第三章 10.戦い終えて日が暮れて (前編)
村人たちを村まで送り届けた後で、ルマン様とジーク兄さんと僕は、町から来た冒険者たちを引き連れて、羅刹蜘蛛の巣を検分しに森に戻ることになった。サーラ先生は、疲れたからと村でお留守番だ。
ラハンたちもルマン様の他に四人が救援のために来てくれていたけれど、拐われた村人たちが戻り、ジーク兄さんと僕の無事な顔を見れたということで、町の衛士たちと一緒に町に帰って行った。門番の交代とか御神体の警護とかあるからね。
羅刹蜘蛛の巣への道を辿る途中で、捜索中にジーク兄さんと僕で倒した目無し猪と人喰い兎の死骸を回収した。これは冒険者の皆さんへの御足労賃として譲ることになった。肉とか皮とか角とか牙とか魔結晶とか、色々な素材が採れてお金になるそうだ。
さらに薄暗い森の中を進んで、羅刹蜘蛛の死骸を三匹見つけた。最初に倒した羅刹蜘蛛の死骸のところで、ジーク兄さんが松明を翳してルマン様や冒険者たちに説明をする。
「拐われた村人たちの痕跡を辿って巣を探していた時に襲い掛かってきた奴です。見てください、雌の羅刹蜘蛛です」
「確かに雌の幼体だな。こいつを見て成虫の母蜘蛛が居ない群れだと判断した訳だな?」
ルマン様が死骸を検めながら尋ねた。
「はい、通常なら羅刹蜘蛛の群れは大きな母蜘蛛と雄の子蜘蛛で構成されますが、雌の子蜘蛛が居たことで、変異的な群れで母蜘蛛は居らず、ダルタと二人でもなんとかなると判断しました。ダルタのトゥルパによる偵察でも母蜘蛛は見当たらず、巣の中には子蜘蛛だけでしたし」
「ふーむ、奇妙なことがあるものだな。羅刹蜘蛛が群れを作ることですら滅多にないというのに、成虫の母蜘蛛が居らずに雌と雄の幼体が混じった群れだとはな」
「ラハン様。母蜘蛛が統率してる訳でもないのに、羅刹蜘蛛が共食いもせずに群れで動いてるなんて普通じゃないですよ。質の悪い奴らが〈使役〉してたってことはないですかね?」
冒険者たちの一人が厳しい顔で言った。
「今回の騒動が人為的なものだったと言うのかね?」
「動物を手懐ける〈使役〉のギフトで魔獣が馴らせるのかは解りませんがね」
「そうだな。魔獣を〈使役〉するなんて私も聞いたことはないが、今回の件はただの魔獣による襲撃事件ではないかも知れん。神殿長に報告しておこう」
三匹の羅刹蜘蛛の解体に冒険者を二人残して、さらに森の奥へと進み巣の残骸がある場所に到着した。
「ルマン様、ここが村人たちが捕らわれていた羅刹蜘蛛の巣です。子蜘蛛が六匹いて、雌も混じっていました」
ジーク兄さんが羅刹蜘蛛の死骸を指し示しながら説明をする。
「松明で巣を焼き崩して、子蜘蛛が飛び出してきたところをダルタと二人で仕留めたんです。ダルタは今回が初めての魔獣狩りでしたが、よく働いてくれましたよ」
「ジークもダルタもよくやったな。救援を待っていたら村人の被害はもっと増えてただろう。母蜘蛛が居なかったとはいえ、二人だけで羅刹蜘蛛の群れを殲滅するとは大したものだ。
さて、今回の異変を報告するために、我々ラハンは急いで神殿に戻るとする。後の始末は冒険者の皆に任せても良いか?」
「ええ、羅刹蜘蛛の解体は俺たちでやっておきますよ。日が落ちるまでには終わるでしょうし、今晩は村に泊めて貰いますから」と冒険者のリーダーが答える。
「では神殿からの見舞いとして、羅刹蜘蛛三匹分の素材を村に渡してやって欲しい。三匹分は冒険者の皆で分けてくれてよい。残りは神殿まで届けてくれるよう頼む」
僕たちは先にカーシナラの町に帰ることになった。森を出ると夕暮れ近くなっていた。お日様の高さからすると、もう風の一刻鐘は過ぎてるみたいだね。
古来より人間種(ロゴスの民)にとって脅威であった魔獣の名前は太古の神代語名のまま伝わっていることが多いです。
モハヴァラーハ[目無し猪] モーハ[三毒の癡(無明)]+ ヴァラーハ[猪]
全身が弛んだ分厚い硬い外皮で覆われた大きな猪のような魔獣。顔面も垂れ下がった幾重ものヒダで目が隠れている。強力な顎にはたくさんの長い牙があり、噛まれると死ぬ。
ヤクーシャシャ[人喰い兎] ヤクーサ[人食い鬼]+ シャシャ[兎]
犬くらいの大きさの凶暴な肉食兎。素早く飛び跳ねて額の角で攻撃してくる。刺されると死ぬ。
ラクシャルタ[羅刹蜘蛛] ラクーシャ[鬼神]+ ルータ[毒蜘蛛]
成長すると小屋くらいの大きさになる災厄級の蜘蛛型の魔獣。全身が黒く背中に赤と黄色の斑紋や筋が入ってて女の顔のような模様になってる。噛まれると痺れる。見つけたら幼体のうちに駆除すること。
尚、神代語がサンスクリット語に似ているのはたぶん偶然である。
後編はこのあと日曜日の零時に投稿します。