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第三章 17.反攻の機 (前編)

 〈参道〉の石畳をサーラ先生の手を引きながら走った。後ろからは十騎程の騎馬の群れが追いかけ近づいてくる。

 サーラ先生がゼェゼェと苦しい呼吸を重ね、足も縺れそうになったところをひょいと抱き上げて、お姫様抱っこで走り続けた。身体強化を全開にして更に速度を上げて駆ける。

 このまま追われて奴等を神殿まで連れていく訳にもいかない。路地に入って撒くべきかと考えたところで声が掛かった。


「ダルタ、こっちだ!」


「ニールさん!」

 声の掛かった右手の路地に知った顔を見つけて飛び込んだ。父さんと同年輩のラハン職で僕を息子のように可愛がってくれている人だ。その背後には衛士たちも十人ほどいた。

「そのまま伏せていろ。よし、来るぞ! いち、にい、の、さん!」

 反対側の路地にも同じように数人の人がいて、全員で街路に渡してあった太い綱を持ち上げ、体重を掛けて一斉に引いた。


「うわあああっ!」


「と、止まれぇー!」


ヒ、ヒヒイィィーン!


「ぐわあああぁー」


 ドシン、バタン、ドタンと派手な音を立てて先頭の三騎が脚を引っ掛けて頭から石畳に突っ込み、更に後続の騎兵がぶつかり、倒れ、踏み潰し、踏み潰され、全員が団子になって倒れ込んだ。


「行けぇー!」


「うおおおりゃあぁー!」


「やっちまえぇー!」


 衛士たちが道の両側から飛び出してきて、各々の手に持った得物で滅多打ちにする。何度も何度も打ち据えられて、硬い鎧もボコボコになり、凶悪な騎兵たちも遂には血塗れの肉塊に成り果てた。


「よし、こいつらを片付けて、また綱を張るんだ。ダルタ、広場にはもう生き残りはいなかったか? ……そうか、ダルタはそのお嬢ちゃんを連れて先に北に行け。怪我人も大勢いるからな。癒やしはお前の仕事だろ?」


「で、でも、僕も――」


「勝手に飛び出して行ったことへの説教は後だ。さあ、早く戻ってダーバ様やルマン様や、神殿にいる皆を安心させてやれ!」


「――はい」


 その言葉を聞いて、思い詰めていた気持ちが急に軽くなった。頭の中に渦巻いてた血の靄が晴れた気がした。


「ああ、良かったのじゃ。ダルタの顔がいつも通りの顔に戻ったのじゃ。さっきまではずっと怖い顔をしていたからの」


「そ、そう?」

 頭の中に渦巻いてた血の靄を思い出した。視界の全てが赤く染まっていたような気がした。そうだ、僕は人を殺したんだった……。


 サーラ先生が僕の頬を指でツンツンと突いた。

「ほら、また怖い顔をしておる。ダルタには休養が必要なのじゃ。今夜は色々なことがあったのじゃ。――ほら、神殿に行くのじゃ!」


 サーラ先生が僕の背に飛びつき、おぶさった。

「妾は疲れたのじゃ。オンブなのじゃ」と言いながら後ろから頭をナデナデしてくる。


 サーラ先生の体温を感じながら走った。東の空がうっすらと白み始め、長い夜はもう終わりだった。




 中央広場からニ公里キロほど北の住宅街の途切れる街路の終わりに、丸太を横に重ねた壁が出来ていた。見張りをしていた衛士に声を掛けて、壁を駆け上る。

 壁の向こうは緑化地帯で、林と畑が朝日を浴びて広がっていた。とても長閑な風景で、血塗れの夜が夢のように思えた。


 とん、と軽く飛び降りて、そのままサーラ先生をおぶったまま走り出す。一公里(キロ)ほど行ったところの林の合間に天幕が張られ、たくさんの人たちが座り込んでいた。〈参道〉を進む程に天幕の数は増え、神殿の門を入ると、中は避難民で一杯だった。


「お兄ちゃん!」

 礼拝堂の前の広場でアマリが飛びついて来た。


「お兄ちゃん、何処に行ってたのよ。もう皆、とっても心配してたんだから」


「ア、アマリ! 良かった、無事だったんだね。怪我はなかった? お母さんも大丈夫なの?」


「うん、お母さんもお父さんも元気だよ」


「えっ!?」


「えっ?」

 アマリも首を可愛く傾げる。

 背中で目を丸くしているサーラ先生と、思わず顔を見合せてしまった。


「皆、無事なの? 良かったー!」

 アマリにギュッと抱きついてしまった。うん、本当に良かった。


「えっ!? ちょっと、お兄ちゃん、どうしたの? それに、背中にオンブしている女の子は誰なの?」


「この人は僕の魔法の先生でサーラさんって言うんだ。今夜は僕とずっと一緒に、母さんやアマリたちを探して町中走り回ってくれたから、草臥れてしまってオンブしてるんだよ」

 サーラ先生が背中にギュッとしがみついた。


「そ、そうなんだ、ふーん。……お兄ちゃん、ダーバ様も心配していたよ。御挨拶に行ったほうがいいんじゃないの?」


「あっ、そうだね。父さんと母さんの顔を見てから行ってくるよ」


 父さんは僕を探しに一度家まで戻って付近の路地を見回ったあと、僕がいなかったのですぐに広場に戻ったんだそうだ。行き違ってたんだね。

 息子の無事を喜ぶ父と母のブッダに捧げる感謝の言葉を浴び、親子の再会を一頻り堪能してから、ダーバ様の房に向かった。

 


いつもお読みいただきありがとうございます。

後編はこのあと月曜日の零時に投稿します。

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