春
「これはボッティチェリの絵画」
そうだ。これは彼の絵画だ。
しかし、どうも違うと思った。
「ルネサンス期を代表する絵画」
そうだ。これは何百年も前の絵画だ。
しかし、どうも違うと思った。
「踊る女たちが描かれている」
そうだ。楽しそうに踊っている。
しかし、どうも違うと思った。
そうだ。違うのだ。
俺だけが知っている。
俺だけは、この絵画の欲する所を知っている。
これじゃあまるで、この絵が春のお手本ではないか。
春はそこにあって、描くことなどできない。
春はそこにあって、誰も定義できない。
これは挑戦だ。
ボッティチェリが、現代の俺にたたきつけた挑戦だ、命題だ。
「この絵を否定せよ」
破壊こそが否定である。
破壊衝動に駆られる。
一刻も早く、急がねば。
美術館。
いつになく、駆ける。駿馬のごとく、駆ける。
本物の、プリマヴェーラを探さねば。
見つけた。
なぜそこにあるのか、お前には説明できまい。しかし俺には説明できる。
俺に破壊されるためなのだ。
死に物狂いで破壊する。周囲から警備の者が飛び出す。
止められない。破壊、破壊、破壊。
俺は捕らえられた。絵には、傷一つ見られなかった。頑強であった。
「この絵を否定せよ」
しかし、どうも違うと思った。
おれは、あやまちに、きがついた。