第三章 エピローグ
ダルタや、この世界のことを憂き世と言う。辛いことの多い世の中という意味なのじゃ。ブッダ様の教えによれば、この世は空。お前もワシもあらゆるものが空なのじゃ。空とは形を持たないことじゃ。じゃがな、ワシはこうして存在するし、ダルタ、お前も存在しておる。不思議じゃなぁ。
今生の辛いことは全部カルマによるともいう。前世の行いにより、悪業を積めば悪生を受けるし、善根を積めば良き人生に恵まれるという。
カルマとは因果のことじゃ。原因があって結果がある。当たり前のことじゃな。前世での行いによって今生が決まる。じゃがな未来は決してガチガチに決まっておるわけではない。空なのじゃ。
前世での行いはもちろん重要なのじゃが、今生で生を受けてよりずっと重ねてきたあらゆる行い、判断もまた未来を変えるのじゃ。あの時ああしておけばと、人は誰しも悔やむことがあるのじゃ。これもまたカルマである。
今生で悲運に遭うのを前世の定めと諦めることはないのじゃ。その悲運は昨日の、今日の、そして明日の行いで変えることが出来たはずなのじゃ。今を精一杯生きることで明日は変わる。明日をまた真摯に生きることで未来は変わる。だからあらゆるものは、確定したものなど存在しない空だという。わかりにくいかの?
今生も未来も来世も「過去の因」によって生み出される。一つの行い、一つの判断が違っていただけで、生み出される未来は別の様相に変わってしまうのじゃ。そして「未来の果」を生み出すあらゆる業、あらゆる記録、あらゆる記憶はすべて阿頼耶識に蓄積されておるのじゃ。
阿頼耶識とは人の心の深い深い底にある、あらゆる業や事物の記録や記憶が集積された保存庫なのじゃ。転生する毎に異なる様相をとる現身とは違い、これは何度生まれ変わろうと失われることなく保持され、刻一刻と変わる「未来の果」を生み出す基となるのじゃ。
命あるものは須らく輪廻の巡礼者である。幾度も幾度も転生を重ね、あらゆる生で見たこと聞いたこと己の成したことを、この阿頼耶識に全て貯め込んでおるのよ。そしてこの阿頼耶識に詰まってる「過去の因」から、それぞれの来世を未来を生じさせておるわけじゃ。
現在の様相を生じさせておるのは阿頼耶識に詰まったカルマの種子である。そして阿頼耶識には、何十何百と重ねてきた転生の中で得た知識と経験も詰まっておる。人智の宝なのじゃ。
だからの、この阿頼耶識に自在に接続することさえ出来たなら、この世の様相は一変するじゃろう。転生を重ねて得た知恵と経験が善き世界を作るのじゃ。
それこそが解脱を得て、あらゆる苦より解き放たれたというブッダの在り方の一つなのではないかと、ワシは思うのじゃ。
* * *
「なんじゃと! 王都より召喚状が来たのじゃと?」
「うん、王都の近衛兵にしか搭乗が許されてない魔導鎧に僕が乗っていたことについて、偉い人から色々と取り調べがあるんだって」
「あれはターカシ王の遺産にあったものなのじゃ。大切に守ってきたのは神殿なのじゃし、今回、ダルタが乗ることになったのもカーシナラの町を守るためだったではないか。どこに責められる要素があるというのじゃ?」
「神殿長様もそう仰って、王都の大神殿に上申状を送って下さったのだけど、やっぱり呼び出されることになったんだ」
「全く融通が利かんことなのじゃ。ダルタの働きが無ければ、今頃は領土を大きくバールーク国に奪われておったであろうにの」
「サーラ先生の力添えのおかげでもあるけどね」
「ふん。それでいつ頃出発するのじゃ?」
「春の半ば頃までに王都に到着すればいいのだって。……色々と整理しなくちゃいけないこともあるしね」
「……のぉ、ダルタよ、あのな、そなたの家族のことなんじゃが……そなたがカヴァーチャの中で眠っていた三日間の間にな……」
「うん、解ってる。あの後、目が覚めて全て思い出したんだ。……ダーバ様からも、もうあの夜に亡くなった人のお葬式を済ませたって聞いたよ。あのバールークの、夜に、みんな……」
「……そうか、気の毒なことだったのじゃ。……なんと慰めたら良いのかまるで解らんのじゃ」
「ありがとう、サーラ先生」
「よし、それじゃ妾もダルタと一緒に王都へ行くのじゃ!」
「えっ、でも……」
「妾もカヴァーチャに乗ったのじゃし、乗り方をダルタに教えたのも妾なのじゃ。王都の石頭にもそう言ってやるのじゃ」
「……ありがとう、サーラ先生」
「そうじゃ、ダルタの剣は折れてしまっていたのじゃ。代わりにこれをやろう。カヴァーチャの出し入れの時に次元庫で見つけたのじゃ」
「なんですかこれ?」
「カヴァーチャの可動部に魔力に反応して変形する特殊な金属が使われておると話したじゃろ? これはその金属で作られた玩具じゃ。持ち主の思念に反応して長く伸びたり縮んだりするだけの棒なのじゃが、ダルタは棒術が得意だと聞いたのじゃ。
これを長く伸ばせばプラーナの障壁の外側の魔獣にも攻撃が出来るじゃろ? それにダルタには殺さずに済む武器も必要じゃろうと思うのじゃ。これを短くしていつも腰に下げておくと良いのじゃ」
サーラ先生から鈍い銀色をした三公咫くらいの長さのどっしりとした重みのある棒を貰った。
ありがとう、サーラ先生。
* * *
……ごめんなさい、サーラ先生。僕、どうしても一人で旅をしてみたかったんです。
一人で知らない道を歩いて、知らない町を訪れて、誰も知らない自分になって、知らない人たちと話をしてみたかったんだ。
ああ、でも、金魚はいつも一緒だね。僕はなんでお前に名前をつけてなかったんだろうね。
竜脈にもナージャって名前をつけたし、魔導鎧のオドイーターにも名前をつけようかなんて考えてたのにね。
でも今日からはお前に名前をつけて呼ぶよ。アマリ、今日からよろしくね。一緒に旅をしよう。どこまでも一緒に。
【第一部終了】
いつもお読みいただきありがとうございます。また拙い文章にここまでお付き合いくださったことに感謝します。
本作「ガラポン転生」は作者が生まれて初めて書いた小説で、あれこれと思いつくままに色々と詰め込んでしまいました。
そのため、色々と考えた世界観の説明に長々とページを取られ、TUEEEもザマァも無い、いつ物語が動き出すのか分からないテンポの悪い、読者に不親切なものになってしまったかと思います。
そのへんの反省を踏まえて、本作の千年前の世界を舞台にした新連載の「テラ生まれのターさん」ではサクサクと進むストーリーを心掛けています。まだまだ拙いなりにですが、前作よりはコロコロとストーリーを転がせられるのは、前もって「ガラポン転生」で構築しておいた「世界」があるお蔭もあるのかと。
今後の執筆スケジュールとしては、「テラ生まれ」をキリの良いところまで書き終わり次第、第四章以降の第二部の物語を書き進める予定としています。
またカクヨムに本作第一章第二章をほんの少し手直しし、改題してエピソードを幾つか追加したものを投稿してます。https://kakuyomu.jp/works/1177354054921302398
宜しかったらそちらも御一読くださいm(_ _)m




