第二章 12.大地の竜
僕は神殿の庭に出て花壇の前に座り込み、昨日の続きの大地のプラーナを吸い上げる修練をやることにした。
ぐるぐる回れぐるぐる回れ大地のチャクラ! 大地のプラーナを吸い上げて、ぐるぐる回るちっちゃな火の蛇になれ!
会陰がたちまち熱くなり、体の底で火の蛇がとぐろを巻くのがわかった。〈地〉のチャクラからうねりながら臍の辺りまで上がってきた火の蛇を〈風〉のチャクラに同調させて風車のようにぐるぐる回す。燃える火輪のようになった〈風〉のチャクラから、慎重にじわじわと熱を体外に放出するように念じてみた。
熱が少しずつ薄れて、スースーと風の動きを腹部に感じる。クンダリーニが一気に体外へと吹き飛ばされて消えてしまわないよう注意しながら、体の前方に霧のように拡散しているプラーナを意識で、目の前の萎れて閉じかけた一輪の花に誘導して注ぎ込んでみる。
盛りを過ぎて萎れて俯いていた花蕾が天を向き、花弁の一枚一枚に潤いと艶が戻り、最盛期のように咲き誇る様子がビデオの早送りのように見えた。
凄いよこれ! うちの萎びた野菜も採れたてみたいにピカピカ艶々になるかも!
「ほぉ、たいしたものじゃ。もうプラーナの操作に慣れてきたようだの。これなら修練を続ければ癒しの達者に成れるじゃろう」
お師匠のゴーダ様が肩越しに覗き込みながら言う。
「もっと大きな草木や人などを癒そうと思えば、もっと大量のプラーナを注がねばならん。そのためには大地の奥底を巡るプラーナの竜を捕まえねばならん」
「竜? 地面の中にドラゴンがいるんですか!?」
「魔獣のドラゴンとは別物じゃな。大地の中に張り巡らされたプラーナの地脈には、太いもの細いもの大小様々なものがあり、なかでも太くて大量のプラーナを運んでいる地脈は、昔から竜に例えられ竜脈と呼ばれているのじゃ」
光も届かぬ漆黒の大地の底を悠々と泳ぐ巨大な蛇のような生き物を脳裡に思い浮かべた。うん、竜とかカッコいいよ!
「古来より魔術師と呼ばれる者は、その太い竜脈から自在にプラーナを吸い上げていたそうじゃ。大地を巡るプラーナは、やがて地表に噴出して天へと流れて日月星辰を動かす力となり、そしてまた地に降り注ぐのじゃ。プラーナは地より天へ、天より地へと巡回しておる。その流れを意識し、己の身体をプラーナを噴き上げる竜脈の一部と化すことが魔術師への第一歩じゃな」
「なんかとっても難しいです。僕にもそんなことが出来るんでしょうか?」
「まあ、誰にでも出来ることではないのう。この神殿の神官やラハンにも竜脈を捕らえられる者はおらん。じゃがの、そういう心掛けで修行することが大切なんじゃ」
なるほど、目標は大きくってことですね。
それからもクンダリーニを巡らしプラーナを操作する修練を、夕方のお勤めの時間になるまでまで続けた。プラーナの操作って特別お腹が減る気がするよ。
お勤め時間を知らせる鐘が鳴ると、神官たちは一斉にその場で跪いて頭を垂れる。僕も一緒になって、グーグー鳴るお腹を抱えながら、御神体の丘に向かって拝礼し、ブッダを讃える祭詞を斉唱した。
それから神官見習いたちは神殿内の掃除をすることになっている。正神官たちは自分の房に戻り、なにやら写経やら瞑想やらを各房でしていて、そのうち夕食の支度が整って食事の時間となった。食事は神殿の大きな厨房で料理番がまとめて作ったものが、神官それぞれの房に配膳され、師匠と弟子や従者たちがまとまって食べることになっているんだ。
メニューはダーバ様の注文で野菜ばかりの精進料理だ。ちょっともの足りない気分だよ。
でもいいんだ、明日は実家に帰れるから、久しぶりにお肉や卵を使った母さんの美味しい料理をたっぷり食べられるしね!
食事の時に先輩従者のセトさんに聞いてみたけど、収穫後の野菜に〈再生〉のギフトを使っても艶々の採りたて野菜にはならないんだってさ。まだ収穫する前の野菜にプラーナを注ぎ込んでおくと、瑞々しさが長く保たれて保存期間も長く出来て、市場でも高く売れるのだとか。
ぶつけて割れた芋を〈再生〉のギフトで直したりは出来るけど、時間が経って萎びた芋を採れたてみたいな艶々には出来ないそうだよ。母さんが喜ぶかと思ったのに、とっても残念。