病弱女子高生香織さんは小さな女の子が好き過ぎて辛い
「きゃあああああ。可愛いぃぃぃ。三生さぁぁぁん」
それは、私が、お兄ちゃんに買って貰った、大好きな俳優さん「高林三生」さんの、ヌ……、ヌ……、はだ……、ゴニョゴニョ写真が載った雑誌を抱き締めて、ベッドの上でゴロゴロしている時でした。
「何、アンタ発情しているの?」
と、私以外誰も居ない筈の室内から声がして、死ぬ程ビックリして飛び上がりました。
「あああ、愛ちゃん?」
驚いて声のした方を見ると、悪友の愛ちゃんが、呆れた顔で私を眺めていました。
「い、いつの間に……。ていうか、部屋に入るならノックして。」
「いやいやいや。したから。何回もノックしたから。なんとなれば、玄関でアンタのお母さんに出迎えて貰って、そこでもお母さんが何回かアンタを呼んだから」
「そ、そう? 聞こえなかったなあ……」
勝手知ったる他人の家。愛ちゃんは、私の学習机の上に鞄を置いて、椅子に座りました。ベッドの上にチョコナンと座り、彼女と向き合う私。バツが悪くて、なんとなく照れ笑いをしてしまいます。
「で、何してたの?」
「こ、これを……」
恐る恐る、三生さんのヌー……ゴニョゴニョ写真の載った雑誌amuamuを取り出す私。
「amuamu……官能の作法……」
険しい顔でamuamuの表紙を見る愛ちゃん。
「や、やらしぃぃぃ。なんねこれ。やらしか本じゃなかね。やらしー。やらしかばい。香織がやらしい本ば見とぉと」
何で? 何で急に福岡県北九州弁になるの? 愛ちゃん、生まれも育ちも、関東でしょ?
「もお、学校にも来ないで(まあ今は学校やってないけど)こんなやらしい本を見て。ちょっと貸して」
「…………」
「? 貸してよ」
「綺麗に読んでよ。折り目付けないでね。クシャクシャにしちゃダメよ」
「分かった。分かったから」
「ヨダレ垂らさないでね」
「垂らすか!」
愛ちゃんは、キャスター付きの椅子を移動させ、私に接近して来ました。ほとんど、額がくっ付くくらいの位置です。
「うっ、うわあああ……」
「…………」
「ひっ、ひえっ。ふぁぁぁ……」
「…………」
手も声も震えているよ、愛ちゃん。でも、そんな食い入るような目で見るの止めて。三生さんが汚されているみたいだから……。
「こ、この人ヒョロヒョロかと思っていたけど、筋肉ガッシリしまっているよね……」
えっ?! 三生さんをヒョロヒョロだと思っていた? それはないでしょ。服着てても分かるよ。三生さんの鍛えられた肉体は。(肉体とか言っちゃった。キャッ)
「ちゃんと見て、愛ちゃん。ほら、この三生さんの割れた腹筋」
「…………」
「ほらほらほら。この二の腕の筋肉。あああ」
「…………。うるさい。ゆっくり、見せて」
…………。はい……。
「……。好きなの? この人」
「…………。好き…………」
「……、そんな顔赤らめて、俯き加減に言わないでよ。要するにファンって事でしょ」
ファン……。
「何言ってるの、愛ちゃん。違うよ。私、真剣に三生さんに恋してるし、結婚も決意しているんだから」
「真顔で言うな。怖いわ」
「怖くないよ。結婚出来るもん。私、可愛いし、若くてピチピチだし。三生さんだって、メロメロになるもん」
そう言うと、愛ちゃんはワザとらしく深い溜息を吐いて、私に向けて雑誌の写真を指し示しました。
「この写真で高林と絡み合っているモデルさんと……」
高林とか、クラスメートみたいに呼ばないで。
「君の違いが分かるかね?」
写真の中では、外人のモデルさんが、三生さんの筋肉質な腕にギュッと抱き締められています。ああっ、羨ましい、私もあんな風に、胸が潰れるほどギュギュッと抱き締められたい……。
「抱かれて潰れるほどの胸が、君にはないだろう?」
なん……だと……。
驚愕に目を見開く私の前で、愛ちゃんは胸を張りました。チクショウ、このヤロウ。また、胸の大きさでマウント取ろうとしてやがるな。
「だいたい、若くてピチピチが武器になると思っているようだけど、高林くらい女遍歴を繰り返して来た大人の男は、このモデルさんくらい成熟した大人の女じゃないと、物足りないものだよ」
「なるもん。若さ、武器になるもん。素材の会社のCM見た? 三生さん、女子高生に冷たくあしらわれて傷付いてたもん。という事は、女子高生に構ってもらいたいって事だもん。女子高生が好きなんだもん」
「CMはシナリオ通りにやっているだけでしょう。そもそも、高林くらいの歳で、女子高生に興味を持っていたら、それは……」
それは?
