第二章 11.アラハン
「お師匠様、トゥルパって凄いですね! 他の神官様も使えるのですか?」
「深い修行を積んだ神官の中にはトゥルパを持つ者はいる。しかしラハン職のように全員がトゥルパ生成の修練をしている訳ではないのじゃ」
「なぜ、ラハン様だけがトゥルパを作る修練をするのですか?」
「その確かな理由は誰も知らぬ。ただ昔からラハンになるものはトゥルパの修練をさせられるのじゃ。ワシが思うに、ラハンの職務にはトゥルパが役立つということもあるじゃろ。じゃがそれだけではないように思う」
「お師匠様はどんな理由があると考えておいでですか?」
「昔、遥かな昔に、ブッダ様の直接の教えを受けて大悟に達した聖人たちを、当時の者たちはアラハンと呼んで敬ったのじゃ。ブッダ様の直接の教えを受け、修行の末に大悟に至った聖人たちはアラハンと呼ばれ、輪廻の軛を脱して涅槃の地へと旅立って行ったという」
ダーバ様の低い声が静かに続く。
「迷いから解脱した者はアラハンとなり涅槃への道を歩むと経典には書かれておる。アラハンとは大悟を得た覚者のことじゃ。中でも最高の覚者がブッダ様じゃ。
涅槃とは六道転生の軛を逃れた魂が向かう清浄なる地だという。解脱した魂は、もうこの苦しみ多い現世には戻って来ぬという。なのにブッダ様は時折この穢土に人の姿で立ち降り、迷える衆生を救ってくださるのじゃ。
歴史上幾度もブッダ様の御降臨が記されておる。解脱とは……輪廻の鎖から外れたブッダ様は……自在に三界を巡られておられるのか? ……もしや解脱し輪廻の軛を脱して涅槃の地へと歩んだアラハンたちも………三千大千世界のどこかで…………迷い苦しむ衆生の救済に当たっておられるのでは…………」
ダーバ様は深く考え込んだ様子で、時折、低い声で途切れ途切れに呟く言葉は、よく聞き取れず、僕がいるのを忘れてしまったかのようだった。
「ダーバ様、お師匠様!」と僕が声をかけると、はっ、とした様子で意識を深い考察の淵から引き上げてきた。
「ああ、すまぬ。何を話しておったかな。おお、そうだ、つまりだな、トゥルパの修練こそが、解脱へと至る本来の道であったのが、長い時間が経つにつれ、教典の研究を重視する神殿の本流からは忘れ去られてしまい、アラハンの名前の縁を残すラハンたちに細々とトゥルパ育成の修行が伝え残されておるのでは? ということも考えられるかなということじゃ」
と言って僕の頭をがしがしと撫でた。もちろん金魚はするりと身をくねらせ天井付近へと逃げて行ったのだけど。
アラハンかぁ。六道の階梯を上がって天人になったのとは違うのかな?
お師匠様は、解脱したブッダ様は輪廻の鎖に縛られることなく三千大千世界を自在に巡れるのかもとか言ってたけど、僕も解脱したら、前世の世界の父さん母さんに会いに行けるのだろうか?
もう二人とも転生してしまって、あの世界にはいないだろうけど。解脱した魂なら時間を飛び越えて、みんなで幸せに暮らしていた頃をそっと見に行けるのだろうか?
「だからな、ダルタや。もっと修練を積み、プラーナを吸い上げて体内に巡らし、お前のトゥルパをもっと育てなさい。会陰から天頂まで体の中心には太い気脈が通っておる。その気脈沿いに〈地〉のチャクラから〈風〉のチャクラを通じて鳩尾にある〈炉〉のチャクラまで火の蛇を上げるのじゃ。そこまで上がって来れば火の蛇のプラーナをオドに変換し、我が身の力となすことが出来る。さすれば身体強化も出来るようになるし、トゥルパの修練も進むゆえな」