第三章 13.襲撃の夜 (前編)
042 第三章 13.襲撃の夜
「おお、そうでしたか。ダルタは魔法を使えませんでしたか。それは残念でしたな」
ダーバ様の房でサーラ先生も加わっての夕食会の最中だ。と言っても特別の御馳走が並んでる訳ではなくて、歓迎の気持ちで、いつもよりちょびっと盛りが良くなってるだけだけどね。
「じゃがの、ダルタは面白いことをやってのけたのじゃ。なんと大量のプラーナを周囲に放射して展開することでな、妾の放った魔法を防いで見せたのじゃ!」
「おお、それはなんとも見物でありましたな。その場に居らなかったのが残念ですじゃ。この子はギフト持ちの神子で、小さな頃より他者とは一味違った輝きを見せておりましたのじゃ。いずれはひとかどの者になるかと大事に育てており、神殿参りで弟子入りが決まった頃は早熟な利発さがありました。だがちと大事に可愛がり過ぎたせいか、来年には数えで十六歳になり成人だと言うのに、今ではどうにも年齢よりも幼げな言動のままでしてな」
「えーっ、御師匠様、僕、そんなに幼い感じですか? これでもお兄ちゃんなんですよ!」
変だなぁ。前世でも五歳の成犬だったから、人生経験も見かけの年齢より積んでるはずなんですけど。
「ダルタや、そういうところだぞ。……まあ、両親も子煩悩でこの子を可愛がっておるでな。周囲にはあまり同年齢の者がおらず、大人たちからは猫可愛がりされていたせいかも知れぬ。サーラさんという同じ年頃だが、大人びている相手と切磋琢磨するようになれば、この子も成長するのではと期待しておりますぞ」
「同年代ではないぞ。妾はダルタよりもずっとずっと年上のお姉さんなのじゃ。まあ、妾たちの種族は人族よりも何倍も長寿じゃから若く見えても仕方がないが、ダルタのことは宜しく指導してあげるのじゃ」
「さすがはどわ、ンホン――エルフ族ですな。見かけに寄らぬ知見をお持ちで頼もしい限りですじゃ」
「ん?」
「あ、あの、サーラさん! ところで先程の魔法を防いだと言うお話ですが、少し宜しいですかな?」
筆頭従者のトンボ先輩が声を張りあげて話題を元に戻した。
「魔法とはロゴスの民の中ではエルフ族にしか使えぬ、世界に干渉する神力の一種と聞き及びますが、そのような強力な力がなぜダルタに防がれてしまったのでしょうか?」
「そうなのじゃ。まだ詳しい検証は出来ておらぬのじゃが、妾たちが魔法を顕現させる魔力とはな、元々エルフが持つ生命エネルギーを練ったもので、これをオドとも呼んでおるのじゃ。この生命エネルギーと天地に遍在するプラーナは、どちらも似たような性質を持っておるようなのじゃ」
「神殿の教えでは、天地を巡るプラーナにより万物は構成され、命を芽生えさせると言われておりますな。生き物は須らく体内にプラーナを巡らせており、これが欠乏すると体調を崩したり病気になったりするのじゃと」
ダーバ様も興味深げに話に加わって来る。
「これまでエルフ族では、天地の自然エネルギーであるプラーナを取り込んで健康維持や魔力の回復に役立てようという者はおらんかったのじゃ。だがこの度、ダルタがプラーナをオドに変換したのを見たことで、妾も新たな気づきを得たのじゃ。要するに、魔力の素となる生命エネルギーも天地のプラーナも同質のエネルギーなのじゃから、今回ダルタが魔法を防いで見せたことは、例えて言うなら、大きな池にコップの水を投げ入れても、池の中で泳ぐ魚には何の影響も無いということなのじゃろか」
「興味深い話ですじゃ。そうしますと、ラハンたちにはプラーナ操作に長けた者たちが多く居ます故、周囲にプラーナを展開する修練を積ませることで、魔力を持つ魔獣との対峙に役立てられるかも知れぬのぉ」
「まあ今回のことは、ダルタ程のずば抜けて豊富なプラーナを操れる者でないと、成功はしなかったと妾は思うのじゃがの」
「そうでしたな。ダルタは神殿でも屈指のプラーナ量を誇る、竜脈に愛された者ですのじゃ。それに――」
ダーバ様やトンボ先輩を交えたサーラ先生とのプラーナ論議は、食卓のランプの明かりの下で長々と続いたが、地の一刻鐘の重く響く音を聞いて漸く御開きとなった。僕ももう眠かったから、ほっとしたよ。
来年の夏の誕生季でダルタ君は成人の16歳を迎えるんですが、いつまでも子供子供した口調だなぁと。
現在は数えで15歳ですからね、満年齢に直すとまだ14歳なんだけど、こっちの世界では大人の一歩手前な年齢な訳で、前世の犬の年齢も加算されてるはずなのに、精神的にまるで成長してないなぁとこんな会話に。
これはちょっと成長の後押しをしてやらんと、などと悪魔のような作者は考え――。
後編はこのあと月曜日の零時に投稿します。