第三章 6.魔獣狩り (前編)
村には十軒くらい家が建っていた。おそらく村の人口は五十人前後だろうか。
人気が一切感じられぬ家々の戸を押し開けて、薄暗い屋内を覗き込んでみた。明るい屋外から急に日の当たらない室内に入ったが、目を暗がりに慣らさずとも、身体強化のお陰で視界もバッチリだ。どの家もつい数日前までは人が暮らしていたようで、家財道具はそのまま残され、食卓には皿やコップが置かれたままで団欒の痕が残されている。
中には椅子が倒されて割れたコップが床に散らばるなどの乱れた様子の家もあったが、略奪の様相は見受けられず、大きな血の染みなどの乱暴狼藉の痕跡も見当たらなかった。
「ジーク兄さん、いったい何があったんだと思いますか?」
「村の者を一人も逃すことなく拐って行くような、大規模な盗賊団がこの辺りに来てるなんて話は聞いたことがないし、第一、金目の物には手をつけてないようだ」
「悪党の仕業ではないとすれば、やっぱり魔獣とかに襲われたのでしょうか」
何か手掛かりがないかと室内を探し、倒れていた椅子を起こそうとしたら、何か白くてネバネバしたものが手に付いた。なんだこれ?
「ジーク兄さん、ちょっとこれを見てください!」
「ふーむ、蜘蛛の糸みたいだな。蜘蛛の魔獣の中には捕らえた獲物を死なせないように麻痺させて、糸でぐるぐる巻きにして保存食にするのがいるんだ。もしかしたらそんな奴が村を襲ったのかも知れない」
「生きたまま捕まえられたなら、急いで助けに行けば皆助かるかも!」
「まあ、待て! 村人を何十人も担いで拐って行くような大型の魔獣だ。何匹居るかもわからないし、正直言って、そんな大物に出くわすとは想像もしてなかった。私たち二人だけでは分が悪い。救援を呼ぶべきだ」
「でも、町まではどんなに急いでも、片道で一刻半は掛かりますよ!」
「落ち着け、ダルタ。こういう時のためにトゥルパを育てているんだろ。ガーリー川を越えて真っ直ぐに町まで飛ばせば、半刻足らずで神殿のルマン様のところに着くだろう」
そうだった。トゥルパを使えば離れた場所にいるラハン同士でもメッセージを伝えられるんだった。
「私の鳥型のトゥルパの方がダルタの金魚より速く飛べるからな」
そう言うと、ジーク兄さんの背後から小さな影が飛び出し、東の空へと翔んで行った。――ような気がした。
他人のトゥルパって、普通は目には見えないんだよね。でも最近はなんとなく、ダーバ様やラハン様たちがトゥルパを動かすと、その気配を感じるような気がする。
うちの金魚が最近デブっと太って――おっと、頭の上から睨まれた気がする――じゃなくて、大きく成長してきてお利口になったからかな?
「村の中には巣が見当たらないところを見ると、おそらく森の奥に巣を作って繭玉を保存してるんだろう。応援を待ってる間に、偵察して巣を探しておこう」
数十人もの村人を拐って行ったのだ。何かしら痕跡があるだろうと、森の入り口を探して、森の下草の中に足跡を見つけた。重いものを幾つも引きずった痕もある。
「この足跡を見るとかなり大型の蜘蛛だな。おそらく夕暮れの薄暗い時間帯にでも村に侵入してきて、開いてる窓や扉からコッソリと入り込んで、食事時の村人を襲ったんだろう。
奴らの使う蜘蛛毒には麻痺もあるから、素早く背後から襲われて噛まれれば、悲鳴をあげて助けを呼ぶ暇もない。蜘蛛はそうやって静かに獲物を捕まえるんだ」
「何匹くらいいるんでしょうか?」
「わからん。蜘蛛はあまり群れを作らないものだが、母蜘蛛が子を産んで使役している可能性もある。子蜘蛛でも人を担いだり引きずったり出来るくらいの大きさだとすると、母蜘蛛は相当大きいぞ」
ううっ、人より大きい蜘蛛とかちょっと怖いかも。
ちょっと長いかもと思ったので分割してみました。続きはこの後、木曜日の零時に投稿します。