第三章 7.ラクシャルタ (後編)
木々の間に張り巡らされ巣を固定していた糸が溶けて消えることで、大きなテントを幾つも連ねたような巣が潰れ始めて、羅刹蜘蛛が慌てたように出入口から飛び出してきた。
背後に回られないよう気を付けながら、巣から出て来たところを待ち構えて、ジーク兄さんと交互に、一匹一匹、切りつけ、突き刺し、止めを差していく。
思ったよりも楽勝だったかも、と思いながら四匹目に止めを差した――その時、左手の離れた場所の巣の壁に穴が開いて別の羅刹蜘蛛が飛び出してきた!
咄嗟に左手の松明を突きつけて長い前脚の初撃をかわす。鋭い爪が松明を粉砕して火の粉が舞い散り、松明が消し飛ばされてしまう。バックステップで二撃目をかわし、脚を引き戻すのに合わせて自分から踏み込み、剣で脚の付け根に斬りつけた。
足は硬い外殼に覆われているが、関節の隙間に剣を捩じ込み切り落とす。
素早く左手に掴んだバックラーで、別の脚を殴りつけながら尚も剣を振るい、もう一本の脚を切り落として出来た隙間に強引に踏み込んで、柔らかい腹に剣を突き刺した。
ギシャアアアアアー!
腹を刺された痛みから羅刹蜘蛛が悲鳴を上げ、開いた口からだらだらと毒液を溢す。毒を被らないように素早く身をかわし、強化された脚力で宙に高く跳び上がって、羅刹蜘蛛の頭の上から全体重を掛けるようにして剣で刺し貫いた。
「ふーっ、びっくりしたー!」
と、息を吐き、他に敵がいないか周囲を見渡すと、巣の反対側の離れた場所で、最後の一匹にジーク兄さんが止めを差したところだった。
「怪我はないかい、ダルタ?」
「大丈夫です。いきなり別のところからもラクシャルタが飛び出して来て、凄くびっくりしたけど、なんとか倒すことが出来ました」
「出入口は複数あったようだね。こっちの穴からも出て来たのを始末したよ」
今しがた倒したばかりの羅刹蜘蛛を、ジーク兄さんが松明で照らしてじっと見ている。
「ふーむ、これも雌蜘蛛だな。珍しいこともあるもんだ。まあいいや。ダルタ、村人たちを助けようか」
松明で糸を焼き切り、巣を壊しながら、糸でぐるぐる巻きにされてる村人たちを、巣の外の開けた場所へ運び出した。
繭を切り開いて捕らわれてた人たちを助け出す。まだ麻痺毒が回ってるのか、繭から出されても青白い顔でろくに動けないでいる村人に順番に〈再生〉のギフトを使って癒しを掛け、解毒の祭詞も唱えておく。
聖音の恩寵によりて大いなる孔雀王母の浄化の笑みを賜わらん
蜘蛛に噛まれた場所は、皮膚が破れて血が滲んでいたので、〈再生〉で皮膚や肉を修復しプラーナを注ぎ込んでおく。
「ダルタ、この繭玉で最後のようだ」
ジーク兄さんが最後に運び出して来た繭玉を、中身を傷つけないよう慎重に切り開き、癒しを掛けながら引き剥がした。
中から出て来たのは、僕より少し年下に見える背格好の女の子だった。緑色に染めた革の上着に銀色の金属で出来た胸甲を着け、ゆったりとした白い布のズボンに茶色の革のブーツを履いている。
肩口で切り揃えられた金髪に褐色の肌。まだ意識が朦朧としてるのか薄く開いた瞼から覗く青い瞳。目鼻立ちの整った顔をしているが、まだどことなく幼さも感じられる体型。
そして、笹穂のような長い耳。
……ん? 長い耳!?