第11話 伯爵領の窮地
倒れた馬車の中から救助されたのは、一人の少女だった。
「私はリザティア=ソール=メルクール……メルクール伯爵家の……娘です」
「伯爵家!?」
しかも私達が助けたのは伯爵令嬢だった。
「お願いします……領地を……私達を……助けてください……っ」
一体何があったのか聞こうとしたんだけど、リザティアと名乗った少女はそのまま意識を失ってしまった。
◆
リザティア様を救助した私達は、彼女を家に運んできた。
本当なら救助した人は町の入口にある衛兵の詰所に預けるらしいんだけど、この子は伯爵令嬢。
何かあったら大変だからね。
ジョンソンに頼んでお父様を呼んでもらったから、すぐに来てくれるだろう。
何しろ伯爵令嬢が魔物に襲われたんだもんね。
それまでは私が責任をもってリザティア様を介抱してあげないと。
「お嬢様、リザティア様の介抱は私どもがいたします」
だけど侯爵家のメイド達に阻まれてしまう。
いえね、そりゃ私はお嬢様でしかも7歳だから任せる訳には……いやこれ普通に任せれないわ。
という訳で大人しくプロのメイド達に任せる事にした。
とはいえする事がないのも暇なので、眠っているリザティア様を観察する。
この子の見た目は私と大差ない年齢の女の子だ。
腰まで伸びたストレートな髪はとてもきれいで、肌も綺麗だ。
ハッキリ言ってかなり可愛いので、将来は結構な美人さんになる事だろう。
「うっ……」
しばらく見守っていると、リザティア様が目を覚ます。
「ここは……?」
「ここはユーラヴェン侯爵邸ですよ」
「ユーラヴェン侯爵様のお屋敷……? ここが!?」
問いに答えるも、目覚めたばかりのリザティア様はボーとして言葉の意味を理解できていない様子。
けれど意識が覚醒してくると、遅れてここがユーラヴェン侯爵邸だと認識したみたいだった。
そして飛びあがる様に起きたリザティア様だったけれど、急に起き上った反動で貧血を起こしてしまう。
「大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です。そ、それよりも私は大切な役目があってユーラヴェン侯爵領にやってきたのです。どうかユーラヴェン侯爵様に目通りを願えないでしょうか?」
ふむ、そこでどう見ても子供の私に頼む辺り、まだ完全に冷静さを取り戻したわけじゃないっぽいね。
「ご安心ください。お父様には既に使いを出してありますので」
「お父様? では貴方は……」
「初めましてリザティア様。私はリコアリア・テル・ユーラヴェンと申します」
「っ!? ……これは失礼いたしました。私はリザティア=ソール=メルクールと申します」
私がユーラヴェン侯爵の娘だと気付いてリザティア様が驚きの声をあげる。
けれどすぐに冷静さを取り戻して挨拶を返してきた。
そのまま事情を聞こうと思ったんだけど、部屋がノックされたと思ったらお父様達が入ってきた。
「お帰りなさい、お父様」
私はリザティア様に教える意味でもお父様を迎え入れる言葉を口にする。
「ただいまリコアリア」
お父様は優しい笑みで私の頭を撫でると、ベッドに腰掛けたリザティア様に声をかける。
「初めまして、ジュラル・テル・ユーラヴェンです」
「初めましてユーラヴェン侯爵様。私イルバルクル=ソール=メルクールの娘、リザティアと申します。この度は危ない所を助けて頂いて誠にありがとうございます」
「いや気にしないでくれたまえ。我が領内で魔物に襲われているとあれば、助けない訳にはいかないからね。ただ私としては伯爵の娘である君が碌に護衛も付けず我が領地へとやって来た事の方が疑問だ。一体何があったんだね?」
挨拶を終えたお父様はすぐに本題に入る。
確かに魔物が跋扈する町の外を馬車一台で駆け抜けるなんて無謀極まりない事だからね。
護衛の騎士達の話では、初めはちゃんと護衛の騎士達が居たんだろうけど、魔物から馬車を守る為に全員が命を落としたんだろうと言っていた。
それほどまでに近くで見た馬車はボロボロだったらしい。
「……侯爵様、私は侯爵様にお願いがあってユーラヴェン領にやってきました」
「私に願い?」
お父様は一体何を? と首を傾げるけれど、多分アレは演技だ。
だってもうジョンソンからリザティア様が伯爵領を助けてほしいって言ってた事を聞いている筈なんだから。
改めてリザティア様の口から説明を聞きたいんだろう。
「我がメルクール伯爵領は魔物の大群に襲われ、危機的状況となっております」
「魔物の大群!?」
その言葉につい私は声をあげてしまう。
まさかメルクール領まで魔物の大群に襲われていたなんて!
