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第三章 5.魔獣の森へ

 所々にポツンポツンと、腰丈くらいの高さの棘だらけの低木が繁ってるだけの荒れ野。その中を通る道を四半刻も進むと、やがて遠くに川が見えてきた。

 もう雨の少なくなる時期だというのに、大量の水を湛えた滔々とした流れが、左手の川下へゆったり、たぷたぷと過ぎ去って行く。

 その川の流れの手前の沃野には大きな麦畑が広がり、あちらこちらに農家らしい茅葺きの家が、納屋と一緒に数軒ずつ纏まって建てられてる。


「ジーク兄さんの実家のある村はここなんですか?」


「いや、ここは町からも近い上等な農地で、この辺りに領地を持つ御貴族様の所有している荘園だよ。このガーリー川の両岸にはこんな荘園が幾つもあって、小作の人たちが主に麦などの穀物を作っているんだ。うちの実家は東門から出て街道を半日進んで、ちょっと南に外れたとこの村だ。

 この川向こうの荘園地帯を過ぎると大きな森が見えてきて、その周辺には幾つかの村がある。市場に野菜や薪を持ってきてるのはそこの農民たちだよ」


 秋蒔きの冬小麦を踏みつけてる農民たち――芽が伸び始めたら踏んでやることで株分かれして収穫が増えるんだって――を遠目に見ながら麦畑の間を通る道を進み、やがて川に架かる大きな橋の前に出た。

 このガーリー川は遥か北の霊峰ヒムロ山脈の万年雪が源流で、緩やかな弧を描きながらカーシナラの町の南の平野を北西から東へと流れている。流れの果ては海に通じてるそうだ。


 橋には橋守りがいて通行料を回収してるが、一目でラハンと分かる濃紺の野外用の神官服を着ている僕たちは無料で渡れる。


「僕、橋を渡るのにもお金が要るなんて知りませんでした」


「この橋は町の城壁を建ててくれたマチュラ王の時代に作られたそうだよ。ここは主要な街道からは外れてるから旅人は少ないけど、川向こうの荘園の者や農民が橋をちょくちょく渡って町まで来るし、偉大な王の遺産だから、カシナラの町で管理していて、橋の補修のための一助になればと通行料をとってるそうだ」


「橋守りさんのお給金で赤字になりませんか?」


「門を出るときに、野菜を乗せた荷車が開門を待ってたのを幾つも見ただろう? あの人たちはほとんどが川向こうの農村から来てるし、麦の収穫後は出荷のために大きな馬車が何台も川向こうの荘園まで行ったり来たりしてる。

 彼らが往復で払う通行料で、そこそこの金額になるんじゃないかな。その通行料や町の大門の入場料は、野菜や麦の値段に乗せられてるんだけどね」


「ラハン様たちは影森へ魔獣狩りに行くのかね?」

 橋の手前の小屋から顔を出して見張りをしていた橋守りのお爺さんが話しかけてきた。


 あっ、この人はケモノ族だね。転生前の僕が持ってたようなピンと立った犬耳が付いてるよ。町では滅多にケモノ族の人は見かけないんだけどな。


「このごろ、川の上流の村の者がちっとも来なくなっての。前は毎日のように幾人も薪や野菜を運んで橋を渡ってたんだがよ。なんかあったんだか気になるんで、ラハン様たちが森へ行くなら見てきてはもらえねえだべか?」


「川の上流の村というとノジーハ村ですか?」


「んだんだ。他の村の者は毎朝野菜を積んだ荷車を引いて来てるのに、あそこの者だけ急に三日前から来なくなっただ」


「そろそろ冬とはいえ天気は悪くないし、急に不作になったとも思えませんね。冬支度で農村ではお金も必要な時期だろうに、全く誰も市場に出荷しに来ないとは奇妙だな。ちょっと訪ねてみることにしますよ。いいだろ、ダルタ?」


「ええ、僕は構いません。村の人たちが心配ですからね」


「では予定より少し遠くなるが、森の脇道を北上してノジーハ村を目指そう」


 橋を渡って道なりに進み、川向こうの荘園地帯の麦畑の間を抜けると、やがて十字路に差し掛かった。このまま真っ直ぐ進めば、カーシナラの町の南門から一番近い農村であるノンナ村に着くんだって。前方を見渡せば村の家々がポツンポツンと豆のように見え、その背後には黒々とした森が広がっている。


