第三章 18.ターカシ王の次元庫 (前編)
神殿長の房を出て御神体の丘へ向かう。丘に通じる道には今日も知り合いのラハンが警護のために立っていた。挨拶をして通して貰う。
いつも離れた場所から眺めるだけで、こんなに奥まで入るのは初めてだよ。
丘の中腹には大きな岩をくり貫いたような継ぎ目の無い造りの古い石の祠があった。
「おお、此処がターカシ王の次元庫かや?」
「ジゲンコ? サーラ先生は此処を知っていたのですか?」
「妾のひいひいおばあちゃんが昔、此処に入ったことがあるそうじゃ。古いものがたくさんあったと聞いておるのじゃ」
「ほぉほぉ、それは興味深いお話ですのじャ。一般には知られておりませんが、このカーシナラは六代目ブッダ様の終焉の地でありましてな。この丘はブッダ様の奥津城であると、代々の神殿長には申し送りされておりますのじャ」
「なんと! ブッダ様がここで昼寝をなされたとか、瞑想をなさったという伝説は存じておりましたのじゃが、まさかこの地で御入滅なされておられたとは」
ダーバ様が驚きの言葉を洩らした。
「ふむ、人族にはそのように伝わっておるのじゃな。これは大昔の〈帝国〉の遺物なのじゃ。約千年前に大マチュラ王国を建国したターカシ王が、此処を発見して保護していたと聞いておるのじゃ。次元庫とは簡単に言えば、中の物が朽ちたり腐ったりしない倉庫じゃな」
神殿長様の案内で祠の中に入る。僕とダーバ様とサーラ先生は物珍しそうに中を見回した。
中央には石の台が据えられ、ブッダ様の涅槃像が置かれてあった。神殿長様とダーバ様と僕は、跪いてブッダ様への拝礼をする。
サーラ先生はその像を眺めて、「耳の形が違うのじゃ。まあ、六代目の像なのじゃろな」と零していた。
祠の奥の壁には、四角い枠線の中に円や六芒星を重ねた複雑な紋様が描かれていた。曼荼羅図にちょっと似ているね。
神殿長様が懐より大きな魔結晶を取り出して壁の紋様に押し当て、厳かな声で今までに聞いたことのない、不思議なマントラを唱え出した。
オン マカラギャ バザロシュニシャ バザラ サトバ ジャク ウン バン コク
「ほぉ、まるで異語のような符牒なのじゃ。ターカシ王が設定したものなのじゃろか?」
「今までに聞いたことのない祭詞です」
「どことなくヴァジュラ・パーニ様の波動を感じるマントラですじゃ」
三人でコソコソと話していると壁の紋様が光を発し始め、一際眩しく輝いたかと思うと、壁にぽっかりと大きな四角い穴を残して消えた。
「おお、開いた開いた。此処に入るのは先代より引き継ぎをした時以来じゃて、解錠の祭詞を忘れてしもうたかと心配じゃったのじャ」
ニコニコしている神殿長の後に続いて穴を潜り抜けて下に続く階段を降りると、丘の内部とは思えない。広々とした明るい空間が広がっていた。
床と壁は磨いた金属のようなつるりとした不思議な材質で出来ており、天井は神殿の礼拝堂よりも高かった。部屋の左右の壁には、大小様々な四角くて上辺がアーチになった窪みが掘られていて、その中は青い光で満ちており、まるで窓のように見えた。
端から青い光の窓を覗いてみると、中には不思議な形の御物が収められ、これが壁龕収納であることがわかる。小さい窪みには片手で持てるような大きさの御物が収められ、大きな見上げるような高さの、小部屋のような奥行きのある窪みには、三公尋くらいの高さがあるずんぐりとした仁王像か神将像のようなものが収められていた。
「神殿長、この奥にあるのは魔導鎧ではございませぬか? 以前に王都で見たことがありますぞ!」
「ダーバもそう思うじゃろ? これが使えれば、此度の難局も乗り越えられると思うのじゃが、如何せん、この青い光に遮られて中身には手を触れることが出来ないのじャ」
「保存のために停滞フィールドが張られてあるのじゃ。ある程度の魔力を感知すれば解除されるのじゃ。ほれ」
そう言ってサーラ先生が青い光の窓に右手を触れると光がスッと消えてしまい、中から棒のような御物を取り出した。手を抜いた途端に壁の窪みは消えて平らな壁になってしまい、また壁に御物を押し当てると上辺がアーチ状の四角い窪みが生じる。御物を内部に置いて手を離すと、再び青い光が窪みに満ちて小さな窓のようになった。
「停滞フィールドが発生中は空気の粒子すら固定されてしまう故、外から中身に触れることは出来ないのじゃ。一定の魔力を感知して停滞フィールドのオンオフをしておるから、ダルタならば中身に触れられるのではないかや? ろくに魔力のない人間だけが中に取り残されると、そのまま固定されてしまって面白いことになるがの」
しばらく前から「のじゃ」率多すぎて書き分けが大変。もう、のじゃロリも、のじゃジジイもこれ以上は増やしたくないです。
あ、でも、のじゃババアとか出てきそうな予感も……(汗)
いつもお読みいただきありがとうございますm(_ _)m
後編はこのあと木曜日零時に投稿します。