第三章 3.竜脈を探る
修練後は井戸端で水を浴び、汗を流してから傷の手当てだ。そう、僕は〈再生〉のギフトで癒しが行えるようになったよ!
癒しの技自体はプラーナの操作を習得した五年前にすぐに出来るようになった。萎れた花を元気にしたり、擦り傷を癒したりと初歩的なことはすぐに体得したけれど、体内に吸い上げられるプラーナが少量のうちは、そこまでが限界だったね。
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プラーナの操作と〈再生〉のギフトによる癒しの修練を始めて半年ほど経った頃のこと。お師匠のダーバ様から新しい指導を受けた。
「ダルタよ、太いプラーナの地脈を探り当てるのじゃ。竜脈を得るのは難しいが、そこそこの太さの地脈なら、癒しの技を行える者は皆得ておる」
ダーバ様に教わって地面に座り、両手の指で手印を結んで目を閉じ、宇宙を内包するという聖音の祭詞を唱える。
「オーン!」
「そのまま瞑想をしながら何度も聖音の祭詞を唱えよ。宇宙の音を口で唱え、耳から聞き、その波動を全身で受け止めて魂を振動させ、また聖音を発する。己の体が一つの楽器のように感じるようになるまで唱え続けるがよい。大切なのはイメージじゃぞ。己の内から発する聖音を天地に響かせるのじゃ」
「オーン! オーン! オーン! オーーン! オーーン! オーーーン!」
宇宙の始まりの音にして宇宙の終焉の時まで鳴り響いているという、宇宙を構成し万物を内包している聖なる音の祭詞を、繰り返し繰り返し声に出して唱える。
オーン! オーン! オーン!
高く、低く、短く、長く、声調を変え、声色を変えて唱える。
オーーーン! オーン オーーーン!
聖音が耳から入って内耳を震わせ、皮膚から染みて内臓を震わせる。その振動がまた新たな音を掻き鳴らし、オーンと響き虚空に流れ出す。
どのくらい唱え続けたのか、時間の感覚が定かでなくなり、聖音の響きで全身の皮膚が微細に振動しているのを感じた。身体全体が共鳴装置となったかのように体内で音が弾けて、数倍、数十倍に増幅し、喉を通して外界へと溢れ出す。
オーン!
オーーン!
オーーーン!
目を閉じ続けているせいでか、座っているのか寝転んでいるのか、それとも宙に浮いているのか、もはや自分がどんな姿勢でいるのかもわからない。皮膚一枚で辛うじて己と外界との区別をつけているが、外も中も聖音オーンで満ちて境界があやふやになり、己の存在が大気に溶けて空に遊び、水のように流れて地に溶け込んでしまいそうになる。
オーン!
オーーン!
オーン!
オーーーン!
(オーーン)
オーーーン!
(オーーン)
ふと、自分が奏でたのではない音が混じってるのに気づく。反響だろうか?
なにか異物に当たって跳ね返って来たのかな?
それとも誰か歌っているんだろうか?
異なるオーンの流れてきた方向へ意識を向ける。聖音を調べに乗せて歌いながら、地に染む水のようにイメージし、自分の意識をトゥルパに乗せて、肉体は地上に残したまま深く深く潜らせる。あの音は地の底からだ!
そっと目を開ける。金魚の目が開く。一筋の光も差さぬ暗い地の底で巨大な金色に光る流れが見えた。
プラーナの地脈? 竜脈かしらね?
その思念に反応したかのように、金色の光の大河から一筋の光が分岐してこちらに延びてきて、長い、とても長い蛇のような姿に変化した。尻尾の果ては本流に溶けているが、頭はくっきりと逆三角形になり、口をクパァと開ければ炎の舌がチロチロと見えた。
オロチ? それとも子供のドラゴンなの?
また僕の思念に反応し主張するかように、頭部から稲妻のように光が奔りギザギザの鋭い角が数本生えてくる。また口を開き炎の舌が動いてオーンと鳴く。
僕も金魚の口からオーンと返す。
オーン
(オーン)
オーーン
(オーーン)
オーーーンオーーーン
(オーーーンオーーーン)
合唱が楽しくなってきたところで、無意識のうちに竜王を讃える祭詞を唱えていた。
聖音の恩寵によりて偉大なる竜王に祝福あれ
(オーーン オーーーン オーーーーン!)