 この十字路を右折して麦畑を右手に、遠くの森を左手に見ながら進む。この道は徐々にカーブしながらガーリー川沿いに北西に向かっており、ノジーハ村に続いている。

 そのまま村の脇を北上し、森の中の杣道を丸一日掛けて抜けると、やがてカーシナラの町の西大門に通じる街道に出るそうだが、ノジーハ村からカーシナラの町に出るには、町の南の橋を渡る方が近くて便利らしい。


 ジーク兄さんと二人で道を進んでいくと、やがて右手の麦畑が途切れて雑木林に変わり、左手にある森の木々も徐々に近づいてくる。この辺りは町からも遠く人の手が入りにくいので、開墾もあまり進んでおらず、西の森が川の近くまで徐々に広がって来ている。


 ガーリー川の南から西側にかけて広がるこの影森は、大昔は街道の北にある黒森と繋がっていたそうだが、森が切り開かれて東西に走る街道が整備され、北の黒森から分離したそうだ。過去の一時期にはこのガーリー川が西のバールーク王国との国境だったことがある。現在では押し返して、森の中程を境界としているそうだが。


 道々、ジーク兄さんから対魔獣戦のコツを教わる。


「普段、ラハン棟での修練で教わってるのは対人戦の技法だ。武器を持った人間を制圧するためのね」


 棒術は相手を大怪我させることなく戦闘不能にさせるのに向いてるし、小丸盾バックラーの使い方も、相手の武器を捌いたりするのが主要な使い方だ。


「でも魔獣を相手にする時は最初から剣を使う。それも身体強化術を使って、最初から全力でだ」


「そうすると、早めにプラーナを〈炉〉のチャクラでオド変換しておく必要がありますね」


「ああ、魔獣狩りなどの戦闘が必須な任務の時は、常に〈地〉のチャクラを覚醒させてプラーナを取り込んでおいて、前もって火の蛇(クンダリーニ)を起動して、〈炉〉のチャクラや〈水〉のチャクラまで周回させておくんだ。ダルタはプラーナ操作は得意なんだから、歩きながらでも出来るだろう?」


「はい、大丈夫です!」

 もう何年もプラーナ操作を修練してるし、大量にプラーナを使う時は、地の底のナージャに呼び掛ければ、すぐに補充してくれるからね。


 十字路を曲がって鐘一つ分ほど歩いた頃、ようやく目当ての村に辿り着いた。そろそろお昼時が近いね。町に居れば火の一刻鐘がカランコロンと鳴る頃だ。

 木々を切り開いた空き地に建てられた家々からは人の気配がなく、声を掛けても誰も出て来ない。


「おーい、誰かいませんか?」

 ジーク兄さんが村の入り口で呼び掛けるも、返答が全くない。一軒一軒覗き込んで村人を捜索することとなった。


「ダルタ、嫌な予感がする。いつでも身体強化が使えるようにしておくんだ」


 歩きながらずっとクンダリーニ周回を続けていたので、体内のプラーナ圧は充分に高まっていた。その三割ほどを〈炉〉のチャクラでオド変換する。

 人族の魔力容量は小さいため、プラーナもオドも前もって大量に貯めておくことは出来ず、必要な量のプラーナをその都度大地から取り込み、プラーナからオドに変換する必要があるんだ。


 〈炉〉のチャクラで練られたプラーナがオドに変換され、血肉に染みるように溶けて全身の隅々まで行き渡るのが感じられた。胸の中央にある〈水〉のチャクラもドクンドクンとより活発に回りだす。


 祭詞マントラを小さく唱える。


 聖音の恩寵により(オーン)て何者をも打ち破る金剛力(バラヴァジュラ)成就させ給え(スヴァーハー)


 たちまち手足の運びが軽くなり、視覚や聴覚も強化されて村の奥までくっきりと見え、小さな音まで拾えるようになった。


 同じように身体強化を終えたジーク兄さんと一緒に、人気の感じられないノジーハ村の中に踏み行った。



次回は木曜日の夜に投稿します。

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