第三章 16.暴虐の夜 (前編)
羅刹蜘蛛の群れが去っていった後の門前広場の石畳には、良く見ると所々に血の痕や人の体の一部などが散乱していた。
「……父さんはやっぱり、蜘蛛どもに食べられてしまったんだろうか?」
「ダルタ、……こんな時に何と言って元気づけたら良いのかわからぬのじゃが、あまり、気を落とすではない。はっきりと判る遺体がないのなら、父御殿は何処かで生きておるやもしれん。広場に戻っている可能性も――」
カンカンカン カンカンカン カンカンカン カンカンカン――
突如、夜の静寂を破って遠くの空から凶事を報せる警報が鳴り響いて来た。西の方角からだった。
「あれは、西大門の警鐘だ! まさか、あっちにも蜘蛛の群れが来てるのか?」
「あの外法の魔獣遣いが、胸に矢を受けたとは言え、厭にあっさりと退いたものよ、と案じておったが、……ダルタよ、こちらへの襲撃は注意を引き付ける為の囮で、もしかすると街道に面したあちらが本命やもしれぬのじゃ!」
「大広場に戻ろう! 母さんとアマリを守らなくっちゃ!」
プラーナを一度に大量にオド変換し、渾身の身体強化術を発揮して〈参道〉の石畳を北へと走り出した。中央大広場まで四公里はある。オドと体力の消耗したサーラ先生は、最早このスピードには着いてこれない。
「サーラ先生! サーラ先生は後から来て!」
「解った、先に行くのじゃ、ダルタ!」
月光に照らされた、人気の全くない街路にカツンカツンカツンカツン、僕の走る靴音が響く。いつの間にか西大門からの短連打の警鐘は聞こえなくなっていた。そのせいで焦燥が止まない。
急げ!
急げ!
急げ!!
カツンカツンカツンカツン、石畳を踏み鳴らし、歩幅を伸ばし回転を上げて速度を稼ぐ。
やがて遠くに大広場の入口が見えて来て、段々と人々のざわめきが聞こえて――否、あれは人々の悲鳴だ!
不安と怒りに駆られて飛ぶような速さで広場の入口に飛び込んだ僕の見たものは、怯えた表情で逃げ惑う人々、倒れて踏み潰され血に塗れた、元は人だったもの、そして逃げる人々を追い回す、見慣れぬ重鎧を着けた騎馬兵たちだった。
青白い月の下、黒々と光る異国風の鎧を着けた見知らぬ兵たちが、大きな軍馬を駆り立てて避難民を蹄に掛け、馬上から長剣で斬りつけていた。
母さんはどこ? アマリは無事なの? 僕は父さんの代わりに二人を守らなければいけなかったのに!
「母さん! アマリ! 何処なの、返事をして!」
大声で叫びながら惨劇の場を走り回った。倒れている遺体が女性であれば、抱き起こして顔を確かめ、違っていたことに安堵し、更に再び不安に駆られて別の遺体を抱き起こす。
腕も身体も血塗れになり、いつの間にか泣き叫んでいて、血と汗と泥と涙で顔もドロドロになっていた。
酷い、どうしてこんなことに。――許せない!
「なんだ、この小僧は? わんわん泣いてお母ちゃんがいなくて寂しいとよ!」
ガハハハと笑う声で顔を上げると、周囲を三騎の凶兵に囲まれていた。いつの間にか大広場には、この三騎以外には動いている者はいなくなってた。
「こんな小僧を殺しても手柄にはならんな。首に縄を付けて引きずっていって奴隷にでも売っぱらうか?」
「そうだな、汚れているが、洗えばちっとは可愛い顔になるんじゃねえか?」
「変態お貴族様の慰み者に献上すれば喜ばれるかもしれねえな」
馬上から勝手なことを言ってゲハゲハと笑っている下品な奴らに腹が立った。
なんだこいつらは? 立派な鎧を着て馬に跨ってるのに、吟遊詩人の謳う騎士様とはまるで違う。
「喧しい、邪魔をするな! そこを退け! 否、この町から出て行け!」
「おお、小僧が吠えたぞ! ではちょっと痛い目を見せて調教してやるか」
騎兵の一人が笑いながら剣を振り上げる。
強化された脚力で軽く跳んで躱し、腰の後ろに差してた剣を抜いて、逆に篭手の隙間に斬りつけてやった。
「うおおおぉっ、此奴め抵抗しやがって許さぬぞ!」
切りつけてきた兵が長剣を取り落し吠えた。
仲間が馬を操って僕に近づき長剣を振ってくる。振り返って右手の剣で相手の長剣を跳ね上げて、そのまま高く跳躍して馬の上に降り立ち、背後から左手で兜を掴み、鎧との隙間に剣を捩じ込んでやる。ズルッと剣を抜くと血が噴き出した。
初めて人を殺した。……だが、それがなんだと言うのか。こいつらは母さんを、アマリを、……町の皆を殺したんだ!
頭蓋の中味が怒りで膨れ上がり、赤い靄で満ちた気がした。視界も薄っすらと赤く見える。
首を刺された騎兵が馬からズルズルと崩れ落ち、ドタンと石畳にぶつかって兜の面覆いが外れる。そこから現れたのはケモノ族の顔だった。
作品あらすじとはまるで別物になってる件。
楽しくハッピーな物語にしたいと書いたな、――あれは嘘だ。
m(_ _;)mゴミンナサイ
後編はこのあと日曜日の零時に投稿します。