俺に何があったのかの話
自身に何が起こったのかも分からないまま、俺は近衛兵に連行されると、取調室で聴取を受けた。
まるで犯人扱いされていることに腹を立てた俺が捲くし立てるが、相手も困惑するばかりだ。
それもそうだ。目の前の見覚えのない人間が、自分たちが送り出した勇者を名乗るのだから訝しんで当然。だけど、まだ俺は俺の身に起きたことを理解していなかった段階だったため、ますます納得がいかない俺だけがヒートアップしていく。
『だから、俺の部屋に変な魔法使いが来て、襲って来たから応戦してたって言ってんだろ!!なんで俺が犯人扱いなんだよ!!』
『いや、ね。俺の部屋って言うけど、あそこは君の部屋じゃないでしょ?あそこは勇者様の部屋だ。勇者様はいなくなってるし、窓は割れてる。不審者はどう考えても君だろう?』
『誰がどう見たって俺が勇者だろ!!』
『いや、勇者様は男性だよ?君、どう見ても女の子だよね?』
『……は?』
吠える俺に、冷や水のように聴取を担当していた兵士が現実を突きつける。
ここでようやく、俺は自身の身体を改めてチェックする。
陸上の練習ですっかり焦げ茶色に染まった肌は、白磁のように真っ白に。
薄いながらもしっかりとあった胸筋は、柔らかく程よいサイズの脂肪の塊に。
節くれ立ち、皮も厚くなった手は、細く触れば折れそうな繊細そうな小ささに。
訓練により6つに割れた腹筋は、美しくくびれた腰回りに。
俊足を誇る自慢の足は、肉付きの良い健康的な太ももとすらりと伸びた脚に。
なにより、股間にぶら下がる相棒がいない。
『な、なんじゃこりゃあぁぁっぁぁぁぁぁぁあっぁぁっ!?!?!?!?!』
『ちょっと年頃の娘が何やってんの?!?!?!女性兵!!!!女性兵ぃぃぃっ?!?!』
取調室はしばらくの間、阿鼻叫喚の地獄絵図となった。
『成る程、君が勇者、東城 歩本人だと言うのね』
『誰が何と言おうとそうだよ。出来るだけ、本人だと証明できる情報は話したつもりだ』
ぐったりと、机に額をつけながら俺は応える。この時はショックでひたすらに参っていた。
何とか受け答えはしたものの、一応鏡で見せてもらった今の自分の姿は以前のそれとはまるで似つかない、美人と言うよりは可愛らしいと言う表現が似合う、少女が写りこんでいた。
黒いベリーショートの髪に、くりくりとした二重の茶色い瞳の目。童顔のアジア人らしい顔立ち、全体的に縮んだ体格。白く、細く、ムダ毛なんてとは縁の無さそうな手足。
ほんのりとだが盛り上がった胸部に、細い腰と綺麗な脚線美。
この世界で言えば中学生の少女ほどの体躯に変わっていた俺の姿が、そこにはあった
『まぁ、そうよねぇ。そもそも勇者の名前が東城 歩だって知っているのは王城の人間くらいだし、間抜けな敵国のスパイだと言うよりは、入れ替わったようにいなくなった勇者本人だって言われた方が説得力はあるわよね』
『彼女から得た情報も、まだ軍部や官僚たちの間でもごく一部の者しか知らない最新のものばかりです。恐らくは……』
頭を抱えているのは俺だけではなかった。聴取役として交代した女性兵士と、記録を取る男性兵士とがそれぞれ難しい顔をして事態を把握しようとしていた。
『ひとまず、貴女の事は私達が保護します。暫定で客人として扱わさせていただくことになりますが、陛下達のお帰りを待ちましょう』
『それが良いかと。タイミングが悪いですね、陛下のご慧眼であれば勇者様の姿がお変わりになられても、すぐに看破なさるでしょうに……』
『お願い、します……』
運の悪いことに城の主である王様とそのご妃様は隣国の王家即位の儀式に来賓としてつい数時間前に出掛けてしまった。
もしいたのであれば、あの王様なら俺を俺だとすぐに認めてくれると思う。そのくらいに勘の効く王様だ。お妃様も、人のウソを察するのがとても上手い。あの人達なら、と思ったけど、タイミングは最悪。
数時間前だから引き返せるかもしれないけど、国と国の信頼関係に関わる行事の出席と、勇者とは言え、あくまで個人の事情、どちらが優先かと問われれば、それは明白なことだ。
『失礼。ここに王城に忍び込んだ不届き者がいると聞いたのだけど?』
そして、状況はここから最悪の一途を辿ることになる