「ロリコンでしょ」
ロリ……コン……。
「違うよ。私、ロリッ子じゃないもん。私、セクシーだもん。ほらほら」
「パジャマの襟口から胸見せんな。って、アンタ、ブラしてないの?」
えっ?! だって、寝る時は着けないでしょ?
「アンタ、療養中は一日中寝てるんでしょ? 全然着けてないの?」
一日中寝てるって、人をナマケモノみたいに……。
「そういえば、入院してから、ほとんど着けてないかな。だって楽だもん」
「入院中も着けてなかったの?」
「う、うん。だって……楽だし……」
「ブラ着けてないと、垂れて来るし、形も悪くなるっていうよ……」
と言いつつ、私の胸を凝視する愛ちゃん。
「まあ、でも、全く無いんだから、垂れるも形悪くなるもないか……」
「酷い。酷い。全く無くないもん。あるよ、ほら。ほらほら」
「だあああ。だから襟口広げんな」
近寄る私を手で押し返す愛ちゃん。本当に酷いです。
「とにかく、アンタに胸があろうがなかろうが、貧弱だろうがセクシーだろうが、年齢的にアラフォーの男は女子高生とは付き合えないの」
女子高生とアラフォーは付き合えない……。
「つ、付き合えなくても結婚なら……」
「付き合ってもないのに、どうやって結婚までこぎつけるの?」
「政略結婚とか、親同士が勝手に決めた許嫁とか……」
「香織……現実を見よ」
止めて、愛ちゃん。なんで、そんな異常に優しい目で私を見るの? 私を可哀想な子を見る目で眺めるのは止めてぇぇぇ。
「香織、現実的に、私達はアラフォーオヤジとは付き合えない。法律で決まっているから」
えっ……。法律で決まっていたの……。
「でもね、アラサーならギリギリ付き合えるの」
何? どうしたの愛ちゃん。一転して、今度は物凄いドヤ顔になってるけど。も、もしかして、そうなの……。
「私の彼氏……ううん彼ピはアラサーだからね」
何故彼氏を彼ピとか言い直したの? もしかして女子高生ッポイとか思ってる? 今時、そんな言葉使う人居ないからね。
「だだだ、ダメだよ愛ちゃん。そんなオジさんと付き合っちゃ。きっと、騙されている。そこそこメリハリのある愛ちゃんの身体が目当てなんだよ。ホントにソコソコだけど」
「まあ、確かに、ちょっと悪い男かな……」
やっぱり……。
「探偵見習いとか言いながら、実は悪の組織の一員だし……」
悪の組織の一員……。
「止めよ。ダメだよ。絶対ダメ、そんな人。変な薬とか射たれちゃうよ。気が付いたらサーカスに売り飛ばされているんだよ」
「大丈夫だよ。実は公安警察なんだから」
ほう……。探偵見習いで、悪の組織で、公安警察と……。
「絵じゃん。その彼ピ、絵じゃん。アニメの登場人物じゃん」
「失礼な。私の彼氏を二次元の世界の住人みたいに」
二次元の世界の住人じゃん。
「愛ちゃん、現実を見よ? 私と三生さんはまだワンチャンあるけど、愛ちゃんと探偵見習いさんとの可能性はゼロだから」
「ゼゼゼ、ゼロじゃないし。私、大きくなったら、二次元三次元変換マシンとか作るし」
二次元三次元変換マシンって、小学生の頃から言ってるよね。
「どうしてそんな意地悪言うの、香織。今年はコ○ケもなくて、同人誌の新刊出ないのに。出ないのに〜」
愛ちゃんは……暫く啜り泣いていました。今年のコ○ケは政府の緊急事態宣言の為中止なのです。感染病の脅威は、私達の平和な日常生活にも、確実に暗い影を落としていました。
「香織の裏切り者ぉぉぉ!」
「えっ? なんで」
愛ちゃん、錯乱したの?
