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第三章 12.羅刹蜘蛛来襲 (後編)

 今の今まで頭の何処かで、羅刹蜘蛛ラクシャルタは人を麻痺させて攫っていくのだと思い込んでいた。違う、こいつらは人間を殺して食べるんだ!


 急激に頭が熱くなり、剣を抜いて背後から跳び掛かった。


 背に跳び乗ると同時に、剣を頭と胴の境い目の硬い外殻の切れ目に差し込む。――はずだったが、頭部の裏にも付いてる蜘蛛の複数の目が、急襲を感知し、長い足を背後に伸ばして剣を防いだ。


 バランスを崩して羅刹蜘蛛ラクシャロタの背から落ちる。が、そのまま目の前にある柔らかい腹に剣を渾身の力で捩じ込んだ。


 ギシャワワーー


 羅刹蜘蛛ラクシャロタが哭き、暴れて飛び散る体液塗れになっても、そのまま剣を離さずに体側を横一文字に切り裂く。動かなくなった羅刹蜘蛛ラクシャロタの死骸を最大限に腕力を強化して押し退け、蜘蛛が齧りついていた人の遺体を、月明かりの下に引き出した。


 違う。父さんでも母さんでもアマリでもなかった。


 気が抜けてその場に座り込んでしまった。サーラ先生が心配そうな顔で近付いて来る。


「あまり無茶をするな、ダルタ。今のような場合は、遠くから妾の魔法で不意を突けたのじゃ」


羅刹蜘蛛ラクシャロタに喰われていたのが、もしかして家族の誰かかもって思ったら、我慢出来なかったんだ」


「まったく仕方のない奴なのじゃ。気持ちは解るが、緊急時こそ冷静に動けなければ、命が幾つあっても足らんぞ」


 オーン ヴァルナーヤー スヴァーハー


 サーラ先生がいつかのように水球を作り出して――でも前回よりはずっと優しく僕の顔に当てて――蜘蛛の体液に汚れた顔を洗い流してくれた。


「ありがとう、サーラ先生」


「スッキリしたかや? さあ先を急ぐのじゃ」


 まだ夜明けまでは間がある。ナマーナマーナマーハーと死者を悼む祭詞マントラを唱えて手を合わせ、そして月も差さない狭くて暗い路地をまた二人で走り出した。


 既に家から避難していたらしい僕の家族を探して、僕とサーラ先生は延々と続く狭い路地裏を通り抜けて、漸く開けた〈大通り〉に出て来ることが出来た。


 周囲を見回すと、荷物を抱えて三々五々になって避難する人達が目についた。だが南大門周辺ほど多くはない。

 町の北側に近い住人は夜中に鳴った警鐘に不安を掻き立てられはしたものの、家を捨てて逃げ出しはしなかったらしい。〈大通り〉よりも北側の住人は、南側より家も大きく裕福な人が多いしね。


 それに、大挙して南側から逃げて来た人達も疲れ果ててしまい、〈参道〉と〈大通り〉が交わる中央広場に座り込んでしまっているようだ。

 広場に通じる四つの入口には衛士が立ち、広場では避難民達に飲み物や軽食が振る舞われていた。


「ダルタ、こんなところに居たのか!」

 大広場の入口付近で見回りをしていたジーク兄さんに声を掛けられた。


「私は東の大門の様子を見に行ってたんだが、あちらは別段異常はないとのことなのでルマン様にトゥルパで報告したら、ダルタが飛び出して行ってしまったと聞かされたんだ。それから、避難民のいる中央広場の周囲の警戒を命じられたのだが、町中に羅刹蜘蛛ラクシャルタが何匹も侵入しているようだし、私もルマン様もダルタのことを心配していたんだぞ」


「ごめんなさい。僕、どうしても家の皆が心配で……」


「わかってる、お母さん達だろ? こっちの広場に来ているぞ」


「えっ、本当に!?」


「ああ、さっき会ってダルタが神殿から飛び出して行ったと話したら、皆とても心配していたぞ」


 急いで広場の中に入らせて貰う。月明かりに照らされた広場を見廻すと、大勢の人々が疲れた顔で座り込んでる中に、特徴的なオレンジ色の髪と黄色い髪がすぐに見つかった。


「母さん! アマリ!」


「お母さん、お母さん、お兄ちゃんがいた!」


「ダルタ、良かった! 無事だったのね?」


 昨日の昼に顔を合わせて一緒に御飯を食べていたというのに、まるで数年ぶりの再会のような気がした。

 良かった、やっと会えたよ!


「もー、お兄ちゃん、何処に行ってたのよ! お父さんもお母さんも心配してたんだからね!」


「ごめん、ごめん。南大門に襲撃があったと聞かされて、皆が心配で家まで行ってきたんだ」


「ダルタ。一緒にいる、そちらのお嬢さんはどなたなの? まあ、綺麗な金髪の可愛らしい娘さんだこと。でも人族ではないわよね。もしかしてドワ――」


「わ、わー、違うんだ。この人はサーラさんと言って、旅のエルフさんで、母さんたちを探すのを一緒に手伝ってくれてたんだ」


「えっ!? あ、あの、〈貴族〉なの? でも肌の色が……」


「うん、この人はあの〈貴族〉とは別のエルフ族なんだよ。そ、それで、父さんはどうしたの? 何処にいるの?」


「それがね、お兄ちゃん。さっき東西の大門から応援の衛士たちが来て南大門に行く時に、お父さんも一緒について行っちゃったんだよ。家の辺りにお兄ちゃんが来てるかもしれない、って」


「そんな……」


「あの人は、ダルタが神殿を飛び出したと聞いて、とても心配していてね。また行き違うといけないし、危ないからって止めたんだけど、衛士たちと一緒だから大丈夫だって言って……」


「よし、じゃあまた僕が迎えに行ってくるよ!」


「危ないわよ、ダルタ。ここで待っていた方がいいわ」

 母さんの明るい茶色の目が心配そうに細められた。


「母さん、大丈夫だよ。僕はラハンなんだ。一昨日も大きな蜘蛛を剣で何匹もやっつけたんだから、心配しないで!」


 サーラ先生と顔を見合わせて頷き合い、避難民がたくさんいる広場から〈参道〉へ向かった。


「お兄ちゃん、気をつけてね!」

 妹が叫んで大きく手を振ってる姿に僕も手を振り返すと、サーラ先生と一緒に南大門へと街路を走り出した。


 不思議といつまでも、何年経っても記憶に甦る場面ってあるものだ。

 月に照らされた広場で手を振る妹の小さな姿を、僕はこのあと何年も、時折り、ふと脳裡に思い浮かべることになるのだった。






第三章をようやく書き終えました。

次話は木曜日の夜に投稿します。

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