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第三章 13.襲撃の夜 (後編)

 カーンカーンカーン カーンカーンカーン カーンカーンカーン カーンカーンカーン――


 夜半、突然の鐘の連打で起こされた。窓の外はまだ夜の帳に沈んだままで、初冬の冷たい空気の中、もう数日で満月を迎える青白い月が雲の合間から顔を覗かせている。


 カーンカーンカーン カーンカーンカーン カーンカーンカーン――


 依然として打ち鳴らされている、普段聴いたことのない三点鐘に急かされながら、急いで寝台から飛び起きて神官服を頭から被り、ベルトを締めて靴を引っ掛けて部屋を飛び出した。


 途中でダーバ様やサーラ先生たちと合流し、薄い月の光が射している神殿の礼拝堂の前の広場に出た。僕らの他にも十数人の神官たちが広場には居て、何事があったのか、神殿内には異常は無いようだ、と声を掛け合っている。


 神官たちが集まったのを見計らったように、刻の塔で打ち鳴らされていた三点鐘が止んだ。礼拝堂の扉の前に従者を連れた神殿長様が立った。

 この御方はもう結構な御老体で、普段は礼拝堂に隣接する神殿長の房から滅多に出て来ないんだ。何事が起こるんだろうか? 

 皆が揃って跪くのに合わせて、僕も片膝を地面に着けて頭を下げた。


「夜分に皆を驚かせたようであるのォ。何やら町で異変が起きたらしく、遠くより警鐘が打ち鳴らされるのを、刻の塔で鐘番の神官が耳に捉えたのじャ。今、ラハンを差し向けたところなのじャ」


 町で異変だって!?

 驚く人々のざわめきを縫って、南方の遠くの空から、異変を報せる警鐘が小さく鳴ってるのを耳が捉えた。


 カンカンカン カンカンカン カンカンカン――


 僕と同様に耳を峙てていたらしいダーバ様が声を上げた。

「神殿長、この警鐘は南大門の方角からじゃ。これ程の短連打ともなれば、南大門が敵の襲撃を受けているに違いない!」


 町に異変? ……南大門が襲撃を受けているだって!?


「ダーバ様! 南大門から僕の家が近いんです。心配なので見に行ってきます!」

 と、ダーバ様に声を掛けて、後も見ずに飛び出した。


「あっ、待て! ダルタ! 武装をしてから行くのじゃ! 決して無理はするなよ!」

 

 ダーバ様の呼びかけを背中に聞きながら自室へと駆け出し、部屋に置いてあった父さんに貰った剣を掴み取り、そのまま窓から飛び出して神殿の大門を目指す。


 夜間は閉めきってある大門の片扉だけが小さく開かれて、ラハンたちが数人出入りしているのが見えた。


「待て、ダルタ! どこに行くんだ!」

 指揮を取っていたらしいルマン様が声を上げて制止した。


「南大門の近くに僕の家があるんです!」


「今、ラハンを南大門に三人、東西の大門に一人ずつ送り出したところだ。お前はまだ見習いなのだから、神殿で控えていなさい」


「で、でも、父さんと母さんと妹が心配なんです! 僕、様子を見に行って来ます!」

 と、焦る口調で答えるなりルマン様の脇をすり抜け、止めようとするラハンたちの腕を掻い潜って門外に走り出た。


 聖音の恩寵に(オーン)よりて何者も撃ち破る金剛力(ヴァラヴァジュラ)成就させ給え(スヴァーハー)


 門外に出たところで身体強化を発動する。町の北の外れの神殿から南大門まで約九公里(キロ)ある。普通に歩いたなら鐘一つ分は掛かるけれど、身体強化した脚力で駆けるなら砂時計で四半時間くらいだ。


 神殿の大門を出ると、月明かりの下、一面に林と畑が広がっているのが見えた。広大な城塞都市であるカーシナラ町は、南北に九公里(キロ)、東西に八公里(キロ)ほどの長さがあり、神殿の門前に接した北側四分の一程の一帯は緑化地域だ。住民の憩いの場であり、畑や牧場のある食料供給地帯でもある。

 神殿を囲む石壁の外側に広がる樫の木の森――その伐採が固く禁じられている――と同様に、神殿のすぐ門前まで住宅街が広がるのを大昔のマチュラ王が禁じたのだ。その中央には南大門までまっすぐ通じてる、石畳で舗装された〈参道〉が通ってる。ダッシュで駆け抜けようと足を早めたところで、すぐ隣から声が掛かった。


「妾も一緒に行くのじゃ!」


「……サーラ先生」


「妾は長い時間走るのは苦手じゃがの、この町の端から端まで駆け抜けるくらいは大丈夫なのじゃ」

 と言って、身体強化で走る僕の隣で月の光を浴びて金髪を輝かせ、ニマッと笑った。


 青白い月の光に照らされた街路をサーラ先生と一緒に走る。僕は剣を持ち、サーラ先生は弓と矢筒を装備している。


 緑化地域を抜けて町並みに差し掛かると、神殿から南へ延びる〈参道〉の両側には商店などの大きな建物が並んでいるが、その住人たちが窓から顔を出して不安そうな顔を覗かしていた。街路にも幾人もの男たちが姿を見せており、南大門の方角を指差しながら、何事か口々に語らっている。

 尋常ではない速さで駆け抜ける僕とサーラ先生に驚き、罵り声を上げる者もいた。


 中央大広場を過ぎて南大門が近づく程に街路には人が多くなり、姦しい叫び声が溢れ、人波を躱して進むのが困難になってきた。もう走って行くのは無理だな。


 いや、彼らの多くは南大門付近から逃げ出して来た避難者だったのだ。

 それぞれに荷物を抱え、子供の手を引き、早く逃げるんだと声をあげ、逸れた家族の名前を呼び叫んでいた。


 父さん母さん、アマリは大丈夫だろうか?

 焦りで頭が白くなり、北へと向かう人波に強引に逆らい、人混みを掻き分け、隙間に身を捩じ込み、怒鳴られ、肩をぶつけられながらも南に向かった。


 ようやくに避難民の群れを乗り越えて、人通りが幾らか減った街路を進み、南大門前の広場の入り口に立って、視線を数十尋前方の上空に向けた。


 強化された視界には、城壁の上に衛士たちが立って盾と槍を構え、町の外から切り立った外壁を登ってくる黒々とした人間大の塊に、月明かりに白く光る穂先を突きつけている姿が見えた。――羅刹蜘蛛ラクシャルタだ!




9公里≒9㎞です。砂時計の四半時間は約15分。

身体強化のダルタ君が約9㎞を15分で走ってしまうということなので、時速が約36㎞/hになります。


グーグル先生によると一般的な馬は早足(速歩)で時速15㎞、駆け足(駈歩)で時速30㎞、全速力(襲歩)だと時速60㎞だそうです。でも駈歩で30分、襲歩で5分くらいしかもたないのだとか。


ダルタ君の足が馬の駈け足よりも少し速くなってしまいますが、陸上のウサイン・ボルトさんは時速45㎞くらい出してるそうなので、まあ、魔法的な全身強化術を使ってのことだし、このくらいなら「あり」なんじゃないかと。

ちなみに、サーラさんは身体強化は使えません。地力でダルタの速さに合わせて走っちゃいます。森のエルフの体力はマジ半端ねえです。流石はドワ…………。


いつもお読みいただきありがとう御座います。もしよろしかったら画面の下の方にある☆をポチポチっと評価などしていただけると、とても励みになります。


次回は水曜日の夜に投稿します。

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