仔竜が笑ったような気がした。
ふと気がつくと、神殿の中庭の土の上で座禅を組んだままで、いつの間にか日も暮れて、夕刻のお勤めもとっくに終わってる時間だった。頭の上で金魚もふよふよ泳いでる。
辺りを見回すと薄暗がりの中、ダーバ様が立っていた。ずっと見守っていてくれたらしい。
「ダルタや、捕まえたかい?」
「はい、お師匠様。一心に聖音を唱えていたら、地の底からオーンと返してくる何かの気配を感じて、トゥルパを潜らせてみたら金色の大河の流れがありました。そこから光の蛇のようなものが這い出して来て、僕と一緒にオーンと歌ったんです」
「ほお、この神殿のあるカシナラの地は、古来より豊かなプラーナを噴き上げる竜穴の地と言われておるでな。その金色の大河は竜脈かもしれんの。
神殿の古誌にも、瞑想中に地の底から上がってくる金色の太陽を見たとか、金色の川で水浴をする夢を見たとかの昔の神官の記録がある。どのようなイメージで捉えるかは人それぞれじゃ」
「僕には金色の蛇のように見えました。大蛇なの? 竜の子供なの? って聞いたら角が生えてきましたから仔竜だと思います」
「もしや、竜脈を捕らえたというのか?」
「いえ、大きな竜脈から別れたほんの一筋だけですよ。大人の腕くらいの太さでニュルニュルって金色の川から這い出してきて僕のところまで延びてきたんです」
「ほおほお、興味深いのぉ。大地を巡るプラーナの地脈は大本で全部繋がっておるというから、細い一部分だけでも問題はない訳じゃが、なるたけ大本に近い太い部分を捕らえることが出来ればプラーナも吸い上げ易くなるというものじゃ」
「お師匠様も太い地脈を捕まえたことがあるんですか?」
「ああ、ワシも昔、修行時代にな、トゥルパを育てるために多くのプラーナを吸い上げようと、何度も瞑想しては大地を探り、竜脈を掴もうとしたものじゃ。遠目に金色に光るものを見つけて、手に入れようと追いかけたことは幾度もあるが辿り着けんかった。竜脈からプラーナの流れが延びて来たことなどは一度もなかったな」
それでもお師匠様によると、〈地〉のチャクラからプラーナを吸い上げる時に大きな金色の光をイメージすることで、常よりも多くのプラーナを吸い上げることに成功しているらしい。イメージが大切なんだそうだ。
「金色の仔竜と親しんだなど、羨ましいほどの貴重な体験じゃで、大切に幾度も思い返して、イメージを固めることじゃな」
「はい。僕、あの仔竜にナージャって名前をつけることにします」
「ホッホッ、地脈に名前を付けるとか面白いことを考えるのぉ。でも名付けにより引き寄せ易くなるやもしれん。さて、遅くなったが、夕食にしようかの」
「はい、もうお腹ペコペコです」
★
あの頃のことを懐かしく思い出しながら傷の治療をする。
プラーナをたっぷり取り込めるようになったお陰で、このくらいの打ち身や擦り傷なんかは、軽く掌を当てるだけで簡単に治せるよ。
それにプラーナを〈炉〉のチャクラでオドに変換出来るようになったら、金魚もずいぶん大きくなっちゃった。今も五年前と比べて数倍も大きくなった体で、僕の頭上をふよふよと泳いでる。
「上手いものだな。うちのラハンにも〈再生〉持ちはいるが、あまり傷の治療は得意じゃないから、いざというときにはダルタが居てくれて安心だな」
「任せてくださいよ、ジーク兄さん。狩りに行って怪我してもちゃんと治してあげますからね」
「ああ、その時は頼むよ」
まあ、腕の立つジーク兄さんやルマン様が怪我をするとかなんて、想像出来ないんだけどね。
スマホで読むことを想定して書いてるのですが、一回の分量としては長すぎたでしょうか?
次からはもっと短めに分割した方が良いのかな?
ストックがあまり無いので次の投稿からは週一回くらいになります。時間を稼いでなんとか第三章を書き上げてしまわないと(汗)