王都その5
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炎の中から現れた老人は、痩身の体躯でありながら、大木のようなおおらかさと、高い山から降りてくる、澄み切った風のような気を湛えていた。
「ふむ。わしを呼んだのは、そこなる公女のためだな」
老人は笑う。
「おそれいります、わが師たる、役君様」
役君は、ひよしの前で胡坐をかく。
よく見れば、老人の体は、床から拳一つ分浮いている。
「良い瞳じゃな。そなた、名はなんと?」
ひよしは低頭し、答える。
「藤原縄主が息女、ひよしにございます」
「そうか、ひよし。わしは倭国のためにのみ、力を貸す者である。そなたは国のために、何を為すことが出来るのだ」
ひよしは顔を上げ、役君の目を見つめる。
「我が母、薬子の謀を、止めとうございます」
役君と空海は、互いに頷く。
役君の持つ錫杖の音が、空気を割く。
「そなたの発願、聞き届けたり!」
◇◇◇◇◇
玉座の間にいるのは、国王と正妃、司祭とセイラル、王を守護する騎士二人である。
「おそれながら陛下。もしや、第二王子の王太子を望む者たちの中に、我が父、ヴィステラがいるのでしょうか」
国王は俯き無言である。
それが答えとも言える。
代わりに正妃が口を開いた。
「ジーノスが、第一王子が騎士団の一員として、魔物の討伐に赴いた時です。その場所、東の国との境目は、さほど強くはない魔物が、時折現れるところなのです。あの時、東の国から討伐隊派遣の依頼がありました……」
討伐部隊の騎士団がそこで見たのは、口から高熱の火球を次々に吐き出す、翼のない竜の群れであった。
火球が直撃すると、鉄製の鎧が一部融解したそうだ。
ジーノスは果敢に闘い、一人で十数体の竜を倒した。
だが、逃げ遅れた若い騎士をかばって、火球に包まれたのである。
歩兵百人のうち、死者は四十名以上。
ユーバニア王国騎士団の歩兵隊は大きな痛手を負った。
ジーノスも重傷を負い、下半身麻痺の後遺症が残った。
「東の国には、妖術師や竜使いがいるという。まさかとは思うが……」
国王が言いたいことは、セイラルにも分かる。
討伐依頼というのは、東の国がユーバニア王国に仕掛けた、罠だったのではないか。そして、第一王子を廃嫡し、第二王子が立太子となることを、影ながら謀っていたのではないのか。
「いずれにせよ、王位継承に伴う国内の小競り合いは、国益を損する。その隙を大国に攻められたら、ひとたまりもない」
寺院でセイラルに刃を突きつけたあの間諜も、あるいは東の国からの……
さらに言えば、第一王子の廃嫡が彼の国の意向だとしたら、第一王子の王位継承こそが、ユーバニア王国にとっては必要なことではないのか。
そこまで思考を巡らして後、セイラルは国王に許しを請う。
「僭越ながら、ジーノス殿下の後遺症、治すことは可能です。何卒、ジーノス殿下への施術のご許可をお願い申し上げます」
国王と正妃の目が輝く。
医療院でも改善できなかった体調が、今では完全に復調している。
この少女ならば、医療院が匙を投げたジーノスの体を、元に戻せるかもしれない。
国王を守るために、同室している騎士たちの顔も、一気に明るくなった。
この日より、国王と正妃への緩やかな施術だけでなく、セイラル主導による第一王子への治療が、本格的に始まった。
セイラルと司祭は、騎士に誘導され、第一王子が座す西宮に歩いている。
途中ふと、セイラルの頭に浮かんだことがある。
父ラステックの元々の婚約者であったという東の国の公女は、無情にも婚約破棄をされた後、どうされたのだろうか。
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