第三章 22.解放(後編)
『ダルタ! あちらは終わったのかや?』
「東大門は奪還成功しました。先生、こいつらは何なんですか?」
『此奴らはバールークのカヴァーチャなのじゃ。後続部隊の到着がこんなに遅れたのは、この三体を荷車で運んでいたからのようなのじゃ』
『なんだ、またポンコツが出てきましたよ。マチュラ王国にはこんな骨董品しかないんですかねえ』
赤い機体の一つが喋った。クソぉ、赤いのは僕が乗りたかったのに!
「お前ら、サーラ先生をこんなにしやがって、絶対に許さないぞ!」
『なんだ随分と威勢の良い坊やだね。魔導鎧に乗るよりママのおっぱいでも吸ってる方がお似合いなんじゃないかい?』
もう一体に乗ってるのは女のようだった。
『ダルタ、一応気をつけるのじゃ。此奴らの機体は新型らしいのじゃ』
『この魔導鎧は〈貴族〉様から戴いた最新型なんでね。そっちのポンコツとは物が違うんです』と最初の男が言う。
『〈貴族〉から貰ったじゃと? 青瓢箪どもは全く碌なことをせんのじゃ。じゃがな、言うほどの性能差はないぞ。どちらも民生用にデチューンした玩具に過ぎんのじゃ。先ほど遅れを取ったのは数で負けていただけなのじゃ。
さあ、ダルタ、二人揃えば負けないところを見せつけてやるのじゃ!』
僕はサーラ先生の前に出て、背負っていた大剣を抜いて構えた。
『はーん、ヤル気じゃないか、坊や! だがこっちも負けられないんでね。遠慮なく叩きのめしてあげるよ! ラズント、やっておしまい!』
けし掛ける声と同時に斬り掛かってくる、後方にいた三体目の魔導鎧の大剣を受け止めた。ギリギリギリと刃と刃が噛み合う音を立てて、こちらの大剣を押し込んで来る。
ふーむ、……これが新型のパワーなのか?
「……ねえ、もっと力は出ないの? そろそろ押し返してもいいのかな?」
『な、なんだと? 小僧!』
『な、なんだって? 負け惜しみを言うんじゃないよ、坊や! 出来るものならやってごらんよ!』
そう? じゃあ、遠慮なく。ナージャ頼むよ!
先ほど呼び出してからずっと帰ることなく、僕の身体に巻ついて左肩に頭を乗せたままだったナージャが頭を持ち上げる。そして僕と視線を合わせるとピカリと光った。
その途端に僕の体内のプラーナ圧が急上昇して、オドがせっせと増産される。僕を包むオドイーターが大喜びだよ。
なんだか魔導鎧のオドイーターと気持ちが通じて来たような気がする。名前をつけてあげようかな?
魔導鎧の全身にたちまち力が満ちてきて、押し込まれていた剣を相手の上体ごと逆に押し返し、ついでに相手の魔導鎧に足払いを掛けてやった。
『ンガァァー!?』
急に剣を押し返されてバランスを崩しかけてた赤い魔導鎧は、あっさりと足を掬われひっくり返ってしまう。僕もそのまま、相手が下になるように一緒に倒れ込みながら全体重を掛けて膝を相手の腹部に突き刺し、その反動でくるりと起き上がった。
ラハンの武術の修練でよくやる技なんだよね。
「サーラ先生、新型だと言う割にはこの赤い魔導鎧は反応が鈍いですよ?」
『空帰りの青瓢箪どもが人族に与えているカヴァーチャは、オドがろくに無くても操縦出来るように操作索を四肢に埋め込んであるのじゃ。その操作索を微弱電流で刺激してオドイーターに指示を出しておるから、どうしても直接思念を連結させてるエルフ用のカヴァーチャに比べれば反応が遅くなるのじゃ。オドイーターの筋力や装甲強度はこちらを上回っておるかもしれんが、反応の遅さは致命的なのじゃ!』
「ああ、だから足を掬われただけで、堪えることなく呆気なく倒れちゃったんですね」
『な、なんだって!? エルフ用の魔導鎧ですと? ドニャ・ロージィ様、もしかしてコイツらエルフなのでは?』
『スカータン!〈貴族〉がこんなところにいる訳ないだろ。ブツクサ言ってないでやっておしまい!』
『では本気を出させて貰います!』
と言うなり、最初の男の魔導鎧が何か小さな樽の様な物を投げつけてきた。
咄嗟に大剣で斬りつけてしまう。小樽は破裂し真っ白い煙幕を振り撒いた。
「うわぁ、先生、気を付けて下さい! 奴らなにかしてきますよ!」
『わかったのじゃ!』
ガシャン、ガシャン、ガタン、ガシャガシャン、ガシャン――。
奴らなにを企んでるんだ? 白い闇の中で周囲は一切見えない。いや、赤い影が薄っすらとは見えたが、なにをしようとしてるのか解らぬ不気味さが、手を出すのを躊躇わせた。
眼識を活性化させようと数度瞬きを繰り返すうちに、段々と薄い紅影は遠退き、煙幕が薄れた時にはバールークの赤い魔導鎧たちは姿を消していた。
「先生、あいつら僕が倒した魔導鎧も担いで逃げて行ってしまいました。追いかけますか?」
『否、まずは西大門の奪還を優先した方が良いのじゃ。それにこれだけ引き際を弁えた奴らなのじゃし、恐らくは新型のカヴァーチャを守るために、万一に備えて撤退の用意も調えてあったのじゃろ』
門外に布陣していたバールークの騎馬兵たちと大勢の歩兵部隊も、赤い魔導鎧が撤退したことで負けを受け入れたのか、整然と撤退を始めた。
町を襲われた仕返しに、追い打ちを掛けて蹴散らしてやることも一瞬考えたけれど、その一方でこれ以上の殺し合いは避けたい気持ちが大きかった。
僕は、もう、疲れた、よ……。
西大門の前に立つ僕の魔導鎧の視界から、バールークの騎馬兵団の最後尾が街道の果てへと消えると、そのまま、ずるずると魔導鎧ごと崩れ落ちてしまった。身体を丸めて眠りたい気分だった。昨夜から殆ど寝てないしね。
『ダルタ、疲れたのかや? ……そうか、其方には休息が必要だったのじゃ。……おやすみ、ダルタ……』
サーラ先生の声が遠く聞こえた。
ごめんね、サーラ先生。それと、ありがとう……。
どこからか、もう一つの声も聞こえて来た。よく知ってる声なのに、誰のものだか……なぜか……思い出せなかった。
(いいこね、ダルタ……イイコ……イイコ……)
眠りに落ちる僕の頭に、そっと、誰かの優しい手が乗せられた。――ような気がした。
いつもお読みいただきありがとうございます。
本作のダルタ君が苦労している時代の千年ほど前の世界を舞台にした新作の投稿を始めました。
【テラ生まれのターさん異世界に行く】
https://ncode.syosetu.com/n3877gm/
こちらはお気楽極楽路線を目指しますので、お気軽にご訪問くださいm(_ _)m
三悪トリオって大好きです。
次回は日曜日の夜に投稿します。