王都その8
お読みくださいまして、ありがとうございます。
誤字報告、感謝したおります。
「加護の眷属は、もう一体おるぞ」
天女はそう言って、薄衣の袖を旋回させる。
桃色の衣を矢のような光が貫く。
それは碧石色の閃光だった。
水気の青い竜の隣に、翡翠色の竜が降り立つ。
「これ木気の竜なり。雷の化身じゃ」
天女がふわりと舞うと、二体は光の球になり、ひよしの腹に吸い込まれた。
ひよしは全身の血が、迸るような感覚を覚える。
ひよしは、水を操る青い竜と、雷をあやつる緑の竜を、その身に宿したのである。
「そもそも、藤原薬子を操るモノは、現世の刃では切れぬ。そなたに宿った竜の持つ、人外の力が必要じゃ」
天女の瞳に憂いが過ぎる。
「お伺いいたします。母、薬子を操るモノとは、一体……」
「かつて、彼の大陸に、災いと混沌をもたらしたモノ。人間は『化生』などと呼んでいるが、元々は仙界にて修行した仙人の魂魄じゃ」
◇◇◇◇◇
イシュチアを支えながら、セイラルは司祭の寝所へと誘う。
そこでイシュチアが語ったのは、東の大国の謀である。
さすがに、この地上の半分を占める東の大国、シャン帝国は、人も金も時間すらも糸目をつけずに事に当たっているようだ。
話はセイラルの父ラステック・ヴィステラが、師団長を務めていた頃に遡る。
シャン帝国との停戦が締結し、国境にて和睦の宴が開かれた。
慰安に訪れた踊り子たちを、シャン帝国はラステックたち騎士団にあてがった。
その夜のラステックの閨の相手こそ、のちに彼の最初の配偶者となった女性である。
「このようなお話を、ヴィステラ令嬢のあなた様に、お伝えして良いものかと思いますが……」
司祭は気まずそうにしているが、セイラルは伏し目がちのまま頭を振った。
「されど、踊り子とは仮の姿。その者たちは帝国の皇帝の間諜でした。そして、閨の営みにおいて、お相手となった騎士たちに、術を施したのでございます」
「術、とは? どのようなものなのでしょう」
「いずれ、ユーバニア王国を裏切り、シャン帝国へと寝返る種を、植え付けたのでございます」
種?
植物の種のことだろうか。
セイラルが問うと、イシュチアは頷く。
「帝国の秘術でございます。代々の皇帝とその側近だけに伝えられているという。種はゆっくりと人間の体内で芽吹き、その者の頭を支配するとだけ、聞いております」
植え付けられた人は、瞳の色が菫色になる。
そして、その子どもにも、種の支配は染るのだという。
司祭がハッとする。
「ヴィステラ侯爵殿は、以前はもっと茶色の目だったはず」
確かに、ラステックの現在の目の色は菫色。そして、セイラルの姉、フィーマもまた、同じ目の色を受け継いでいる。
「だから、わたくしはセイラル様、あなた様を見てほっとしたのですよ。あなた様の目の色は、木の実のような美しい色で」
イシュチアは、薄っすらと涙を浮かべて、セイラルの頬に手を当てた。
「もしかしたら、あなた様はわたくしの娘として、生を受けたかもしれないですね。ああ、でも、それはあなたの母上様、ヴィステラ夫人に失礼ですね」
イシュチアは、ほっそりとした白い指をしていた。
それは貴族として生まれ育った証だった。
「司祭様を暗殺し、その罪をあなた様に被せる。さすればユーバニア王は、あなた様の父上に何らかの処罰を行うでしょう。そこでヴィステラ侯は王に反旗を翻す。第二王子を核にして……それがわたくしに与えられた『最期』のお役でした」
ここまで一気に喋ったイシュチアは咳き込んだ。
「どうやら、限界のようです」
鉄錆の匂いが漂う。
イシュチアの衣服に散る、赤い飛沫。
「イシュチア様!」
イシュチアは床に崩れるように倒れた。
「これもまた、帝国の術。秘儀を誰かに喋ったら、発動する呪い……です」
イシュチアの胸から、重く湿った音が放出される。
彼女の左胸には、何本かの細い枝が生えていた。
瞳を閉じたイシュチアは、口元に僅かに笑みを浮かべていた。
セイラルはイシュチアの名を叫んだ。
叫びながら泣いていた。
感情表現が薄く、どんなに父や姉に虐げられても、涙一つ零すことがなかった少女だったのに。
翌日の早朝、寺院からは乾いた鐘の音が響いた。
寺院に身をおいた者を、弔う鐘である。
次回から、新展開となります。