「ずっと、二人で仲良く二次元の世界に生きて来たのにぃぃぃ」
私は二次元の世界の住民だった覚えはないですけど……。
「こんな三次元のアラフォーにうつつをぬかして……。前は『イ○ヤちゃん可愛い』とか『一○蛍ちゃん至高』とか『艦○れは、やっぱり駆逐艦だよね。あっ、最近は海防艦か』とか言っていた……のに……?」
そこで考え込む愛ちゃん。
「やべ。コイツ、明らかに私達正統派オタク女子とは傾向が違う」
「なんで? 違わないよ。私も正統派オタク女子だよ」
「よよよ、寄るなぁぁぁ。お前もしかして、もしかして女の子が好きだろ。なんで気付かなかったんだぁぁぁ」
愛ちゃんは椅子のキャスター機能を最大限活用して、私からあからさまに距離を取りました。
「違うよ。私、別に女好きじゃないよ」
「嘘付けぇぇぇ。その高林ラブもカモフラージュだろ」
「違うって。ちゃんと三生さん好きだから」
「じゃあ、じゃあ……鬼○の刃で、一番好きなキャラを言ってみて」
「禰○子ちゃん(即答)」
「そこは女子なら伊○助でしょう」
いや、愛ちゃんの趣味もちょっとズレてるよ。
「禰○子ちゃん最高でしょ? 十四歳という少女のエッチな雰囲気も醸し出しつつ、赤ちゃんみたいで、身体も幼女化出来るんだよ」
「寄るなぁぁぁ。この怪人百合女。私の事もエッチな目で見ているんだろ」
「大丈夫。安心して愛ちゃん。私のストライクゾーンは十一歳だから。ギリギリ頑張って十四歳までだから」
そもそも三次元の女の子には、一切興味ありませんから。
「女の子が好きっていうのは、もう、隠さないんだ」
「元々、アニメキャラの女の子好きは隠してなかったよ。」
愛ちゃんは、チラッと疑り深そうに私を見た後、またソロソロと椅子ごと近寄って来ました。
「はあああ。でもコ○ケないなんて、マジどうしよう」
「アニメも延期ばっかりだしね。でも、私のお気に入りの、本が好きな幼女が出てくるアニメは、まだやっているんだぁ」
「よく考えたら……よく考えなくても、アンタ、ロリコンだよね」
ロリ……コン……。本日二度目の、ロリ……コン……。
どうやら私はロリッ子ではなく、ロリコンの方だったみたいです。
「新刊とか、どうなんのかね?」
「さあ……? メ○ンブッ○スとかで売るんじゃないかな?」
「マジ凹む。っていうか、商業誌の方も休刊とかになったりするのかな……」
「そういう話はまだ聞かないけど……。ところで寝る時って、ブラした方が良いの? 愛ちゃんどうしてる?」
「私もしないけど……。寝る時用のヤツとかあるらしいよ」
その後は、ワチャワチャと、雑談になっていったのでした。
気が付くと、西陽が差すくらいの時間になっていました。
「じゃあ、私帰るわ。元気でな」
「うん。緊急事態宣言が終わって、私も元気になったら、またどっか遊びに行こ」
「そうだね。ア○メ○トとか行こっか」
「それも良いけど、久しぶりにお泊まり会とかする?」
そう言った途端、愛ちゃんが真顔になりました。
「いや、私もうアンタとはお泊まりしないから。身の危険を感じるから」
「酷い。酷い。襲ったりしないよぉ」
「いやいやいや。マジごめん。マジ無理だから。そっちの扉は開きたくないから」
言いながら愛ちゃんは、私と目を合わさず、そそくさと出て行ってしまいました。
すっかり親友から危険人物扱いされるようになった、ある日の出来事なのでした。
一人称女性視点で書かれたお話なので「うおおお、女子高生? リアル女子高生が書いた話? ひゃっほーい! テンション上がる!! アゲアゲ!!!」と、誤解と期待をさせては申し訳ないので白状しときますが、書いた人は男です。オッさんです。
作中、就寝時にブラをどうするみたいなエピソードがありますが、良い歳したオッさんが、ネットで調べて書きました。『なるほど、これが女子の生態か。にちゃああ』とか思いながら調べました。
夢を木っ端微塵にしてしまって、本当にごめんなさい。