アイネクライネ
2019年1月19日、文学フリマ京都に行きます。「真夜中の幻」です。よろしくおねがいします。
僕は夢を観る。君と一緒にいる夢だ。もう叶わないと思っていても、走馬灯のように、思い出が溢れてきて、夢にみるのだろう。
君は17歳で死んだ。摂食障害だった。思春期の感じやすい時に、傷つき、傷つけられ、君は、食べられなくなった。僕は、専門家ではないので、その論理的解釈はできない。ただ、悲しいんだ。
僕は、もう35歳になった。自嘲的に笑う。自分を慰めないこと、それは下劣な奴のすることだ。僕は、何処かの本でそれを読んだ。本の名前を忘れてしまった。僕は、自分を慰めている。君と一緒にいられなかった、人生。ずっと、僕の傍にいてくれると信じていたのに。
僕は学校の先生だ。高校で物理を教えている。亡くなった君と同じくらいの生徒に、半分は聞いていないような授業をしている。物理は、人生に役立つのだろうか? 僕は、その疑問を持ちながら、淡々と授業をしている。
高校の時、行った、遊園地で、ティーカップに乗った君を思い出す。屈託のない、笑顔を僕だけに見せてくれた。男性恐怖症のような君は、他の男とは話さなかった。あいつ、調子乗っているんだぜと他の男子から聞いたことがある。それは違う。君は怖かったんだ。君が蛹から孵化を恐れていている蝶だったのに、それは誰も見抜けなかった。繊細な感情を持った君は殻をつくり、他人を寄せ付けなかった。
僕だけが、君の殻の中に入れることを、許された。君が、何故、僕のことだけを許してくれたのか知らない。僕が男のような男ではないからだろうか? 君は、僕に本を貸してくれた。ヘッセの「詩集」。君らしい。ヘッセの人生を生き抜けないような、繊細さが君を表しているかのようだった。
等加速度運動の公式を黒板に書く。かたかたとシャープペンシルの音が鳴る。僕は、ふと、窓の外を観た。白い空気。冬の冷たさは、君を思い出させる。僕も繊細なんだなと自嘲的に笑う。先生、何を笑っているの? 前にいた男子高校生が声を掛ける。お前の顔が面白いからだよ。クラス中がどっと沸く。
君は、もう、いないんだなと忘れることがある。隣にいて、一緒に歳を重ねてきたように感じるんだ。僕は歳を重ねていくのに、君だけが、17歳のままだった。歳をとらないね。と僕は君に声を掛ける。私は、ガラスケースのフランス人形なの。くすっと笑って言う。
そこには、冬の白い空気に溶けていくような切なさがある。
ヘッセの詩集を読む。処々、僕は夢想しながら、僕は詩集を読んだ。君は何を思って、この本を読んでいたのだろう? そんな考えばかり浮かぶんだ。
僕は、行き場のない想いを抱えながら、生きてきた。君を求めていた。
夢を観た。
もう私は、35歳なの。皺もできて、お腹も少しでてきたのよ。
もう苦しまなくてもいいのよ。私はあっちの世界に行く。貴方はこっちの世界に残る。
ガラスケースを私は割ったの。もう、お別れね。バイバイ。
僕は、泣いていた。もう忘れてもいいんだ。君がいなくて悲しい。一緒に大きくなりたかった。人生がどんなに辛くても、君といられることが、幸せだったと思うんだ。
真っ暗な部屋で時計のアラームが鳴る。こんな時間にセットしたっけ? と思う。
ああ。3時間したら、また学校だ。僕は、眼を閉じた。
チチと小鳥の声がした。