第三章 12.魔法の手解き (前編)
サーラ先生が食事を済ませて満腹になり、一休みした後に頃合いを見計らって、神殿の中庭で魔法を教えてもらうことになった。
先程、火の三刻鐘が鳴ったばかりだ。まだ日暮れまではだいぶ間がある天気の良い午後で、陽の当たる中庭はぽかぽかと暖かく、風もなく過ごしやすかった。
「魔法と言うものはの、体内のオドを意識的に体外に放射して世界に干渉する技なのじゃ。このオドのことを魔力とも言う。確固たる自然法則で織り成されておる物質界に、己の色に染まったエネルギーであるオドをぶつけることで、新たな綾模様を発生させることなのじゃ」
すでに織り上げられている物質世界に干渉し、己の意に沿った綾模様を発生させるためには、ある一定以上のオドエネルギーを放射せねばならず、生まれつき魔力量の少ない人族では魔法を使えないらしい。
「じゃが、妾の見たところダルタの魔力量はエルフ族と遜色ないのじゃ。それだけのオドを意のままに操ることさえ出来たなら、世界に自在に干渉し、魔法現象を引き起こすことも不可能ではないはず。……なのじゃが」
「あれ? あれっ?」
先程から教わった通りにオドを指先に集積して圧力を高め、濃密な球体にして体外に打ち出そうと念じているのに、僕の感覚では指先からチョロチョロと水漏れするように、オドが集まる端から零れ出て、そのまま空気に溶けて消えてしまっているのだ。
あれれ? 上手くいきませんよ?
「ダルタよ、イメージ誘導が大切なのじゃ。水神ヴァルナのマントラを丁寧に気持ちを込めて唱えるのじゃ!」
いきなり炎が出てきたりしては危険なので、魔法の初心者はヴァルナ様を讃える祭詞で、水を生成する魔法の修練から始めるのだそうだ。
大きく息を吸い込み、四大御柱である水神ヴァルナ様への敬意を込めて、今日何度目かになるマントラの詠唱を、今まで以上に丁寧に唱え始めた。
「聖音の恩寵によりて水天ヴァルナ様の御業を現し給え」
指先にオドが集まるものの充分な集積が成される前にトポトポと漏れ出し霧散した。
「もっとじゃ、もっと気持ちを込めてイメージを高めるのじゃ!」
「聖音の恩寵によりて大いなる水天ヴァルナ様の御業を現し給え!」
「駄目なのじゃ。もっと色々と集中して、身命を賭けて祈るのじゃ!」
体内のプラーナを掻き集めて大量のオドへと変換し、更なる精神集中をしてオドを指先へと集中させる。
「遍く諸尊のブッダに身命を捧げ奉る、大いなる水天ヴァルナ様の御業を現し給え!」
一瞬、指先に痛いほどにオド圧が高まり、やがて熱を持って空気が震えるかのような陽炎が僕の指先の前方の空間に投影されたかと思うと、ジュワ~っと白い湯気が立ち昇り、そして消えた。
息を顰めて立ち合っていたサーラ先生が、大きく息を吐き出し小さく呟いた。
「――ハァーッ、ダルタよ……そなたは魔法の才能がないようなのじゃ」
「えっ、そんなー!」
「それだけのオド量を持ちながらも、魔法の顕現が出来ぬとは、やはり人族には無理なんじゃろうか。身体の構造とか何かが、エルフ族とは違うのかもなのじゃ」
「ぼ、僕、もう一度やってみます!」
さらにオドを指先に集積しようとして、既にオド量が空っぽに近くなっているのに気がついた。何度もプラーナから変換していたせいで、体内のプラーナ圧も低下している。
「ダルタよ、今日はもう無理せんで止めておけ。魔法の発動こそ成功してないが、かなりのオドを消耗しておるはずなのじゃ。オドの全回復には一昼夜は掛かるであろ。無理をすると気を失ったり動けなくなってしまうのじゃ」
「僕はまだ大丈夫です、サーラ先生! オドもすぐに回復させますから!」
せっかく魔法を教えてくれているサーラ先生を待たせているんだ。ゆっくり時間を掛けて〈地〉のチャクラからプラーナを吸い上げてる暇はないよね?
神代語は四面の創造神バジーナ様が世界創造の折に四つの口から紡ぎ出した聖なる言語だと言われています。ただし現在では話す者のいない死滅語で、経典に記されたマントラや、人間種(ロゴスの民)の脅威として古代から伝わっている魔獣の名前などに細々と残されているのみである。
神代語は神の口から発せられたその音のみが残されており文字は存在しない。時代時代でその当世に使用されている文字で音を書き留めています。
一つ一つの音は広範な意味を含むが、長年の研究によりその大意も判明しており、経典のマントラにはその音と対応する訳文が添えられている。ダルタたち神官がマントラを詠唱する時は、心の中で意味を念じながら、口では神代語の音を諳んじてます。
尚、神代語がサンスクリット語に似ているのはブッダ様の思し召しだと思います。
分割投稿です。後編は土曜日の零時に投稿します。