俺に何があったのかの話
『お、王女殿下?!なりません!!このような場所に?!』
『汚らわしい男が私の前に立たないで頂戴』
『っ!!』
犯罪者あるいは何らかの疑わしい人間や、王城でのトラブルがあった場合に使われる取り調べ室に直接王族関係者が入って来ることは普通に考えてあり得ない。
引き留める男性兵士ににも相変わらずの対応をしている。一体何が王女様をここまで歪ませたのか。
国王の一人娘ということは将来、この国は彼女によって統治されることになる。
彼女なら、この国の男性を全て犯罪者扱いにするような事をしかねないだろう。今だからこそ改めて実感出来る。
彼女は、それくらい狂った感性を持った人間だ。被害者である俺が自信を持ってこれを証言する。
王様も、彼女には手を焼いていると聞いている。このままでは、王位を継承もさせられないし、あの男嫌いでは世継ぎも生まれないだろう。このままでは、直系の王家が途絶えてしまうと嘆く声は王城にいる頃から聞こえていた。
『へぇ……、ふぅん……』
カツカツとヒールの高い靴を鳴らして近寄って来た王女様は物珍しそうにつま先から頭の先まで、無遠慮に観察して来た。まるで、俺が女に変わってしまったのを確認するかのような、嘗め回すような視線だったことには後から気が付いたこと。
『薄汚い子ネズミね。私の王城に侵入して、あまつさえ暴れ回ったとなれば、処刑される覚悟くらいあるのでしょう?』
そして、見下したような笑みを浮かべながら、彼女は心底愉快そうに。その表情に偽りようのないくらいの愉悦の表情を浮かべて、そう言った。
『お、お待ちください王女殿下!!この方は勇者様の可能性が――』
『勇者?まさか、勇者は薄汚い男。大したことない事案で国家の予算を食い潰すゴミムシ。そこにいるのはどう見ても女でしょう?薄汚くて、近付きたくもない、王城を荒らした犯罪者、そうでしょう?』
『そう決めつけるのは早計でございます。我々の監視下に置いた上で、厳密な調査と国王様のご帰還を待たれるのが――』
必死に食って掛かる女性兵士が王女に俺の処遇について保留すべきだと意見をぶつける。先ほどの彼女の意見そのままだが、俺としてもそうして貰わないと困る。勇者は俺なのだ、女の子の姿かたちが変わってしまったが、可能な限りの証拠を示し、後は信じてもらうだけ。
王女様はそれを手で払うようにして、自分の思うままに事を進めようとしているように見えた。
俺はそれを茫然とした頭と表情で眺めることしか出来なかった。この時、一体何が自分の身にも、周囲に起こっているのかも、冷静に分析するだけの余裕がなかったのだから、どうしようもないと言えばどうしようもなかった。
『貴女、誰に意見をしているの?』
『王女殿下であるのは百も承知でございます。ですが、あまりにも早計。それでは法の意味が無くなってしまいます』
『バカでしょう貴女。法が王を縛るの?王が法よ。未来の女王である私こそが、この国の法よ』
そんな訳があるか。王とは国があってこその王。国とは民があってこそ国となる。民が無ければ国は無く、国が無ければ王は無い。
その国を統治するために必要なのが法律だ。法律で民を律し、導き。税を徴収し、それで国内を安定させる。それが法律であり、国を治めると言う事。
暴虐の王が生まれた国はそのこと如くが滅んでいるのは、俺が生まれた世界でも、この世界でも共通の事実だ。歴史が、そう証明している。
『何をバカなことをおっしゃって――』
『ヴァルト領53-1』
『……は?』
真っ当な教育を受けた大人なら分かることのはずだ。ましてや兵役とは言え、王城で働く女性兵士、そして壁際で固唾を飲んで状況を見つめている男性兵士、二人ともエリートと言えるほどには学問にも精通している筈。
そんな彼女の反論を抑え込んだのは、王女様の小さな一言。この国の住所を表すたった1文だけ。
『貴女、ここの生まれなのでしょう?ご両親に弟夫婦、まだ生まれたばかりの可愛い姪っ子もいるらしいじゃない?』
『正気であられますか、王女殿下っ……!!』
『えぇ、正気よ。お父様もお母様もご不在のこの王城を守るのは私の役割。そのためにはどんな苦労もいとわないわ』
目を見開き、握りしめた拳と震える声で王女様を問いただした女性兵士に対して、王女様は、変わらず楽しそうに表情を歪めた。