第13話 転移の可能性と新たな姿
「転移魔法を覚えただと!?」
転移魔法を使えるようになった私は、お父様に報告していた。
そして私の考案した高々度転移法ならわざわざ時間をかけて伯爵領まで行かずとも、上空から目視する事で即転移ができる事も説明する。
「……はい」
ただ、いざお父様に話すとなるとやたらと緊張する。
今回の件でお父様は自領の防衛と救援が間に合わないことから救援を行わないと決めた。
にもかかわらず私は勝手に転移魔法の練習をした、してしまった。
前世の親なら私のこの行いを必ず無駄な事だと切り捨てただろう。
無駄な事に時間を費やすな、お前は私達の考えた事だけをやっていればいいんだってあの人達は言う。
あの人たちは私が自主的に行動する事をひどく嫌っていたから。
だから、お父様に何と言われるかが、ひどく怖かった。
でも言わない訳にはいかない。
この計画はお父様の騎士団が力を貸してくれなければ意味がないのだから。
「しかも新たな転移法だと!? リコアリアの言う通りなら、転移魔法の常識が変わるぞ! 画期的という言葉では足りないくらいだ!」
「え!? あの、さすがにそれは言い過ぎではないですか?」
けれど、お父様の反応は私の予想の正反対だった。
怒るどころか滅茶苦茶褒められた。
余りにも凄い凄いとベタ褒めしてくるので、私の方が恥ずかしくなってきたくらいだ。
「いや、町から町への移動はかなりの危険を伴う。遠方に行けば行くほど危険に遭遇する回数が増す。それゆえ安全に遠方に行ける方法はあらゆる転移魔法使い、そして彼等を有する貴族達にとっては喉から手が出る程知りたい知識だろう」
ちょ、ちょっと思いついたからやってみただけなんだけど、そんなに画期的なやり方だったの!?
はわわっ、これは本当に想定外すぎるよ!
だって前世の私は何をしても親から褒められた事は無かった。
出来て当たりまえ、自分達がやらせているんだから出来ない筈が無い。寧ろもっと上手くやれが前世の親の口癖だった。
だから、私が自主的に行った事をここまで褒められた事が、本当に嬉しかった。
「しかしだ。リコアリア、お前の考案した転移法は誰にも教えてはならん。これは我がユーラヴェン家が秘匿するべき知識だ」
けれど、ここでお父様は真剣な顔になってこの事を誰にも教えるなと言ってきた。
「でもお父様、この方法なら安全に遠くの人と会えますよ?」
そう、この方法なら流通が一気に加速する。
なにせ数百キロ離れた土地まで一瞬でいけるんだから。
荷物を運ぶだけじゃなく、魔物の群れの襲撃があったら沢山の町に救援要請を送ることができるから、今回のリザティア様のように死ぬ思いで辿り着いた町で救援に向かってもらえないなんて事になる可能性も減る。
それに歴史の授業で先生が言っていた。
交通の便を良くする事は国という生き物の血の流れを良くする事、ひいては国力の増大に必須なんだと。
けれどお父様はそれが問題だと首を横に振った。
「リコアリア、確かにお前の言う事は正しい。だがどこにでも転移できるという事は、よからぬ考えを持った人間がどこにでも入る事が出来るという事でもある。その意味は分かるな?」
「あっ」
そうか、そういう事か。
つまりお父様が言いたいのは、便利な方法は悪人だって利用する。寧ろ悪人ほど積極的に手に入れようとすると言いたいんだ。
だから誰彼かまわず教えるのは危険なんだと。
そうだよね。上空から見て好きな場所に転移出来るのなら、門番も壁も無視して悪党が金持ちの屋敷や貴族の屋敷に泥棒し放題なんだもん。
最悪の場合、誘拐されたり殺されたりする危険だってある。
だったら一度行った場所にしか転移できないっていう制約があると思わせた方がましってものだ。
「……分かりましたお父様」
「うむ、分かってくれればよいのだ」
うう、さすが侯爵家を切り盛りする大貴族だよ。
私はそんな事にまで考えが回らなかった。
危うくこの世界を泥棒大天国にしちゃうところだったよ。
「しかしだ」
と、そこでお父様はコホンと咳払いをする。
「お前の考えは本当に画期的だ。他人に知られる訳にはいかん技術だが、その技を活用すればユーラヴェン領の更なる発展につながるだろう。父として、誇りに思うぞ」
そう言ってお父様が優しく私の頭を撫でてくれた。
「えへへ」
褒められた事はすごく嬉しいけど、今はそれを我慢して本題に戻らないといけない。
「それでお父様、メルクール伯爵家への救援の件なんですが、これを使えば騎士団を送り迎えが出来ると思うんです」
「む……」
メルクール伯爵家の話になるとお父様は一転して渋い顔になる。
「私の転移法についてはたまたまメルクール伯爵領に行ったことのある転移魔法の使い手が見つかったという事で誤魔化せませんか?」
「確かに熟練の魔法使いなら、この町からメルクール伯爵領に転移する事も可能だろう」
だよね! リザティア様は子供だから転移に必要な魔力が足りなかっただけだし、私の膨大な魔力なら騎士団を連れての転移だって十分可能な筈だ。
「だがなリコアリア。お前は重大な問題を忘れているぞ」
「重大な問題ですか?」
何のことだろう?
