第15話 友達が出来ました
「本当ですかリコアリア様!?」
メルクール伯爵領救援作戦が終わった翌日、お茶会でリザティア様に作戦の成功を伝えると彼女は飛び上がらんばかりに喜んだ。
「ええ、群れのボスを見事討伐した事で、魔物の群れは崩壊したそうです」
「ああっ、ユーラヴェン侯爵様、ありがとうございます!」
感極まったリザティア様がこの場に居ないお父様に感謝の言葉を告げる。
「これも偶然お父様のお知り合いに転移魔法の使い手が居たおかげですね」
「ええ、そのお方には本当に感謝しておりますわ。まさか我がメルクール領に転移が出来る方がいらっしゃったなんて、素晴らしい偶然ですわ! リコアリア様、是非ともそのお方にお礼をしたいのですが!」
うぉやべっ、ここでアリスとして会うのは不味い。
変身しているとはいえ、何が原因で正体がバレるとも限らないからね。
「それなのですが、転移魔法使い様は自分の仕事が終わったらすぐに姿を消してしまったそうです。奥ゆかしい方なのでしょう」
「……そうなのですか。とても残念です」
「運が良ければ会えますよ」
会う気はないけどね。
「お父様の話では、メルクール伯爵領が落ち着いたら迎えが来るだろうとの事です。それまでは当家でお過ごしください」
「ありがとうございますリコアリア様」
故郷の危機が去った事で憂いが無くなったリザティア様は、心底嬉しそうに微笑んでいる。
私もお父様に叱られる羽目になっても転移魔法を覚えた甲斐があったよ。
その後はお互いの好きなものや興味のあるものなどの話をして楽しくお茶会を過ごしたのだった。
◆
それから二週間後、メルクール伯爵家からの使者がやって来た。
「リザティア!!」
リザティア様と庭園でお茶会をしていると、突然聞き覚えのない男性の声が庭園に響き渡る。
顔を上げればそこには見知らぬ男性の姿が。
「お兄様!?」
リザティア様が驚いた顔で立ちあがる。
「久しいなリザティア!」
そして私達の下へやってくると、リザティア様を勢いよく抱きしめる。
「元気だったか? 少し痩せたか?」
「むぐっむぐぐ!?」
「あの、リザティア様が苦しそうですよ」
「むっ? すまんすまん。つい愛しの妹に再会して感極まってしまった」
「ぷはぁっ! もう、お兄様ったら!」
解放されたリザティア様が大きく息を吸いながら兄と呼んだ男性を叱る。
「すまない、お前と生きて再会できたことが嬉しかったのだ」
「お兄様……」
再会を喜ぶ兄の言葉にリザティア様の目が潤む。
「私も、お兄様と再会できて嬉しいです」
そうだね。本来リザティア様とこの人は二度と会えない筈だった。
彼女のお父様であるメルクール伯爵は、せめて娘だけでもとお父様の下に逃したのだから。
だから生きて再会できた二人の胸の内は余人には計り知れないだろう。
しばらく兄弟水入らずの時間を過ごしていた二人だったけど、リザティア様に現在のメルクール領の状況を説明する為、お茶会に参加してくれる事となった。
「挨拶が遅れて申し訳ない。私はリザティアの兄、ナディル=ソール=メルクールです。妹がお世話になっております」
「これはご丁寧にナディル様。私はジュラル・テル・ユーラヴェンの娘、リコアリア・テル・ユーラヴェンです」
挨拶を終えると本格的な説明に入る。
「ユーラヴェン侯爵に危ない所を助けて頂いたおかげで我々は何とか態勢を立て直す事が出来た。現状は各地に散った魔物を討伐し、新たな群れが生まれない様にしている状況だ」
この辺りの流れはこの町を襲った魔物の群れのボスを討伐した時と同じだね。
「騎士団の消耗は激しいが、冒険者を雇う事で戦力の不足を補っているから心配はない」
おお、冒険者! ゲームとかだと主人公達がなるアレだよね!
「負傷者の治療が完了すれば本格的な魔物の討伐に乗り出す予定だ」
ふむふむ、伯爵の騎士団は再建できるレベルの損害で収まっているんだね。
それは何より。助けたは良いけど、再建に長い時間がかかるとなると大変だからね。
「今回はユーラヴェン侯爵に感謝を伝えるとともに、今後の援助について話し合う為に来たのだ」
「援助ですか?」
聞きなれぬ発言に私は首をかしげる。
「ああ、今回の魔物襲撃で我が伯爵領は少なくない被害を受けた。とりわけ食料の被害が多くてね。村の畑も多くが魔物に荒されてしまった為、今年の収穫量が激減しそうなのだ」
うわぁ、そりゃあ大変だ。
「そんな訳で食料の援助を要請しにきたわけだ」
さすがに食料不足はなんとかしないといけない問題だ。
メルクール伯爵も頭が痛い事だろう。
「大丈夫なのですかお兄様?」
リザティア様もこの件が大変である事は理解したらしく、不安げな顔でナディル様に問いかける。
「安心しなさい。ユーラヴェン侯爵が援助の約束をしてくださった。民を餓えさせることはないさ」
おおっ! さすがお父様!
友人のピンチとあっては放っておけなかったみたいだね!
