王都その3
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ある時、上人は言った。
「ひよし様、此処へはもう、お見えにならぬ方が良いでしょう」
ひよしは訊く。
「なにゆえに」
「私自身が、都に参ります。加持祈祷を仰せつかりました」
「帝様の勅命ですね」
上人は、黙して語らず。
しばらくしてのち、口を開く。
「ひよし様はご聡明でございます。私は上皇様、すなわち、ひよし様の夫君たる方とは、相対することになります」
「左様でございますか。わたくしも、上皇様は隠棲されますることを望みます」
上人は、軽く息を吐く。
少女は成長している。
もう少し、話をしても良いであろう。
「上皇様のふるまいは、世の乱れを呼びます」
それは勿論、ひよしの夫となるはずの安殿親王、すなわち現上皇が、宮中で同衾しているのは、ひよしの母であることを指す。
「私が唐に渡っていた時にも、似たような話を耳にしました。息子の妃であった女性を、父帝が召し抱えました。あるいはこの国においても、弟の妃であった女性を、兄が強引に奪ったということもありました。而してその後、何が起こったか。帝は国体の象徴。帝のふるまいの乱れは国を乱しまする。このままでは、上皇様と神野様とで、争いが起こるは必定でございます。私は、それを止めなければなりません」
「母は、尚侍の行く末は……」
上人は唇を真っすぐに引いてひよしに答えた。
「尚侍、薬子様は、既に女性に非ず」
ひよしの目が開く。
「では、やはり!」
「物の怪、化生の類となられております」
卯月の空、早咲きの桜が散っていた。
◇◇◇◇◇
セイラルは、エイサーが運んでくれた袋から、先ず十二個の石を取り出す。
馬の目に似ていると言われる、緑色の石である。
寺院の水で三日三晩清めたのち、宮殿を囲むように並べることを、エイサーとニアトに依頼した。
さらに、平たく黒い石を八個選び、セイラルは丁寧に磨き上げた。
磨かれた石の表面は、覗き込んだ顔が映るようになる。
「本当は鏡が良いのですが」
ユーバニア王国で、多くの鏡を手に入れるには、かなりの資金が必要である。
セイラルは石で代用することにした。
八個の黒い石は、玉座の間と西宮、すなわち国王と王妃、第一王子の住まう場所の四隅に、それぞれ置いてもらった。
「これで、宮殿は少し、浄化されるはずです」
寺院の午後、いつものようにセイラルは司祭と会話する。
司祭は、セイラルに尋ねた。
「あなた様はこのような法を、どこで学ばれたのですか?」
セイラルはふと口元を緩め、司祭に向かう。
「なんとなく、頭に浮かぶのです。『こうした方がいい。このやり方だ』と、声が聞こえてまいります」
司祭は考え込む。
水の女神のご加護なのか。
あるいは。
別の……
「司祭様」
セイラルが口を開く。
「わたくしは、今のこの時代の前、生まれる前の世において、様々な薬草の知識と、いくつかの浄化の法を、習得していたのだと思うのです」
司祭は声を出さずに驚いた。
ユーバニア王国の国教は、輪廻転生を明確に定めてはいない。
ただ、水は形を変え、湯となり蒸気を生み、蒸気から垂れた雫がまた、水の流れを作るという教義はある。
よって、死はまた次の生へと繋がっていると、漠然と信じられている。
しかし、国教の教義も死生観も、習うのは成人に達した王族と、一部の貴族のみ。
それを、まだあどけなさが残る、目の前の十代の少女は、体得しているというのか。
この少女はひょっとしたら……
同日、寺院に、セイラルの生家であるヴィステラ家からの手紙が届いた。
今より三ヶ月後に行われる、第二王子とセイラルの姉フィーマの婚約の儀に、セイラルを呼び出す通知であった。
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