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第三章 15.魔獣遣い(後編)

 渾身の力で振り下ろした剣は男の極彩色の虎面を掠っただけだった。いや、その剣撃で仮面が割れて男の素顔が露わになったのだった。


「うわああぁっー! 何ということを。教主様より戴いた大切な虎神ミヒラの仮面が!」


 異形であった。牙を剥いた獣面以上の異形がそこにあった。


 男の左目は抉られたのか固く閉じて窪んでおり、鼻も耳も削ぎ落とされて醜い傷痕を晒していた。額には赤い石が埋め込まれている。


「許さぬ、許さぬぞお前ら! 手足を捩じ切って生きながら蜘蛛共に喰わしてやる。早く殺してくれと泣き叫ぶが良い。決して楽には死なせてやらんがな!」

 と叫んで、胸元から小さな笛を取り出し、息の限りに吹き鳴らした。


 なんだあれは? 怪我をした顔を仮面で隠していたんだろうか?


「外法なのじゃ! わかったぞ、ダルタ。奴めは目鼻耳などの感覚器官を故意に潰すことで残った感覚を鋭敏にし、無理矢理に第六識と末那識を強化覚醒させているのじゃ。その外法により〈使役〉のギフトを変異させ、羅刹蜘蛛ラクシャルタを操っていたに違いないのじゃ!」


 経典の教えによれば人の心の働きに五識があり、その上に六識、末那識、阿頼耶識があるそうだ。五識が眼識、耳識、鼻識、舌識、身識の外界を感知する心の働きで、それらを統括し整理して判断を下す第六識。さらには常に眠ることなく自我を認識し主張し続ける末那識に、前前前世から今生までのあらゆる業、行いの記録、知識が蓄えられている阿頼耶識だそうだ。よく解らんけど。


「そうじゃ! ダルタも感覚器官を潰して第六識や末那識を活性化させれば、もしかしたら魔法を使えるようになるかもなのじゃ!」


「嫌ですよ、そんなの!」


 吹き鳴らされた笛の音が蜘蛛達を誘き寄せるのか、城壁を乗り越え、蜘蛛糸にぶら下がって、次々と羅刹蜘蛛ラクシャルタの幼体が現れた。


「ええい、不味いのじゃダルタ! あれだけの数に加勢されては、この広い場所で二人だけでは手が足らんのじゃ」


「フハハハハ、今更怖じ気ついても許されると思うなよ! 子蜘蛛共で囲んでなぶり殺しにしてやる」


「ダルタ、ここは一旦退くのじゃ」

 二人で狭い路地に逃げ込もうとするも、奥の暗がりからも羅刹蜘蛛の幼体が二体湧いて出てくる。

「しまった、塞がれたのじゃ!」


「サーラ先生、僕がここで足留めをするから、その間に逃げて!」

 剣を構えて先生の前に立ち、路地の奥にいた二体を睨み付ける。

 身体強化した身体で機敏に動き回れば、この二体くらいなら一人でも相手に出来るよ。


「いや、広場も蜘蛛でいっぱいになってしまったのじゃ。その二匹を急いで倒して路地奥へ逃げるのじゃ!」


 オーン マハー インドラーヤー スヴァーハー!


 サーラ先生の詠唱とともに暗がりに稲妻が光り、蜘蛛どもが一瞬青白く光ってギギッと唸り、その動きを止めた。


 僕はすかさず剣を抜いて踊り掛かり、的確に急所に斬りつけた。父さんに貰い、もう何年も腰に下げ続けて、何千回と素振りをして身体の一部になったように馴染んでいる剣の刃が、外殻の継ぎ目に潜り込み、次々と羅刹蜘蛛ラクシャルタの命を断つ。


「さあ、行きましょう先生」

 振り返るとサーラ先生が路地にしゃがみ込み、大きく肩を上下して荒い息を吐いていた。


「だ、大丈夫ですか、サーラ先生?」


「ちと、オドを使い過ぎてしまったようなのじゃ。昨日、ダルタのプラーナ展開の検証でかなり魔力を使って、まだ完全回復はしておらんかったからの」


「ブワハハハハッ、小娘め、もうヘタばったのか、蜘蛛の餌にしてくれるわ」

 異形の蜘蛛遣いが手を振ると、広場に集まっていた羅刹蜘蛛ラクシャルタが、僕達を目掛けて路地に雪崩込んで来た!