「はい。今から二週間前、突如魔物の大群が領内に現れ町や村を襲い始めたのです」
二週間前、この町が襲われた時期と近いなぁ。
「メルクール伯爵領でもか」
「え? それはどういう事ですか?」
お父様の言葉にリザティア様がキョトンとした顔になる。
「実は我がユーラヴェン領でも同じように魔物の大群に襲われたのだ」
「そうだったのですか!? それでユーラヴェン領は大丈夫なのですか!?」
リザティア様は自分の目的を忘れてユーラヴェン領は大丈夫なのかと心配そうに聞いてくる。
自分のところも大変なのに私達を気遣ってくれるなんて、この子は良い子だなぁ。
「幸いにも群れのボスを倒した事で群れは崩壊した。今は残党狩りをしている最中だよ」
「それは何よりです」
ボスを倒して危機的状況を回避したと聞いて、心底ほっとするリザティア様。
やっぱ良い子だ。
「ともあれ、無事魔物を退れた後ならば好都合ですね! ユーラヴェン侯爵様、どうか我がメルクール伯爵領をお救い下さい!」
けれどお父様は静かに首を横に振る。
「申し訳ないがそれは出来ない」
「えっ!? 何故ですか!?」
お父様に拒絶され、リザティア様がどうしてと声を上げる。
「今言った事が理由だよ。我が領内にはまだまだ逃げ延びた魔物の数が多い。それらを討伐せずに騎士団を派遣するわけにはいかない。出兵している間に再び魔物が群れをつくって町を襲われたらひとたまりもないからね」
ぐうの音も出ない正論に、リザティア様の声が詰まる。
「そ、それは……で、ですが私には転移魔法があります!」
転移魔法!? この子、転移魔法が使えるんだ!?
「ほう、君は転移魔法が使えるのかね?」
「はい! お父様からもこの魔法を使ってユーラヴェン侯爵様からの援軍を連れてくるようにと言われました!」
成程、転移魔法が使えるのなら、話は変わってきそうだ。
「メルクール伯爵が? しかしそれは……」
けれどお父様は何故か腑に落ちない顔になる。
お父様一体どうしたんだろう?
「ユーラヴェン侯爵様、こちらがお父様から預かった書状です。どうかご確認を」
と、リザティア様は懐から一通の手紙を取り出し、お父様はその手紙に目を通す。
お父様が読み終わるまでは邪魔できないね。
なので私はリザティア様と話をする事にした。
「リザティア様、転移魔法というと、確かどんな場所にでも自由に移動できる魔法ですよね」
「ええ、その通りです。ただどんな場所にでもという訳には行きません。術者が一度行ったことのある場所でないと」
と、リザティア様は誇らしげでありつつも自分の魔法の欠点を説明する。
「それでも凄いです!」
そうだよ! 転移魔法なんてものすごく便利な魔法じゃない!
私が心から賞賛すると、リザティア様は照れくさそうにはにかんだ笑みを浮かべる。
「……成程、そういう事か。それで危険を冒してまでリザティア嬢が来たと言う事か」
手紙を読み終わったお父様が納得したと声を上げる。
「はい。術者である私がここまで来れた事で、伯爵領と侯爵領を自由に行き来する事が出来るようになりました。ならば私の魔法で侯爵様の騎士団を即座に私の町まで送る事が出来ますの。そして魔物を討伐したらすぐにユーラヴェン侯爵家に送り届ける事が出来ますわ!」
うん、それなら万が一町が再び襲われても大丈夫だね。
すぐに戻して貰えばいいんだから。
「これなら問題は解決できます」
「いや、それでも無理だ」
けれどそれでもなおお父様は駄目だと首を横に振った。
「え?」
ど、どうして!? なんでそれでも駄目なの?
