第三章 9.魔法 (前編)
「ところで、オヌシの名前はなんと言うのじゃ」
「僕はカーシナラの町のゴーハンとマーヤの子ダルタです」
「カーシナラのダルタじゃな? 妾の名前は黒の森のエルフ族のサーラなのじゃ。サーラと名前を呼んでも良いぞ?」
「ありがとう、サーラさん。その、すごいですね、魔法が使えるなんて!」
「まあな、妾は魔法は得意なのじゃ。 だいたいの魔法は自在に使えるし、一族の中でも魔力が多い方だと言われてるのじゃ!」
「とってもすごいです! 僕、魔法なんて初めて見ました。あの、さっき唱えたのはヴァルナ神の祭詞でしたよね。あのマントラで魔法が使えるなんて思いもしませんでした」
「魔法に必要なのは魔力とイメージなのじゃ。ヴァルナ神は水を司る四大御柱の神ゆえ、水魔法を使うときのイメージ誘導にちょうど良いのじゃ。
しかし、片田舎の無学な子供かと思っておったが、ヴァルナ神を讃えるマントラを知っているとは、なかなか侮れぬのじゃ。――ん? そうか、オヌシのその衣装はブッダ様の信徒服じゃな。人族でありながら、妾の一族の御先祖様である上古のエルフのブッダ様を信奉しているとは、なかなか感心な子供なのじゃ!」
「えぇーっ? ブッダ様って上古のエルフだったんですか!?」
「何を当たり前のことを言っておるのじゃ? オヌシもブッダ様の信徒であるなら、ブッダ様の像や絵姿を見たこともあろう。見目麗しき御尊顔はエルフ族そのものではないか。それに耳はどうなっておったか? 妾と同じ長い笹穂耳ではなかったか?」
え、えーと、どうだったかな?
「そう言えば、とても長い耳をしてたように思います。でも尖ってはなくて、耳朶がびろーんって垂れてたような……」
「……人族は短命じゃからの。初代ブッダ様が御降臨された三万年以上も昔のことをちゃんと覚えておる者がおらず、言い伝えなどが少しずつ変容して、ブッダ様の絵姿の耳も、上ではなく下に長くなってしまったのではないのか? オヌシ、今度ちゃんと描き直しておくのじゃぞ?」
えーっ! 勝手に描き直したりしたら、怒られちゃわないかな?
「おーい、ダルタ。ルマン様たちが村に来ているぞ」
ジーク兄さんが村に向かって大きく手を振る。向こうからも誰かが手を振り返しているのが見えた。
体内のプラーナを少し〈炉〉のチャクラに取り込んで、オドに変換しながら目に力を籠める。
ルマン様やラハンの皆が村にいてこちらに手を振っている。
ジーク兄さんの頭上では薄く閃くモノが見えた。トゥルパが戻ってきたのかな?
「皆さん、町から救援の人たちが村まで来てます。さあ、村に入りましょう」
ジーク兄さんが疲れ果てている村人たちを鼓舞して、村へと先導する。皆も顔を上げ、村の我が家へ帰れることで、少し顔色が明るくなったようだった。
しかし、サーラさんは本当に人族よりも頑強みたいだな。森で癒しを掛けてあげた後は、身体強化術を使っている僕たちと同じくらい元気に歩いていたし。それとも、彼女も身体強化術を使って歩いてたんだろうか?
人族に伝わる伝承とエルフ族の伝承は細かいところが違ってたりします。人族の間では初代ブッダ様も人間です。
日本では整った顔立ちにスッキリした体つきの弥勒仏が、中国ではニヤケ顔に太鼓腹の布袋様になってるみたいな?
第二章9話で〈貴族〉もブッダの信徒には配慮しないといけない盟約があるとか話していたのは、エルフ族の間でもハイエルフのブッダ様の教えが尊重されているためですね。「下賤の民だが上古のエルフのブッダ様を崇めているとは感心な奴らよ、褒めて遣わす」とかお褒めの言葉でも貰ったのを、人族では盟約によりブッダの信徒は配慮されるとか伝わっているのでしょうか。
分割投稿です。続きはこの後、木曜日零時に投稿します。




