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第29話 ユーラヴェン侯爵の一手

◆宰相◆


「まさかこのような事になるとはな」


 ユーラヴェンの町に配した密偵からの報告を受け取った儂は、その内容の厄介さに頭を抱えていた。


「まさかあのユーラヴェン侯爵がカイロー子爵とマギソン伯爵が独占していた魔道具の利権に切り込んでくるとは驚きですな」


 情報を共有していた古参の部下が苦笑している。


「はぁ……驚きではすまぬだろう」


「貴族が独占している魔道具の利権に手を出さない事は暗黙の了解。それを破ると言う事は、やはり……」


「うむ、彼等が元ギラン侯の派閥であった事が原因だろう」


 ギラン侯爵は元々派閥を持つほどの大貴族だった。

 だが新型結界魔道具の登場で彼は没落し、彼の派閥だった貴族達は他の貴族派閥に吸収されていった。

 いや、早々に主を見捨てて逃げ出したと言った方が正しいか。


「表向きは娘に手を出そうとしたギラン侯爵への報復と見られているが、実際は敵対している西部派閥の弱体化が目的なのだろう」


 ギラン侯爵は王国西部の派閥を取りまとめていたが、この派閥はユーラヴェン侯爵の派閥と仲が悪かったからな。

 下に居た彼等が逃げ込んだ派閥で反ユーラヴェン侯爵勢力を増やさないとも限らないだろう。

 だからこそ、この機会に纏めて叩くつもりか。

 子煩悩に見せてもはやり氷の二つ名で呼ばれるだけの事はある。


 そう言えば近頃ユーラヴェン侯爵領では何人もの有能な魔法使いが名を上げていると聞く。

 恐らくはそれらもユーラヴェン侯爵が隠していた秘蔵っ子達なのだろう。


「魔道具の利権に手を出すほどですから、ユーラヴェン侯爵も本気なのでしょう。しかしこれでは彼等が逃げ込んだ派閥の長が黙ってはいないのでは?」


「その通りだ。一派閥だけならともかく、両家が逃げ出した派閥はそれぞれ別の派閥。危うい一手と言わざるを得ない。それとも何か他の手段も隠し持っているのか?」


 うむ、儂もそれだけは懸念せずにはいられなかった。

 厄介者とはいえ、派閥の一員となったのなら守るのが長の務め。

 この案件、下手をすれば内戦になりかねんぞ。



「ユーラヴェン侯爵が王家に結界魔道具販売の仲介を提案してきただと!?」


 慌てて職務室に入って来た部下からの報告に私は心底驚かされた。

 正直な所、部下が何か勘違いをしているのではないかと思ったくらいだ。

 しかし部下の持ってきた報告書とユーラヴェン侯爵の印の入った書類を見ては事実だと認めざるを得ない。


「バカな、何故その様な真似をするのだ!?」


「ユーラヴェン侯爵曰く、結界魔道具を独占する事は国防を考えると大変よろしくないとの事。一部の貴族の気分次第で民の命と貴族達が長年をかけて育ててきた領地が失われる事は、国力を大きく下げる事である。この歪な独占構造こそが我が国の発展を大きく妨げているのは明白であり、結界魔道具の売買に関しては貴族間の利権を越えた取り決めが必要との事です」


 部下が報告書の内容を再度読み上げ、これが事実だと突きつけてくる。


「それで肩書の上では我等貴族の上に立つ王家に結界魔道具の販売仲介を依頼した……か。だが読めん。それで得をするのは王家だけではないか」


 これが受け入れられれば、全ての貴族は王家の仲介なくして結界魔道具を買う事が出来なくなる。

 一応王家が仲介する魔道具はユーラヴェン侯爵がギラン侯爵より権利と技術を購入した従来型の結界魔道具に限り、新型結界魔道具に関しては制作した錬金魔法使いに権利があり、また販売もユーラヴェン侯爵家とユーラヴェンの町の神殿にあるものとしてある。

 まぁこれについては儂も理解できる。結界魔道具全てを独占してしまえば、ギラン侯爵の件の二の舞になりかねない。

 それではユーラヴェン侯爵の懸念の先が王家に行くだけだろう。


「従来型の結界魔道具と新型結界魔道具は値段にも差をつける事で、古い結界魔道具を買う利点を残す訳か」


 金持ちは新型を、貧乏貴族は旧型をという訳だな。

 しかし軍事的な観点から言えば、新型結界魔道具は非常に有用だ。

 無理をしてでも欲しいと思う貴族は多いだろう。

 どちらかと言えば貧乏貴族に対する恩情か。


「ああ成る程、確かにこれなら下級貴族達はユーラヴェン侯爵に対して好印象を持つだろう」


 何しろギラン侯爵が独占していた頃は酷かったからな。

 大金をせしめ、気分によって権利や物、時には家族すら奪っていたのだから。

 だが王家が仲介すればそういった心配も減るだろうし、王家側がそんな事をすれば家臣の信頼を裏切る事になるから王家側も馬鹿な真似は出来ん。

 売り上げ自体は販売元であるユーラヴェン侯爵に入る為、王家が受け取ることが出来る利益は貴族からの付け届けくらいであろう。

 そして王家が扱えるのは従来型の古い結界魔道具であるため、そこまで大きな権力を手に入れるわけでもないか。

 上手く考えたものだ。


「だがそれでも解せぬ」


 魔道具の独占への斬り込みに、自分の利益を減らしてまでも王家を仲介者とするこの行動。

 儲けを求めているのか国益を求めているのか全く分からん。

 そして当然王家はこの願ってもない申し出を受け入れたのだった。


 ◆


 一連のユーラヴェン侯爵の奇妙な行動に頭を抱える儂だったが、部下から寄せられた新たな報告によってようやくその全体像がつかめる事となる。


「そうか! そういう事か!」


 部下から送られてきた情報は、ユーラヴェン侯爵が魔道具開発で使用する素材の仕入れに関するものだった。

 これらの品はユーラヴェン領だけでなく、いくつもの貴族領が受注を受けていたのだ。


「魔道具を制作する為の素材をカイロー子爵とマギソン伯爵が所属する派閥の貴族から仕入れる事で彼等を利権に巻き込んだか」


 カイロー子爵とマギソン伯爵が独占していた魔道具は彼等の領地で得られる素材で作れる品であったため、彼等が逃げ込んだ派閥にはなんの利益にもならない。


「逃げ込んできた彼等は敵対していなかった派閥を敵に回す危険がある厄介者だ。製法を独占している魔道具を有していたからこそ受け入れたのだろうな」


 対してユーラヴェン侯爵は彼等の独占権益に手を出したものの、派閥の貴族達には魔道具の素材売買という利益を提供した。

 何の得にもならない新参者と、独占を無効化し長期的に利益与えてくれる相手となれば、彼等がどちらを優先するかなど考えるまでもない。


「王家を味方につけたのも、このための布石だな」


 王家への提案も見方を変えればギラン侯爵を名指しで責めるものだ。

 その上で王家に利益を提供している。

 これは自分に味方をすればお前達も利権に加わる事が出来るぞと言っているのに等しい。


 結果、元ギラン侯爵派閥の貴族達は完全に牙を抜かれ、元ギラン侯爵派閥の復活の目は完全に消滅してしまったのだった。

パパ「これで娘に手を出す馬鹿は居なくなるだろう(ムフー!)」

宰相「あれ? 派閥争いとかそういうのじゃなかったの!?」


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[良い点]  パパさん有能っス! [一言]  近いうちに陞爵があるかもしれない。
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