第三章 2.ラハン剣闘術
僕はラハンの修行を順調に続け、今では剣術も棒術同様にそこそこ使えるようになった。
一口に剣術と言っても使用する剣の種類などで技法や構え方がずいぶんと違うそうだ。
片手持ちの剣術なら素早い斬撃と軽やかな歩法による身のこなしが特徴だし、一撃で兜や鎧を打ち砕けるような重くて長い大剣を両手で振るうなら、剣の重量を生かした遠心力による振り回しに体捌きを追従させる戦闘スタイルになる。
片手剣なら空いてる側の手に盾や短剣を持つことも出来るし、兵士のように同輩と盾を並べて集団で戦うか、剣闘士のように個人戦技を重視するかなどで、剣術のスタイルも様々に変わってくる。
神官でもあるラハンの剣術は、護身と慈悲を重視するため先手は禁じられている。
左足を前にして左半身の構えになり、小型の丸盾を左手で胸の前面に保持し、剣は抜かずに柄に右手をかけておく。または臨戦状態であれば、剣を抜いて右肘を曲げ、胸の前で盾と交差するように持つ。これが基本の構えだ。
敵の攻撃をまず盾で受けることから始まる。ただし盾はただ受けるだけではなく、踏み込みながら相手の得物に向けて突き出すようにする。相手の得物を振り下ろす腕が伸びきって武器の重量に加速が乗り、打撃の威力が最大になる前に、盾で抑え込むのがラハン剣術、いや、ラハン剣闘術の最大の特徴らしい。
振り下ろす武器の最大の威力が出る前に、素早く間合いの内に入り込みインパクトの瞬間をずらしてしまことで、敵の打撃の破壊力を軽減してしまう。使う盾も幾度もの打撃に耐えられるように全体が鉄で出来ている。小型の盾だが重量はそれなりにあり、打撃武器の代わりにもなりそう。
また盾を相手の顔近くに突きつけることで視界を塞いだり、接近した状態から足を払ったり、そのまま盾ごと体当たりをしたり、盾で殴ったりと、盾を使った攻防が練られているのがラハンスタイルだ。
「そこだ、左足で踏み込みながら盾で受け、同時に盾ごと相手を押しやり体勢を崩させる! 崩れたところを剣で撃つ!」
「はい!」
「接近した状態からの剣撃は、大振りせず肘を起点に素早く振り下ろすんだ。ただし腰を回転させて威力を乗せろ!」
「わかりました!」
今日もルマン様に武術を習っている。最近では木剣を使い実際に打ち合いながら、実戦の勘を掴むのが課題だ。
汗だくになり力の限りに剣を振るっているが、まだまだルマン様には打ち込めない。体捌きで避けられ、盾で受けられ、しまいには盾ごと体当たりを受けて吹っ飛ばされてしまった。
「よーし、ここまでだ。随分と上達してきたが、実戦不足のせいかまだまだ剣撃が甘いな」
「ハーッ、ハーッ、対人で、剣を使うなんて、ハーッ、ありませんからねぇー」
ルマン様との打ち込み稽古の間、上空で待機していた金魚が降りてきて、頭の上のいつもの定位置に戻り、心なしか心配そうに顔を覗き込んでくる。
僕は息も切れ切れなのにルマン様は余裕だよ。鍛え方がまだ足らないかなあ。
お互いに剣と盾以外の部位への打ち込みは寸止めだけど、木剣が皮膚を掠ることは良くあるし、相手が寸止めしてくれても、自分が体勢を崩して当たりに行ってしまうこともある。修練後はあちこち傷だらけだ。
「対人戦の経験がないのは平和で良いことだが、ラハンの職務を思えばそうも言っておられん。常に真剣勝負のつもりで、打ち込み稽古を重ねるんだな」
「ダルタは町の外に行ったことはないと話してたけど、魔獣狩りの経験もないのかい?」
僕とルマン様の打ち込み稽古を眺めていたジーク兄さんが話しかけてくる。時間が合う時はジーク兄さんも一緒に稽古をしたり、指導をしてもらったりしてるんだ。
「魔獣狩りは対人戦とはまた違うけれど、実戦の勘を掴むには役立つよ。危険な魔獣が増えすぎないよう駆逐するのは、町や村に暮らす人たちの為にもなるし、今度、一緒に町の外の森へ狩りに行かないか?」
「うーん、狩りかぁ。ダーバ様から神官は無慈悲に命を奪ってはならないと言われてるからなぁ」
野に生きる獣も、僕らの身近な人の生まれ変わりかも知れないって言われてるしね。武術の修練を積むためとは言え、態々狩りに行くのはちょっと気が進まないかも。
「うむ、殺生戒との折り合いと言うことだな。たしかにラハンと言えどもブッダ様の教えを守るべき神官の一人であり、無闇な殺生は禁じられている」
ルマン様も汗を拭きながら諭すように言葉を続ける。
「ダーバ様の仰るように殺生戒は守らねばならぬ。だが我ら生きとし生ける者は全て、他者の命の犠牲の上にその生を紡いでるのも事実だ。ダルタも肉を食べてるだろう?」
己が生きるため、食べるために他者の命を奪う業は全ての生き物が負っており、悪意をもって成すのでなければ悪業とはならず、残虐な行為をしない限り、神官でも狩りや自衛のために武器を振るうことは許されてるんだって。
「悪業を犯せばカルマにより来世は悪生を受ける。だが己が生きるためや、家族や仲間を守るための殺生は悪業たりえず、心に疚しさを持つ必要はない。原理主義者はご都合主義と批難するが、生きるため、皆を守るために刃を振るう者は必要なのだ。
ダーバ様も今でこそ菜食主義となり、無闇な殺生をせぬよう心掛けてはいるが、かつてはラハンとして魔獣を狩ったり敵を倒したりしたこともある。やむを得ず奪ってしまった命を悔やむなら、それ以上の命を救えるよう、日頃の行いに慈悲を心掛ければ良い」
「はい、わかりました。ジーク兄さん、僕を狩りに連れていってください」
「では、次の太陰日は私も休みだから、朝のお勤めの鐘が鳴る頃に町の城壁の南門で待ち合わせをしよう。始めての狩りだから日帰り出来るようにするが、帰りは遅くなるかも知れないから、うちの人にちゃんと断っておくんだぞ?」
こうして町の外へ初めて出掛けることが決まった。
以前は父さんたちに町の外へは絶対に行かないよう言われていたけど、あの日、家族の秘密を打ち明けられた後に、町の外へも必要があれば行っても良いと許可をもらっている。
〈貴族〉の件もあって、なかなか外出する気持ちにはなれなかったけれど、いずれは町の外にも出掛けなければならなくなったろうし、ジーク兄さんと一緒なら安心だよね。
章タイトルはまだ未定です。第三章を書き終えてみないとタイトルが決められないんですよ。大まかなプロットは考えてあるけど、書いてるうちに違う方向に行っちゃったりするもので……(汗)