「リザティア嬢、転移魔法で大人数を長距離転移したことはあるかね?」
「い、いえ。まだありませんが、私は転移魔法の鍛錬を欠かした事はありません。魔法を失敗する心配はありませんわ!」
ん? それじゃあ何でお父様は駄目だと言うんだろう?
「やはりそうか。メルクール伯爵は君に全てを教えなかったのだな」
「ユーラヴェン侯爵? それは一体どういう意味ですか?」
メルクール伯爵が教えなかった? 一体何について?
「リザティア嬢、君がメルクール伯爵領へ転移するには致命的な問題があるのだ」
「致命的な問題? 私に?」
え? どういう事どういう事!?
全然問題なんてなかったと思うんだけど
「転移魔法は、移動する距離と同行する人数によって魔力の消費が桁違いに多くなるのだ」
お父様から教えられた答えは、酷く凄くシンプルな理由だった。
「な、何ですって!?」
そんな事初めて知ったと言わんばかりにリザティア様が驚いている。
いやこの様子を見るに、実際初めて知ったんだろうな。
「そう……なんですか? お父様?」
「ああ。以前転移魔法の使い手から直接聞いた話だ。転移魔法での長距離転移は距離が離れる程魔力の消費と制御が大変になると。故に子供の君の魔力では、魔物の群れに対抗できる規模の騎士団を派遣するのは無理なのだよ」
何とまぁ……
「ですがお父様はその様な事は……」
けれどそれでもリザティア様は納得がいかないと反論する。
「伯爵からの手紙だ。読んでみたまえ」
するとお父様はメルクール伯爵からの手紙をリザティア様に差し出す。
リザティア様は一瞬戸惑ったものの、手紙を受け取ってその内容にゆっくりを目を通す。
「久しぶりだなわが友よ。既に娘から話を聞いていると思うが、もはや我々は助からん……我々を助けに来る必要はない!? な、何故ですかお父様!?」
読み始めて早々に諦めムードな内容に声を上げるリザティア嬢。
けれど彼女は必死で堪えて手紙の続きを読む。
「……君の援軍が到着するころには既に私の町は陥落している事だろう。だがそれでは幼いリザティアがあまりにも不憫だ。この子だけはなんとしてでも助けたい。すまない、娘の事を頼む……」
「そ、そんな……」
余りにも覚悟の決まった内容に言葉が詰まる。
この人は自分が死ぬことを覚悟していたんだ。
だからリザティア様を守る為に、転移魔法を使って助けを呼べなんて嘘をついたんだろう。
「君の父上は助けを呼ぶことが不可能と分かっていたのだ。それ故旧知の仲である私に君の保護を頼んだのだよ」
「っ……」
そこで緊張の糸が途切れてしまったんだろう。
リザティア様がふらりとベッドに倒れる。
「リザティア様!?」
すぐにメイド達がリザティア様を寝かしつけ、回復魔法で治療を開始する。
「お父様、本当にどうにもならないのですか?」
「可愛そうだが我が領地も少なくない被害を負っている。ここで迂闊な事をするわけにはいかんのだ」
うう、それはそうなんだけど……
「折角命がけでここまで来たのに……」
これじゃあ彼女の頑張りが無駄になっちゃうよ。
「無駄ではないさ。彼女さえ生きていればメルクール家の復興は可能だ。領内の治安が回復すれば、メルクール伯爵領に援軍を送る事も出来る。被害は大きいだろうが、それでも生き残った者達を救う事は出来る」
それは貴族としての安心を与える言葉であって、中身が平民である私にはどうにも納得がいかなかった。
「リコアリア。お前のお陰で彼女は救われたのだ。それは侯爵家の人間として誇って良い事だ。責任を感じる事も無力に苛まれる必要もない」
お父様が優しく私の頭を撫でる。
その手にはいつもより力が込められており、そこで私はようやくお父様もまた助けに行くことが出来なくて歯がゆい思いをしているのだと気付いたのだった。
「でも······」
私の心は、仕方ないからと諦めたくはないと強く訴えていた。
リザティア「自信満々で解決案出したのにめっちゃ恥かいたぁぁぁぁぁ!」
パパ「くそっ! 娘に良い恰好が出来ない!」
リコ「お前等余裕あるな」
おもしろい、続きが読みたいと思ってくださいましたら、感想、ブックマーク、評価をしていただけると嬉しいです。
凄く喜んでやる気が漲ります。