 セイラルは頬を染める。

 幼少の頃、セイラルはよく、ジーノスに遊んでもらった。

 セイラルの母グレーベンは、正妃の親族の一人であるため、時折この庭園でのお茶会に、セイラルと一緒に招かれていた。


「ではジーノス様。寺院にて分かったことがあるのです。医術院での治療や施術には、寺院の水を使っているとお聞きしましたが、そうなのですか?」


 ジーノスは右手で己の肩を触る。

 焼かれた皮膚はいくばくか再生したものの、神経の麻痺は治っていない。


「そうだ。井戸の水よりは治癒効果が高いと聞く。医術院では寺院から直接水を引いていたが、それが何か?」


「わたくしが初めて寺院に足を踏み入れた日ですが、水瓶の水は紫と黒が混ざったような色で、とても神おわします領域の水とは、思えなかったのです」


「何っ!」


 確かに、ジーノスが治療を受けていた時、年老いた医官の呟きが聞こえた。


「おかしい……。 寺院の水がこの程度とは! ユーニアー様のご加護は、何処いずこ……」


「もう一点だけおゆるし下さい。寺院の水は、いかなる毒物も無効にする、そうお聞きしております」

 

 ジーノスは頷く。


「ならば、ならばなぜ、国王陛下はお倒れになられたのでしょう。寺院にて何度かご尊顔を拝見させていただきました。あのお顔のお色、お爪のお色、あれは……」


 ジーノスの表情に緊張感が走る。

 たまらず人差し指を口にあて、「しっ!」と言う。


 国家機密なのである。

 それゆえ、事実を把握している者は、片手の指で足りる。

 それをこの少女は、見ただけで到達したというのか。


「差し出がましいお話、申し訳ございません。されど、陛下は間もなく快癒されますゆえ」


 セイラルのその一言は、更にジーノスを驚愕させた。

 会場に、国王と正妃が来場されたという伝令が流れた。

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― 新着の感想 ―
[一言] これは心惹かれる展開です。 先が楽しみです。
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