「良かった!」
リザティア様も食糧問題が解決すると聞いて、喜んでいる。
私もホッとしたよ。
◆
翌日の朝、食堂は家族全員だけでなく、リザティア様とナディル様も参加して朝食を頂いていた。
リザティア様はナディル様と一緒に食事が出来て嬉しそうだ。
そして食事を終えると、ナディル様はメルクール領に帰ると告げた。
「ユーラヴェン侯爵との交渉も無事終わりましたので、私達はそろそろ帰る事とします」
「もう帰るのですか!?」
昨日来たばかりなのに!?
「まだ魔物は多く残っていますからね。民の安心の為、急ぎ戻って討伐に参加せねば」
おお、お仕事熱心な人だ。
「……では私もお別れですねリコアリア様」
そう言ったのはリザティア様だ。
ああそうか、お兄さんがお迎えに来たのだから、彼女も一緒に帰るのは当然の事だよね。
家族以外の人と長く過ごすのは初めての経験だったから楽しかったんだけどなぁ。
「寂しくなりますね」
これは私の本心だ。
上の兄弟しか居ない私にとって、リザティア様との時間はまるで妹が出来た気分だった。
まぁこの世界に転生してからの年齢は同い年なんで、口には出さないけれど。
「私、リコアリア様とまたお会いする為に転移魔法を頑張ります! 魔力を沢山増やしてユーラヴェン領まで自力で転移できるようになってみせます!」
「なら私もリザティア様の転移魔法でメルクール領に遊びに行けますね」
「はい! その時はぜひ! 私が町を案内して差し上げますね!」
「ええ、期待しております」
私達はささやかな約束を結ぶ。
彼女と再会できるのはいつになるか分からないけれど、この程度の約束なら許されるだろう。
「あー、それなんだが……」
と、そこでナディル様が申し訳なさそうに会話に入ってくる。
「リザティア、お前はもう少しユーラヴェン侯爵の所でお世話になって欲しいんだ」
「……え?」
それどころか、リザティア様にここに残れとまで言い出した。一体どういう事!?
「まだまだメルクール領は魔物が多くて危険だからな。帰りもお前を連れて帰るのは危ないんだ。だから領内の魔物を減らして安全になってからお前を改めて迎えに来ようと思っているんだ」
「そ、そうなん……ですか?」
予想外の申し出にリザティア様が困惑しているので、私はお父様にどうするんだと視線を送る。
「その件はナディル殿から聞いている。私としても友人の娘を危険な目に遭わせる事は賛同できないからな。メルクール領の状況が安定するまでは当家に滞在すると良い」
成程、既にお父様への根回しは済ませていたのか。
まぁ普通に考えれば当然か。
「そういう訳だからリザティア、もうしばらくここで待っていてくれ」
そうナディル様に言われたリザティア様が、困惑した目で私を見る。
「あ、あの、そういう事になってしまいましたので、もうしばらくご厄介になりますが……よろしいでしょうか?」
うんまぁ盛大にお別れムード出してた直後だから、居た堪れないよね。
まぁこの辺は精神年齢が年上の私がフォローするとしよう。
「厄介だなんて言わないでください。リザティア様が残ってくれて私は嬉しいですよ」
うん、同年代の友達なんてリザティア様が初めてだから……友達?
「どうされたのですかリコアリア様?」
急に黙ってしまった私にリザティア様がやっぱり嫌だったのかと不安げな顔になる。
「いえ、良く考えたらリザティア様が初めてのお友達なんだなって思いまして」
「と、友達!? 私がですか!?」
友達と言われたリザティア様が目を丸くする。
「ええと、そのご迷惑でしたか?」
これはあれか? 私の知らない貴族特有の友達ルールとかあるのだろうか?
友達になる為には何かしらの手順が必要とか?
「い、いえ! ユーラヴェン侯爵様に沢山ご迷惑をおかけした私がリコアリア様の初めてのお友達になってしまって良いのかと思いまして!」
ああ成程。リザティア様は自分がウチに助けを求めに来た事を負い目に感じているのか。
なんか複雑なルールとかなくて安心したよ。
「気にしないでください。困ったら助け合うのは当然の事。私達は同じバリディエ王国の貴族ではありませんか」
まぁ私には貴族の自覚なんて欠片もないけど。
「リコアリア様……」
リザティア様が感極まった表情で私を見つめてくる。
うんうん、子供同士で負い目を感じる必要なんてないからね。
「これからも私と仲良くしてくださいねリザティア様」
「はい! リコアリア様! 私、リコアリア様の初めての友達として恥じぬ令嬢になって見せます!! 私の事はリズとお呼びください! 親しい人は皆そう呼んでくれます!」
うん? 何故そこで初めての友達を強調?
「分かりましたリズ様。私の事はリコとお呼びください」
「そ、そんなリコアリア様を愛称で呼ぶなんて恐れ多い! それに私に様は不要です! 初めての友達なのですから、呼び捨てで結構です!」
リザティア様、いえリズが猛烈な勢いで呼び捨てにしてくれと押してくる。
「わ、分かりましたリズ。でも私の事もリコと呼んでくださいね」
「は! はひ! よろしくお願いしますリコしゃま!」
なんか良く分かんないけど、リズは大興奮しながら私を愛称で呼ぶことを受け入れてくれた。
何はともあれ、こうして私に初めての友達が出来たのだった。
しかし、なんでこの子こんなに興奮してるんだろ?
ただ友達になっただけだよね……?
リズ「リコ様ぁ~!」
リコ「何か危険な気配を感じる……」
ナディル「次回はウチの可愛い妹視点で語られるよ!(兄馬鹿)」
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凄く喜んでやる気が漲ります。




