第三章 16.暴虐の夜 (後編)
首を刺された騎兵が馬からズルズルと崩れ落ち、ドタンと石畳にぶつかって兜の面覆いが外れる。そこから現れたのはケモノ族の顔だった。
「……ケモノ族が、どうして?」
「ええい、よくもジーンを! その黄色い上着は、もしや邪教の神殿に仕える神官なのか? もはや手加減はせぬぞ」
残った騎兵が馬を駆けさせ蹄に掛けようとするが、強化された身のこなしで脚の間をすり抜け、馬の腹の下から騎兵の膝裏を剣で貫いた。
ウオォーッ、と叫んで男が落馬し、片足で立ち上がろうとするのに頭上から斬りつける。
分厚い鉄の兜の曲面に刃筋が立たず、悪い角度で当ててしまう。ガキン、と音を立てて父さんから貰った剣が折れてしまった。
しまった! コイツ、よくも大事な剣を!
そのまま倒れ込んだ男の首に体重を掛けて、強化された脚力で踏み折る。ゴキンと鈍い音がした。これで御相子だ!
我ながら無茶苦茶を言ってると思わないでもないが、もう殺人の禁忌は消え失せ、怒りで頭が煮え滾っていた。
半ばから折れてしまった大切な剣を腰の鞘に納め、騎兵が使ってた長剣を拾おうと腰を屈めた、その時。
ドシン、と重い音と同時に跳ね飛ばされて、石畳に全身を打ちつけられてしまった。体中に痛みが走り、打ちどころが悪かったのか、頭がクラクラして立てない。
最初に右手に斬りつけてやった騎兵が、馬をぶつけて来たのだった。そのまま馬が後ろ脚立ちになり、前脚で踏み潰そうとする。動かない身体を必死にくねらせてなんとか重い蹄を避けるが、二度、三度と脚を振り上げ踏みつけに来る。
もう避け切れない! と、観念しかけたその時に、急に馬が嘶いて大きく後ろ脚立ちになったと思うと引っくり返った。馬の首筋に矢が刺さっていた。
「ダルタ! 大丈夫かや?」
「さ、サーラ先生?」
「……これは……なんと言って良いのか……まったく酷い有り様なのじゃ。……此奴らはいったい何者なのじゃ?」
「わかりません。こいつらが広場の避難民を襲っていて……アマリも母さんも見つからなくて……」
「……ふむ、その落馬した騎兵は生きておるようじゃな。尋問をしてみるのじゃ。ダルタはまず先に、自分に癒やしを掛けておくのじゃぞ」
サーラ先生が馬の下敷きになって藻掻いている鎧を着けた男に近づき、兜を脱がした。下から現れた顔は、猫系統のケモノ族のものだった。
「貴様らはいったい何者なのじゃ? 何故カーシナラの町に攻め入って来たのじゃ?」
「く、クソっ! 邪教の徒に答える言葉など無いわ!」
「ほぉう、貴様はもしやバールーク王国の兵ではないのか? その鎧の胸の紋章は見覚えがあるのじゃ。隠してもすぐにバレるであろうに間抜けな奴なのじゃ」
「神聖バールーク帝国である。間違えるな、無知な無礼者めが」
「何じゃまた国号を変えたのかや? コロコロと変えおって、ちっとも重みが感じられないのじゃ」
「我が祖国を馬鹿にするとは許せんぞ、ドワーフめ。半万年の歴史を誇る我が帝国に相応しい敬意を要求する」
「ふん、半万年じゃと? ついこの間、三百年ほど前に建国したばかりではなかったか? 貴様のような阿呆にまともに口を利く気にもなれんが、妾はドワーフでは無いわ。森のエルフ族なのじゃ」
「許さんぞ、勝手に帝国の悠久の歴史を歪曲するな!」
「頭がオカシイのではないか? 話が通じないのじゃ」
「おい、お前、ここにいた人たちはどうした? 全員殺した訳ではないのだろ?」
僕は自身の治療を済ませると、立ち上がって剣を構えて睨みつけた。
「ババアと男は殺したぞ。若い女は奴隷にするために連れてったがな。そろそろ最初に奴隷を捕まえて本陣に連行して行った連中が戻って来るのではないかな? グワッハハハー」
「黙れ、人でなしめ!」
人を馬鹿にした物言いにムカついた。馬鹿笑いをしていた口に拾ってきた長剣を突き刺して殺してやった。
「ダルタ!?」
「これ以上尋ねてもまともに答えは返って来ないだろう。僕は母さんと妹を探しに西大門に行く」
「……そ、そうじゃな。一度神殿に戻った方が良いと思うが、どうしても行くと言うなら、妾も一緒に行くのじゃ。ダルタ一人では心配じゃからの」
「ありがとう、サーラ先生。……でもどうやら奴らの方からやって来たみたいだ」
西大門に通じる〈大通り〉を彼方から騎馬の一団が走って来る。全員がお揃いの鎧を着けて、野盗などではなく、バールーク帝国とかの正規兵であることは間違いなかった。
「どうやら既に西大門は奴らに制圧されておるようじゃの。たとえオドが回復していても、あれだけの人数は相手に出来ぬのじゃ。……ダルタ、ここにいた避難民の幾らかは北の神殿に逃げたはずじゃ。西大門に行くにしても、一度神殿のラハンや衛士たちと合流してからの方が良いのじゃ」
「で、でも……。そうだね、解ったよ。一度神殿に戻って母さんたちがいないか確認する」
「奴等が来たぞ、逃げるのじゃ!」
僕らは大広場を北に渡ると、迫りくる馬蹄の音に追われながら〈参道〉を神殿へと走った。
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次話を今夜、日曜日の21時に投稿します。