第三章 11.神聖バールーク王国 (前編)
予定より一日早く投稿……どうも最近は曜日の感覚がね、ちょっと(汗)
翌日、自宅でお昼ご飯を済ましてから早めに神殿に戻った。通常は夕方の御勤めがある風の一刻鐘までに戻れば良いのだけれど、サーラ先生に午後なら神殿に居るって言っちゃったからね
昨夜は閉門を過ぎた時間に帰宅したものだから、僕が初めて町から出て狩りに行ったのを案じていた家族皆に心配されちゃったよ。予定より遠くの森まで行ったからだと説明しておいた。
妹のアマリは、なにか魔獣の素材のお土産があるものだと期待してたみたいで残念がっていたよ。
でも、大きい蜘蛛の魔獣がいっぱいいて、村の人が糸でぐるぐる巻きにされて捕まってたと話したら、蜘蛛の嫌いなアマリはとても怖がってた。昨夜は怖くてなかなか眠れなかったらしい。今朝はいつもより遅く起き出してきて、お兄ちゃんのせいで眠れなかったんだからね、と文句を言われた。アマリ可愛いよアマリ、はぁはぁ!
神殿に戻り御師匠様のダーバ様に出仕の挨拶をする。
「ダルタよ、ルマンから聞いたが、昨日は大変だったようだな」
「はい、橋守りさんからノジーハ村の人が三日前から来なくなったと聞いて、村まで行ってみたら羅刹蜘蛛の群れに村人全員が拐われてたんです。なんとか巣を探して助け出すことが出来ましたが、既に四割近くの人たちが蜘蛛に……」
「たいそう痛ましい事件じゃったが、ダルタたちがたまたま魔獣狩りに出ておらんかったなら、村人全員が生きては戻れなかったろうの。生き残った者たちがおることを喜ぶべきじゃろう」
ダーバ様が小さな声で、ナマーナマーナマーハーと死者を悼む祭詞を唱えた。
「ところで羅刹蜘蛛の群れには雌の蜘蛛が何匹もいたそうじゃの? ルマンが妙な事だと、たいそう気にしておったわ。群れが人為的に操られていた可能性もあるということで、神殿長も昨夜遅くに、王都に急報を送ったのじゃ」
「あの群れが操られていたとして、いったい誰が村を襲わせたりしたのでしょうか?」
「さあて、解らぬ。辺境を荒らす賊の仕業やも知れん。それに、ここは国境が近いしの。隣国の神聖バールーク王国が領土的野心を抱いておるという不穏な噂もある。もしやとは思うが……」
神聖バールーク王国は熊神バハルークによって建国されたという伝説をもつ国だ。初代マチュラ王の時代に併合されて大マチュラ王国の一部となっていたのだが、三百年ほど前に独立し現在に至る。噂では奇妙なトーテムポールを崇拝する宗教国家らしい。
考え込んだダーバ様の側で立ち尽くしていると、房の前庭に誰かが入り込んだ気配がして、大声で僕を呼ばわる声が聞こえてきた。
「おおーい、ダルタはおらぬのか? 妾なのじゃ!」
「あっ、サーラ先生だ。ダーバ様、昨日助けた村人たちと一緒に蜘蛛に捕まっていたエルフのサーラ先生です。今日、神殿に訪ねてくる約束をしてたんです」
「なに、〈貴族〉じゃと!? 聞いた話では、ドワーフの娘が捕まっておったとかいう――」
「だーれが、土矮夫じゃ! 妾は正真正銘、森のエルフなのじゃ! 我が一族を土矮夫と呼ぶのは最大の侮辱なのじゃ!」
褐色の肌に金髪碧眼のサーラ先生が、眉を吊り上げ怖い顔をして窓をよじ登って部屋に入って来た。革の鞄を背負い、左手に弓を腰に矢筒を下げている。
部屋の入り口はそこじゃないんだけどな。
数千年ぶりに空から戻って来たエルフたちが地表の森の奥でスローライフしていたエルフたちを見つけて、自分たちの外見とのあまりの差異に、同族とは認めず土矮夫とか堕悪エルフ呼ばわりしました。また人族とはほとんど接点を持たずに暮らしてきた森のエルフたちとは違い、空から戻って来たエルフたちの一部は〈貴族〉と名乗って人族に干渉しているため、ドワーフやダークエルフという蔑称が人族の間にも広まってしまいました。
森で褐色の肌の笹穂耳の人を見掛けてもドワーフ呼ばわりしてはいけません。
分割投稿です。後編はこのあと水曜日零時に投稿します。