「転移魔法を使えるのはまぁ良いだろう。だが、騎士団を転移させてしまえば、お前の膨大な魔力の事が多くの人間に知れ渡ってしまう事になる」
「あっ!」
そ、そうだったーっ!! 確かにお父様の言う通りだよ!
私の多すぎる魔力の件も内緒にしないといけないんだったぁー!!
「そ、それはぁ……」
「ええと……そうだ! 転移魔法を使う時にはローブを着て姿を隠せばお婆ちゃんと思ってもらえるかも!」
「リコアリア、お前の可愛らしい声ではとても老婆と誤魔化すのは無理だと思うぞ」
はうっ! 声かぁー! た、確かに演技とか得意じゃないから、お婆さんの真似をしても子供の遊びにしか見えないだろうなぁ……
「だが変装をすると言うのは悪い考えではない」
「え?」
どうしたモノかと頭を抱えていたら、お父様が机の引出しの中から小さな小箱を取り出し私に差し出す。
「お父様これは?」
「開けて見なさい」
受け取った子箱を開けると、その中には宝石をあしらった綺麗なネックレスが入っていた。
「ネックレスですか?」
何故このタイミングでネックレス? 誕生日プレゼントはこの前貰ったばかりだし。
「宝玉の上部に突起があるだろう。ネックレスを身に付けてその突起を押しなさい」
「えと、はい。分かりました」
私は言われるままにネックレスを身に付けると、突起を押す。
「宝石に魔力を込めながら『アイン』と言いなさい」
「ア、アイン!」
言われた通りに魔力を込めながら叫ぶと、私の体が光に包まれた。
「こ、これは!?」
光は一瞬で収まったのだけれど、何が起きたのかさっぱりだ。
「リコアリア、自分の髪を見てみなさい」
「髪?」
それはいったいどういう意味かと思いながら髪を見ると、何かがおかしい。
色が違う、長さが違う、更に言うとフワフワしたクセっ毛になっている。
「え!?」
これは一体と顔を上げたら、そこには見知らぬ女の子の姿があった。
「へっ!?」
一体誰が現れたのかと思った私だったけれど、すぐにそれが巨大な氷に映った影だと気付く。
「鏡が無いのでな、氷で代用したがちゃんと映っているか」
どうやらお父様の魔法で生み出された水鏡ならぬ氷鏡の様だ。
でもこの女の子は?
私は氷鏡に映る少女に手を伸ばすと、鏡に映った少女もまたこちらに手を伸ばす。
「え?」
びっくりして手をひっこめると、少女もまた驚いて手を引っ込める。
「こ、これって……もしかして」
お父様を問い詰めるべく氷鏡から視線を外すと、ニコニコとほほ笑むお父様の姿が。
「それは変身の魔道具だ」
「変身の魔道具!?」
やっぱりこれは私なんだ!
「その魔道具は魔力を込めてキーワードを呟くと、所有者を様々な姿に変えてくれるのだ」
「凄い! こんな魔道具があったなんて!」
うわーっ! 変身する魔道具なんて、まるでアニメの変身ヒロインみたい!
やばい、ちょっと、いやかなり興奮してきた。
「これを使って姿を変えれば、リコアリアの素性を隠したまま魔法の才能を活かす事を出来るだろう」
「お父様、それって」
もしかして私の為に用意してくれたの?
「折角の才能だ。活かせないのは歯がゆいだろう」
「ありがとうお父様!!」
まさかこんな隠し玉を用意していたなんて、さすがお父様!!
「はっはっはっ。本当はもっと後に必要になると思っていたのだが、まさか届いてすぐに渡す事になるとはな」
おおっ! しかも手に入ったばかりだったんだ!
なんという偶然! 凄いタイミングだよ!
よーし! これなら正体がバレる心配なくメルクール伯爵を助けに行けるぞー!
「ところでリコアリア」
と、そこでお父様が声のトーンを変える。
あれ? もしかしてまだ何か問題が?
「お前は空高く飛びあがって遠くの場所へ転移する方法を編み出したのだな?」
「はい、その通りです」
何故かお父様が私の転移法について再確認をしてくる。
「成程、では失敗したらどうなるかは考えなかったのか?」
「え?」
立ち上がったお父様がゆっくりと私の元へと近づいてくる。
え、えと、なんかヤバイ雰囲気。
「しかも山の上などと、町の外に一人で出たのだな」
「は、はひ……」
「危険な事を、たった一人で、誰にも相談なく……」
「そ、それは、その……」
お、お父様の笑顔が怖い! 顔が笑ってるのに空気が笑ってないんですけど!?
「リコアリアァァァァァッ!!」
雲一つない晴天の空の下、私の頭上にお父様の大落雷が落ちたのだった。クスン。
ジョンソン「ちなみにこの魔道具かなり高額です。びっくりするくらいに」
パパ「はっはっはーっ、変身した娘も可愛いぞぉー。よーしパパ新しい服も買ってあげちゃうぞー」
ジョンソン「(また出費が……)」