 僕は最後まで抵抗してやろうと、剣を構えて広場側に立った。


「サーラ先生、ごめんなさい。それと、此処まで付き合ってくれてありがとう」


「ふん、何を弱気なことを言っておるのじゃ。さあ、ダルタよ。全力でプラーナ展開するのじゃ!」


「え!? プ、プラーナ全力展開!」

 目の前に迫った蜘蛛の爪を剣で受け止めながら、〈風〉のチャクラを全開放した。


 身体の中心から膨れ上がる見えないプラーナの球体が、僕とサーラ先生を包み込み、脚や爪を突き出していた蜘蛛達を吹き飛ばした。


「こ、これは?」


「魔獣が普通の獣より強く大きく硬いのはな、体内に魔結晶があり、大量のオドを蓄えておって、身体の維持や戦闘力の発揮に魔力を使っておるからなのじゃ。ダルタの濃厚なプラーナ展開なら、おそらく魔力を纏った魔獣の攻撃も防げるじゃろうと思っておったが、駄目で元々じゃったが成功して良かったのじゃ」

 と言うとニマッと笑った。


「もしかしたら妾も魔力がある故、一緒に吹き飛ばされてしまうかもと案じておったが、ダルタのプラーナ展開は害意の有る無しを峻別出来るのかもしれないのじゃ」


 僕がサーラ先生と話をしている間も、蜘蛛達が爪を突き立て、粘糸を飛ばして来るが、半径一公尋(ターカシ)程の空間には微塵も侵入出来てなかった。


「な、な、なんだとぉ!? 何故蜘蛛の攻撃が徹らないのか、この非常識な餓鬼どもめ」

 大蜘蛛の上に立ち上がった異形の男が、少し離れた場所からこちらを睨んで叫んでいた。


「さて、外側からの魔力攻撃は徹さないようだが、内側からはどうなのじゃろな? 検証してみたいところだが、魔力も乏しいし、ここは弓矢の出番なのじゃ」


 サーラ先生がずっと肩に担いでいた弓を構えて、腰の矢筒から抜いた矢を番えると、ビュンと音を立てて放った

 硬い外殻の蜘蛛になら効かなかったろうが、矢は一瞬にしてプラーナの層を突き抜け、狙い通りに命中した。異形の男は胸に矢を受けてもんどり返って見えなくなった。


 蜘蛛たちが一瞬どよめき、こちらへの注意がそれたところで、僕も足を踏み出して剣を振るう。けれど僕の動きに合わせてプラーナの球体も前方に動いてしまう。結果として体重の重い蜘蛛たちと押し合いになって、球体の中心から前へは進めず、剣も届かなかった。駄目だこりゃ!


 サーラ先生は更に異形の男が倒れた辺りに目掛けて、子蜘蛛たちの頭越しに曲射で追撃していたが、蜘蛛を〈使役〉する魔獣遣いの男は矢を受けながらも這いずって逃げたらしく、暫く後に羅刹蜘蛛ラクシャルタの群れが一斉に城壁を登って撤退して行った後には、もう姿を消してしまっていた。




マントラを神々やブッダを讃える祭詞と考えている神殿の神官たちとは違い、エルフ族にとってマントラは魔法を発動させるためのイメージ誘導、及び精神集中のための呪文に過ぎず、短縮詠唱による連続発動はクーリングタイムを削るため威力が減少してしまうとの認識です。

でももしかしたらダルタたち神官のように短縮せず詠唱し、心中できちんと敬意を込めて念じていたなら、神々の加護による威力増大を得られたのかもしれませんね。


次回は土曜日の夜に投稿します。

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